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Black Rumor  作者: 東
37/77

混沌の中心

やっと名前が出ました!

それではどうぞ。

「楓ーっ!?」


男が突然、千鶴の持つ電話口に向かって大きな声で叫んだ。


「…え?」

ーー鷹条さん?


千鶴は既に聞き慣れた名前がこの謎の男から発せられたことに、驚くと共に訝しんだ。一体この男は何者なのか。楽しそうな男の顔をまじまじと見る。

すると、手にした電話の向こうで僅かに溜息が聞こえた。そして千鶴、と呼ぶ声がする。

携帯を耳元に持っていく。


「…はい。もしもし」

『あー俺だ、鷹条だ。無事か?』

「はい。あの…?」

『悪いんだけど、スピーカーにしてくれないか?』


男にも声が聞こえるようにするためだろうか、楓は千鶴にそう指示した。

千鶴は困惑しながらも、素直にスピーカーをオンにした。

すると電話口から、先程よりも良く響く、聞き慣れた楓の声がした。


『あー…さっきから黙って聞いてたが、やっぱりお前か』


呆れたような苦笑いのような、そんな声が、千鶴とその向かい側に立つ男に届く。

それは、明らかに千鶴に向けられた言葉ではない。


「鷹条さん…?あの…」

「楓ー!久しぶりじゃん!」


戸惑う千鶴と正反対に、男の楽しそうで嬉しそうな表情。先程の冷たい雰囲気とは大違いだ。


『何やってんだよお前。千鶴脅してんじゃねぇぞ』

「えぇ?やだなぁ脅してなんかないよ」

『ったく…。千鶴、悪ぃな。大丈夫か?』


楓が千鶴を心配してそう尋ねたが、千鶴は正直に今の状況を答えた。


「はい、あの…状況が飲み込めません」


その言葉に楓は電話口で笑うと、再び男に話しかけた。


『はは、まぁそうだな。おい、さっきから聞いてればお前、まず自己紹介とかしろよ!』


出会ってから男は名前すら言っていない。勝手に一人で喋っていたこと以外には、千鶴に何をしているかと尋ねただけだ。


「あぁーそうだったそうだった。初めましてお嬢さん。三代(みしろ)(ゆう)と申します。以後お見知り置きを」

「は、はあ…」


男はやはり飄々とした喋り方で、三代と名乗った。

そしてぺこりとお辞儀をする。

律儀なのかなんなのか、(いず)れにせよ良くわからない男だ。


すると今度は楓の声。


『千鶴、そんなこんなで悪ぃんだけど、ひとまずこっちに来れるか?詳しい話はまた後で。憂里を向かわせようかとも思ったんだが、三代がいるなら…まあ大丈夫そうだ』

「あ、はい…。鷹条さんの事務所向かえばいいんですね」

『あぁ。…おい三代、お前千鶴連れてこっち来い』

「ええ、人使い荒っ。相変わらずだねぇ」

『緊急事態なんだ、頼むよ』

「はぁー、もうしょうがないな。…5分で向かう」

「ん?」


千鶴は二人の会話を黙って聞いていたが、三代がそう言った時、頭の中で5分は無理だろう、と思っていた。

この場所から楓の事務所まで、急いだとしても20分はかかる。

しかし、楓はそれを了承する。

それは千鶴が今いる場所を知らないというだけでは無い気がした。


『オーケー、頼んだぞ。じゃあ千鶴、また後で会おう。…頑張れよ』

「はい…って、え?」


あやうく頷きかけた千鶴だが、楓の最後の言葉がやけに引っかかった。

何だか嫌な予感がする。


「よーし、じゃあ行こう!お兄さんが君を責任持って楓のとこまで届けようじゃないか」

「はぁ…?」


三代は、戸惑いながらも本能で構える千鶴にツカツカと歩み寄ると、ちょっと失礼、と言って千鶴の腰の辺りを遠慮せずに片手でガシリと掴んだ。

「え?」

足が宙に浮く。

この細身の男のどこにこんな力があるのかは不明だが、千鶴は軽々と三代に抱えられていた。


「あ、あの」

「よし。レッツゴー!フライアウェイ!」


男は空いている方の手を人差し指を高々とつきあげると、次に膝をぐっと曲げた。身体全体を使って足に力を溜める。

そして、地面を蹴った。


「う、わ」

「掴まっててよ!」

「ちょ、え、」


そしてそのまま跳躍すると、先程三代が降りてきた赤茶色の建物の壁を一度蹴って、屋上へと登った。いや、跳んだ。


「あの、まさか…」

「ん?あぁ、急ぎみたいだったから、上から行くよ」


つまり屋根伝いということだ。


「ちょ、待」

「さーて楓の事務所を目指すぞー!」


三代は千鶴の静止も聞かずに、今立っている建物の屋上から少し下に見える建物の屋根へと、勢いよく飛び降りた。



***



千鶴は三代に抱えられたまま、建物から建物へと移動していた。

三代は何食わぬ顔で、屋根の上を走り、そこからひょいと飛び降り、そしてまた着地した屋根の上を走る。そうやって目的地へと急いでいた。

周りの景色が通常の何倍もの速さで通り過ぎて行く。

めまぐるしく変わる景色と高低に、千鶴はいっそのこと目を閉じてしまおうかとも考えるが、逆に気持ち悪くなりそうなため仕方なくそのままじっとしていた。


「あ、あの」


そしてしばらくすると、千鶴は三代に対して遠慮がちに尋ねた。抱えて移動してもらっている以上、嫌でも申し訳なく感じてしまう。

一方、三代はそんなことを気にしているとも思えない様子で千鶴に応じた。


「んー?なぁに?」

「なんで誰も気付かないんですか?」


千鶴は正直な疑問を口にした。

それもそのはず、屋根伝いに移動するという人間離れした行動をしていれば、嫌でも人目につくだろう。ましてや、ここは駅に近く人通りも多い。


「あぁ…とりあえず俺は気配を消すようにしてるからねぇ。あとは…うんまあ詳しいことはそのうち。君は、えっと千鶴ちゃんは何でだろうね。存在感?」


朗らかに笑いながら、サラリと酷いことを言ってのける三代。

辛辣過ぎて分かりづらいながらも、これは三代なりのジョークなのだが、それを言われた千鶴は律儀にも、気付かれないことと存在感の薄さとの関係を考えていた。そしてそういうことなのだと無理矢理思い込んで、

「……なるほど」

真顔で一人納得したように呟く。

そんな千鶴を見て、三代は思わず吹き出した。

そうこうしているうちに、いつもの見慣れた事務所が見えた。その瞬間にほっとした気持ちになり、千鶴は小さく息を吐き出す。


「よし。ジャスト5分。さすが俺」


三代はそう言うと、近くにある建物に着地し、屋上の柵を強く蹴って一際大きく跳んだ。

楓の事務所はもうすぐ目の前だ。


「さすがに表からはまずいか。裏口の方に行こう」

「はい」


事務所のすぐ隣の建物に降り立つと、そこからひょいと飛び降りる。少なくとも4メートルはあるが、三代は地面に難なく着地した。


「さて、お疲れさん。じゃあ行こう!」


そして片手に抱えていた千鶴をストンと降ろすと、そう言って裏口へ向かった。その後姿に疲労というものは一切見当たらない。千鶴は驚くと共に感心し、前を歩く背中に向けてお礼を言った。


「あ、ありがとうございました……」

「いーえ。お安い御用さ!」


くるりと振り向いて朗らかに返事をした三代の後を、千鶴は小走りで追いかけた。



書けば書くほど意味わからない人になっていく、三代さん。

読んで下さりありがとうございました!

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