近づく暗雲
久しぶりの投稿です。
「おはよう千駄ヶ谷さん」
朝の8時25分。教室では、一人席に座る千鶴に横を通る憂里が挨拶をした。
千鶴はその声に顔を上げると、若干瞼の開ききってない憂里の顔を見て薄く笑った。
「おはよう黒羽君。今日も眠そうだね」
「んー…昨日も夜遅くまで起きてて」
「早く寝ないと駄目だよ」
「千駄ヶ谷さんは何時に寝てるの」
「10時半」
「早っ‼」
千鶴の答えに眠気も覚めた憂里がそう叫んだ瞬間、廊下から担任ーー麻木が顔を出した。
そしてその後に猛ダッシュの小雪と伊万里が続き、教室に足を踏み入れようとした麻木をギリギリで追い抜く。
それと同時にチャイムが鳴った。
「セーフっ‼」
「危なかった…」
膝に手をつき、二人して荒い息を吐く。
そんな二人を呆れた顔で見下ろし、麻木は溜息と共に手にした出席簿で小雪の頭をパコンと叩いた。
「走るくらいなら時間に余裕を持って来なさい」
「痛て…何で俺だけなんだよ先生!」
「七尾は一応女の子だからなぁ」
「はぁ?女の子?」
「ちょっと先生一応ってどういう意味ですか!そして小雪このやろー覚えとけ」
教室の入口で行われるそのやりとりに憂里と千鶴はクスリと笑う。
麻木は手元の腕時計が35分を指したことを確認すると、
「はい!その辺で終了!ホームルーム始めるぞ」
教室の後ろまでよく通る声でそう言った。
小雪と伊万里は不服そうに唇を尖らせ、憂里は溜息を吐き出す。そんな様子を見ながら千鶴は小さく笑い、互いに席についた。
「さて。あぁ一時間目は俺の授業か。まあいいや、今日の連絡はーー…」
名簿を開きながら職員会議での連絡を伝える麻木。
その声をぼんやりと聞きながら、憂里は退屈そうに机に頬杖をついた。薄く開いた目で麻木を見て、そこから視線をやや後ろに移す。
しばらくして、連絡事項を告げた麻木がホームルームを終了させ、一時間目の準備のために再び教室を出て行った。
その瞬間に、前に座る小雪が待ってましたというように大きく伸びをした。
あーっと気の抜けた声を出しながら、後ろを振り返る。
「なー黒羽、今日の帰り何か予定ある?どっか寄っていこーぜ」
「今日?特に何も無いからいいよ」
「お、珍しい。じゃ、決まりなー」
二つ返事で快諾した憂里に、小雪はそう言って笑った。
ここ最近、憂里は楓の事務所に寄ってばかりだった。今日は行かないつもりだったため、小雪からの誘いはちょうどよかった。
詳しくは後で、と言って小雪はロッカーへと教科書を取りに行く。
机の中に教科書を入れっぱなしだった憂里は席についたまま、窓の外を眺めめた。
雲一つ無い青空。開いた窓からは心地良い風が入ってきて、薄いクリーム色のカーテンを揺らしている。
憂里は目を細めた。
チャイムと共に、再び麻木が教室へと入ってきた。その手には大きな資料を抱えている。
号令をかけて授業を始めた麻木。彼の日本史の授業は、他の教師と違ってむやみやたらに当てたりしないため生徒たちから密かに人気だ。今日も話をしながらさっそく黒板にチョークで文字を書いていく。
淡々としたカツ、カツと不規則で軽い音を聞きながら、憂里は再び外を眺めた。
「…い、おい、黒羽っ」
遠くの方で声が聞こえた。
切羽詰まったようなその声に、憂里は不思議に思う。
ーーこんなに気持ち良いのに、どうしてそんなに焦っているんだろう。
頬を撫で髪を揺らす風が心地よく、辺りはふわふわとしている。
憂里は面倒になり、思考を止めた。
すると突然ガタンと地面が揺れ、足元が崩れ落ちた。地面にヒビが入り、落ちる、と思ったその瞬間。
「おい黒…っ憂里‼」
「うわぁっ!?」
「なに寝ぼけてんだよ。もう一時間目終わったぞ。お前最初から寝てるんだもん」
「え…え?授業終わったの?」
「爆睡かよ!ありえねー。あ、そうだ。お前麻木先生から放課後呼び出しくらったぞ」
「…ぅえっ⁉」
「ドンマイ。しょうがないから待ってるわ」
「ちょっと浅井君そういうことは早く…」
「ごめん、忘れてた」
少しも悪びれずあっけらかんとした様子の小雪に反論しようと口を開きかけた瞬間、例の如く前の扉から教師が入ってきた。
憂里はやるせない気持ちで、しかし反論のタイミングを逃し仕方なく口を閉じた。
号令の掛け声と共に、教科書を開く音が教室内で広がった。
