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Black Rumor  作者: 東
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"影"


千駄ヶ谷千鶴の目に黒い影のようなものが見えるようになったのは、彼女が小学校6年になった頃だった。


進級に伴ってクラス替えが行われ、千鶴は新しいクラスであまり話したことのない生徒たちと同じになった。それは担任も同じで、春から来た新任の、いわゆる熱血系と称される部類の若い男教師が担任になった。



そんな千鶴のクラスに、一人の女子がいた。

どこのクラスにもよくいる、中心的存在。

家はお金持ちで親はPTA会長、使ってるものはいつも新品。

欲しいものは何でも持っている女の子。

それゆえ周りは何でもその子に同調した。

顔色を窺って、気に入られようとした。

千鶴を除いて。


もともとグループ行動というものが得意ではなかった。上っ面だけの、脆い友情なんて意味がない。

だから、その女子が言ったことには大して耳を貸さなかったし、間違ってると思ったことは正直にそう言った。素直に、そのまま。


つまりはそれがいけなかった。



自分の意見は何でも通ると思っていたのに、それに反発する奴がいる。それどころか間違ってるとまで言ってくる目障りな奴。

それから急に、千鶴に対してだけその女子が取る態度が変わった。それは同時に、他の生徒の態度も変わったということになる。

何せ、気に入られたい、近くにいたいという感情を振りまいているのだから。


そして千鶴を徹底的に無視し始めた。

小学校高学年のよくある問題。

クラスに仲の良い生徒が居ない訳ではなかった。しかし、その女子はそれ以上に強い影響力を持っていた。


担任なんてアテにならなかった。

口先だけの、能力なんて何もない若い先生。熱意だけが無駄に空回りする。勿論クラスの状態にも気付くはずもなかった。


そんな陰鬱とした毎日を過ごしている内に、千鶴はストレスのせいか、高い熱を出した。39度もの熱が何日も続き、眠る度に嫌な夢を見た。自分の叫び声で目が覚めて、そしてまた意識は混濁していった。


心配した母親は大事をとって数日間学校を休ませてくれた。しかし母親はクラスのことは知らない。千鶴が今置かれている状況を。

話さなかった。自分一人で乗り越えられると思っていたし、誰にも頼りたくなかったのだ。


ようやく熱が下がり、千鶴は母親に学校へ行くと告げた。休んでから5日が経っていた。

5日過ぎたからといってクラスは何も変わりはしないだろうと思い、千鶴は憂鬱だったが諦めて学校へ向かった。



実際には、変わっていたのだ。

正確に言うと、クラスではなく、千鶴が。



教室の前に立ち、千鶴は静かに溜息をついた。またこれから、あの息の詰まるような学校生活が始まる。


意を決して、ドアに手を掛けた。

ゆっくりと、それを開ける。


ドアが開いたのを見て、教室内にいた数人がこちらを振り返った。

あの、千鶴を無視する女子も。

周りにいた取り巻きと、千鶴を見てあからさまに嫌そうな顔をした。


そんな生徒らを極力気にしないよう、千鶴は黙って自分の席に着こうとした。

千鶴が横を通ると、コソコソと小さい声で話してはわざとらしく笑ったり。

何か言ってやりたい気持ちを抑えて、千鶴はちらりと横目でその集団を見やった。




瞬間、動けなくなった。




自分達の方を見たままうごかない千鶴に、近くにいた者は皆訝しげな視線を送った。


「なに見てんのよ?なんか文句でもーーー……」


あまりにも微動だにしない千鶴に、痺れを切らしたあの女子生徒が苛ついた様子で立ち上がった。



その瞬間、千鶴は小さく悲鳴を上げて走り出した。

逃げるように教室を飛び出て、そのまま階段を駆け下りた。途中、若い担任とすれ違って声を掛けられたが、無視して走り抜けた。

後ろから担任が何か叫んでいたが、千鶴にはもう何も聞こえなかった。



***



走って走って、近くの公園にたどり着いた。

倒れ込むようにベンチに座り、乱れた呼吸を整えるため何度も息を吸い込んだ。



何だったのだ。

何だったのだ、あれは。


先ほどの光景を思い出して、身震いをする。



影だ。黒い影だった。確かに見た。



自分の悪口を言う女子生徒の横を通り過ぎた時、足元に黒い影が見えた。

それは足の周りを生き物のように這い上がっては下がり、不気味に蠢いていた。

そして女子生徒が怒りを露わにした途端、黒い影は一気に腰の辺りにまで広がったのだ。


まるで、意思を持っているかのように。



あれは、何なんだ。何なんだーーー……。



千鶴は混乱する頭の中を整理するように、再び深く息を吸い込んだ。


その日は、日が暮れても家に戻らない千鶴を心配した母親が探しに来るまで、ずっと公園のベンチに座り込んでいた。

色々と尋ねる母親の言葉をうわの空で生返事をして、家に着くなり夕食も食べずに布団に潜り込んだ。


暗い空間で、さっきの光景がぐるぐると回っている。目を閉じても浮かんでくるあの情景に、千鶴は泣きそうになった。


明日からどうなるんだろう。


千鶴は暗闇の中でぎゅっと目を閉じて、自分自身の身体を強く抱き締めた。



***



翌日、重たい身体を引きずるようにして学校へ向かった。

教室に入ると、様々な方向から好奇の視線が千鶴の全身に突き刺さった。



やはり、消えてない。



一日経てば、昨日のことは何かの間違いだったのだいうことになっているかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたが、黒い影は依然蠢いていた。

しかも、昨日より多く。



何故?何故?何故ーーー……



チャイムが鳴り、担任が入って来てちらりと千鶴に意味ありげな視線を送った後、席に着くよう告げた。

震える足をどうにかバレないようにして自分の席に着く。



皆には見えていない。



その事実が、千鶴を恐怖させると共に、何故かほんの少しの安堵感を与えた。最も、千鶴はこの感情に気付いてはいない。



「相田、池尻、内田……」



名前を呼ぶ担任の声を聞きながら、千鶴は机の下でまだ若干震える手のひらを強く握りしめ、挑むように上を向いた。




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