黒を纏う
モブ警官、中津川が再登場です。
「真崎ー。ちょっと出てくる」
翌日。
事務所の扉の外には「本日臨時休業」という看板がドアノブにかけられている。
日差しが眩しい穏やかな昼下がり。
一日前の喧騒が嘘みたいだった。
昨日街中で起きた、壁が突然崩壊するという奇妙な出来事は、結局建物の老朽化による事故であると警察は判断したらしい。
瓦礫の撤去には多数の警察官や果ては消防までもが駆り出され、周辺ではちょっとした騒ぎになった。
現場の警察官は、転々と移動するように地面に散らばる瓦礫に首を捻っていたようだ。
楓らとしても蟲型の件は調べなくてはならない問題であるが、本部に一任せよとの指示に従い、甲斐失踪の手がかりを探すことを優先したのだった。
「例の警察官の所ですか?ええと……中津川さんでしたっけ」
「そう。退院して復帰したみたいだけど、今日は非番らしいから会う約束した」
昨日の夜、警察官負傷事件に関わったもう一人の被害者・中津川巡査に連絡を取った楓。
前回会った際連絡先を聞かなかったために直接警察署に電話をかける羽目になったことを除けば、割とスムーズに約束を取り付けることが出来た。
断られることも覚悟していたが、それとは裏腹にあっさりと快諾され、楓は正直やや拍子抜けしていた。
だが何はともあれ、話を聞けるというのだから聞いておいて損はない。何もしないで得られないよりは、一つの小さな情報のために地道に動いた方がマシだろう。
そうこうしているうちに、事務所を出る時間が来た。楓は扉を開けて、見送る真崎にじゃあと手を上げるとエレベーターに向かった。
***
それはどこにでもある喫茶店だった。
入口の扉開けると、カランと鐘の音が鳴った。
「鷹条さん!こっちです」
声のする方を見ると、白いシャツにベージュのチノパンといったラフな格好の男がいた。
男ーー、中津川浩は立ち上がったまま、至極申し訳なさそうにぺこりとお辞儀をした。
「すいません、わざわざ来ていただいて……」
「いえ、とんでもない。こちらこそお呼びだてして」
楓はニコリと笑って席に着いた。中津川は楓の言葉にほっとしたように微笑むと、ソファに腰を降ろした。
「……さて」
楓は両肘を膝の上に乗せるようにしてやや身を乗り出した。
そして前置きはせず、早速本題に入る。
「お聞きしたいことがいくつかあります」
「……甲斐さんのことでしょう」
楓が次に口を開く前に、中津川は目線を机に向け、静かにそう言った。
昼過ぎの店内はざわざわと騒がしい。オーダーを取る声、客が店員を呼ぶ声、扉の開く音、閉じる音。
様々な人間が入り混じる中で、奥の席に座る二人が醸し出す雰囲気は店のそれとはだいぶ異なっていた。
視線は中津川を捉えたまま、楓はゆっくりと頷いた。
「ええ。もう散々聞かれてるでしょうけど」
「はい。それはもう色々な人に」
中津川はまだほんの若干幼さの残る顔を歪ませた。嫌な出来事を思い出すかのように。
色々な人。警察内部の人間。
そこには勿論、楓の見知った人間もいるはずだ。
「例えばー……桂木さん?」
「ええ。あの人が、一番最初に僕の所へ来ました。まだそう経っていないときに」
やっぱり。
楓は心の中でそう呟く。
まだそう経っていない、とは甲斐がいなくなってから、ということだろう。いち警察官の数日間の無断欠勤に、事件性などあるとは到底考えないだろう。警察はそう簡単に動かない。ましてやそれは一般人ではなく、警察側の一人だ。
それでも、桂木は動いた。
彼らしいな、と楓は思う。
桂木さんは少しの変化も見逃さないからな、とも。
「恐らく同じようなことをお聞きして申し訳ないのですが、甲斐さんからあなたに何か連絡とか、そういった……」
「……ありません」
下を向いたまま、中津川はやはり静かに首を振った。その表情からは悲壮感が滲み出ている。
少なくとも、中津川は甲斐を慕っていたようだ。そんな上司が、自分に何も言わずに忽然と姿を消したという事実が中津川にとってショックなのだろう。
「お二人は怪我が治ってから職務に復帰されたんですよね?」
「ええ」
「復帰されてどれくらい経ってから……甲斐さんは姿を消したんでしょう」
「えぇと確か、一週間ほどしてから連絡が取れなくなったんです。携帯にかけても繋がらないし……家を訪ねても居ないし……」
手がかりは何一つ無い。
楓は腕を組み、目を閉じて考える。
何故甲斐は姿を消したのか。
"影"が暴走した人間に刺され、負傷した甲斐は暫くの間療養し、復帰して少し経ってから姿を消した。
ーーー何故?
楓は頭の中でパーツを並べる。
"影"の暴走による負傷事件。刺された二人の警官。病院、治療、回復。そして、失踪した甲斐。
それから楓は、復帰してからの甲斐の様子についてなどを質問したが、特にこれと言って有力な情報はなかった。
そのため相手の体調も考えて、早々に切り上げることにした。
「わかりました。非番のところありがとうございました。協力、感謝します」
「いえ。この間もそうでしたが、大した情報もなく……すみません」
項垂れるように下を向いた中津川の肩をポンポン、と叩くと、楓は立ち上がった。
「大丈夫。甲斐さんはきっと戻ってきます」
「ええ。僕もそれを信じて待ってみます。」
「何かあったらご連絡を。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。」
楓は中津川に一度頭を下げ、伝票を掴んでレジに向かう。
後ろから、
「……鷹条さん!僕が払いますよ!」
そう焦ったような声が聞こえたが、楓は右手を上げてそれをスルーし、レジで支払いを済ますと、振り返って軽く会釈をした。
中津川も頭を下げる。
カラン、と音をたてて扉を開ける。
楓は店の外で伸びをすると、中に見える中津川をちらりと振り返ってから呟いた。
「さて……次だ、次」
そして来た方向とは逆に向かって歩き出した。
次回からは、甲斐さん失踪の謎に迫ります(多分)
読んで下さりありがとうございました!