結局、小雪とした約束は実現しなかった。
***
「…楓さん」
所変わって、楓の事務所。
ソファに座り資料を目にする楓に、デスクから立ち上がった真崎が神妙な面持ちで声をかけた。
「ん?どした真崎」
「あの…最近調べてた、この前の建物崩壊の件なんですけど」
千鶴と伊万里が街中で蟲型バグに襲われた事件だ。表向きには建物の老朽化が招いた事故、という扱いだが、それは全て、一般人には見えない「蟲型」のせいだ。
真崎は、本部に一任するという指示を受けながらも、独自で調査をしていた。
真崎は手にした紙を楓に手渡す。
そこには細かく区切られた写真が並べられ印刷されていた。
映像を停止して切り取ったような写真の数々。その画像は、個々の人間の表情がわかるくらいまでは鮮明だ。
真崎が調べていたのは、監視カメラの映像である。
楓に渡した資料を指差す真崎。
それぞれの写真の中には、全てに二人ーー千鶴と伊万里が映っていた。
真崎は写真を見ながら説明する。
「千鶴ちゃんと伊万里ちゃんの姿は、街中至る所に設置されてる監視カメラに勿論映ってるんですよね。それで、二人の行動範囲に沿ってあの時間帯、あの瞬間に建物周辺にいた人物をピックアップしてみました」
「千鶴達の移動距離に合わせてか?それってかなり人数いるんじゃないのか。すれ違う人もだろ」
「ええ。ですが、二人が移動する随所で同じカメラに映っている人物となるとかなり絞れます。蟲型を操っている犯人かどうかはわかりませんが、何にせよ関わっている人物がいるかもしれないと思って」
「……で、どうだった」
「該当する人物がいました」
「誰だ」
真剣な表情で真崎を見つめる楓だが、その視線を受けて真崎は途端に困った顔になった。楓は首を傾げる。
「どした」
「それが……該当はしたんですが」
そして別の紙を一枚取り出すと、表向きにして楓に見せた。
それは先ほどのカメラの映像を拡大したもので、そこに映っている一人の人間に焦点が当てられていた。
楓はそれをまじまじと見て、眉間に皺を寄せた。
難しい顔をして、ボソリと呟く。
「…誰だ、これ」
楓は写真をまじまじと見ながら、難しい顔で呟いた。その表情から、写真の中の人物には本当に見憶えが無いようだ。記憶を探るようにしばらく考え込んだが、それは無駄に終わった。
「やっぱ、知らねぇや。見たことない」
すると後ろからそれを見ていた真崎も口を開く。
「ええ。僕もわかりませんでした。一度でも自身の中に"影"が発生したことで退治人に切られた人ーーいわゆる"前科者"なら本部のリストにもあるでしょうし、わかるはずです。でもこの人、一度も無いみたいです。だからノーマークだった」
「だろうな。でも無関係に見えるこの人間がどうして千鶴達を……?そもそも誰なんだ……?」
"影"を纏ってもいない人間が、どうして千鶴達を襲ったのか。いや、まだこの人間が犯人だと断定されたわけではないのだが、この事件に何か関わっているのは目に見えていた。そうでなければ自分と無関係な少女二人を長時間尾行・監視したりなどしないだろう。
「そこを調べてみました。カメラの映像をアップにして、顔や体型などで登録されている一般市民の中からパソコンで割り出しました」
警察がやるような特殊な捜査。
それは本部が全てのデータを把握しており、それは"前科者"のみならず区域内の人間は全員分の登録がされている。
今回の対象となったこの人間も、例外では無い。画像や映像を分析することで、一人の人間に断定出来る。
「それで出てきたのが……これです」
真崎はパソコンの前に戻りカチャカチャと操作をすると、エンターキーを押した。プリンターから低いモーター音がして、一枚の紙が吐き出される。
それを手にして再び楓に手渡し、楓は黙ってその紙を受け取った。
そして顔写真、名前、生年月日、年齢、と上から順に見て行き、職業の欄でその目が止まった。
そこに書かれていた職場の名。
眉間に皺を寄せてから、あることに気付き目を見開いた。
真崎を振り返り、その驚きを口にする。
「ここ…あいつらの学校じゃねぇか」
すみません、今日も何も無い回。…なのですが………
本当久しぶりの投稿でした。
読んで下さりありがとうございました。




