帰路にはまだ遠い
またまた更新です。
次は千鶴ちゃんのターン。
「……っ」
伊万里に言われた通り、千鶴は元来た道を一人引き返していた。
今日だけでどれくらい走ったかわからない。呼吸は荒くなり、足は先ほどよりも重くなってきて上手く動かせない。
だが今はそんなことを考えていられなかった。そんなこと、どうでもいい。
ーー何も出来ない。
下を向きながらひたすらに走る。
伊万里と別れてから、いや、その前からずっと、千鶴の頭の中には同じことがぐるぐると回っていた。
私はただの一般人に過ぎない。
何も出来ない。
千鶴は今までにないくらい、悔しさを覚えていた。こんな気持ちになったのはいつ以来か。久しぶりの感覚に、自分でも驚いていた。
ーーどうしてこんなに悔しいんだ。
ぐっと唇を噛みしめる。
でも、と千鶴は思う。
ーー今はそんなこと言ってる場合じゃない。今しなければならないことをやるだけだ。
そう思って足に力をいれた。その瞬間、図ったかのように手元の携帯が振動した。千鶴の携帯は音が鳴らないように、バイブレーションに設定している。ゴタゴタしていて全く気が付かなかったが、携帯を取り出すと先程の伊万里同様、そこには着信履歴がズラリと並んでいた。
その相手は「鷹条楓」と「黒羽憂里」。そして今かかってきている電話は憂里からだった。
慌てて通話ボタンを押し、耳にあてる。
「っもしもし」
『…千駄ヶ谷さん⁉やっと出た、今どこ?七尾…さんは?無事⁉」
矢継ぎ早に質問され、千鶴は何から言うか少し迷うと、
「…大丈夫。でも伊万里ちゃんが…」
『今京馬さんが向かってるはず!楓さんに連絡がきた。千駄ヶ谷さんは?今どこ⁉』
京馬は伊万里の元に向かっていることがわかり、ひとまず安堵の息を吐く。
「えっと今…今走ってる…大通りから外れた裏路地で、多分あと20分くらいで鷹条さんの事務所に着くはず…」
『わかった。"上"から探す!近くに目印はない?』
憂里のその言葉に、辺りを見回す千鶴。目に入ったのは、ちょうど真横にある建物の色。
「目印…あ、なんか赤茶色の高い建物の……え」
『建物の?……千駄ヶ谷さん?』
しかし、千鶴の声は途中で止まった。
電話の向こうで、憂里の訝しむ声が聞こえたが、それはもう千鶴の耳に入ってはいなかった。
「お嬢さん?こんなところ走ってたら危ないよ?」
突然、声がした。
足元に崩れた瓦礫が散乱している中で、千鶴の前に何かが"落ちて"きた。
それと共に起こった風が、ぶわりと千鶴の前髪を揺らす。
それは、やはり人だった。その人物は地面に音も無く着地すると、服の埃をはたきながら立ち上がった。
「ふう。汚れちゃったよ。最悪〜」
ーー普通の人じゃない。
だって、この建物は四階くらいの高さまである。この人は「こちら側の人」か、それとも…
千鶴は無意識に一歩後ずさっていた。
「や。こんなところで何してるの?」
にっこりと笑顔を見せ、千鶴の目の前に立つ黒い服の男はそう言った。
***
「…誰…?」
千鶴は小さく呟いていた。
目の前に立つ、一人の男。
背は高い。楓や京馬も一般的に言うと高身長の部類に入るが、この男はそれを上回っていた。
髪の色は黒で前髪を上げているが、その一部分だけ金髪に染めていた。
それに加えて、黒縁眼鏡。
恐らく一度見たら忘れない格好ナリであろう。
そして何よりも、この男は立っているだけで謎の威圧感がある。それは決して身長のせいだけではない。
「あ…あの…」
「やっぱりこんなとこから降りるもんじゃないねぇ。あーあ、せっかく新調したのに」
「…はあ」
「そして髪の毛が乱れる。くそ、やっぱり無理するもんじゃないよね、人間」
「はあ」
千鶴が構えているのにも関わらず、男はそうぶつぶつ言いながら、両手で髪の毛を撫で付けるようにして整えた。そしてついでといったように足首をぐるぐると回している。
千鶴は黙ってこの男を見ていた。
その頭の中には、正直な感想が浮かんでいた。
ーーなんなんだこの人。
携帯を握り締めながら、千鶴はただその男を眺めていた。
威圧感を感じたのは何かの間違いだったか。喋り方からは緊張感の欠片もない。
しかし。
「さて。で?君は何してるの?」
男は千鶴に唐突にそう尋ねた。
その目。千鶴を見下ろす目は、先程の飄々とした態度と一変していた。いや、飄々とした態度は崩していない。ただ、纏う空気の問題だ。
千鶴は驚いて、何と言うべきか悩んだ末、とりあえず黙っておいた。
まず第一に、この男が何者なのか。
それがわからないうちは、余計なことは話せない。
このタイミングで現れるとは普通ではない。何より、四階という高さを"降りて"きた人間というのはまず普通ではないはずだろう。
しかし、先程この男は自分で「人間」と言った。
「ん?聞こえなかった系?それとも無視かい?お兄さん悲しいわあ」
はははと笑って両手を上げてみせる。どこまでも剽軽な男だ。
「あの…」
「ん?なんだい?」
「あなたこそ…誰ですか…?」
千鶴の言葉に、男は何故か少し驚いたような顔をする。
そしてぐしゃりと髪を掻き上げると、千鶴を見下ろす形で笑った。
その笑顔の中には、突き刺すような何かがあった。
しかし男は何も答えず、千鶴に一歩詰め寄った。男を見上げたまま、自然と一歩後ずさる千鶴。
男が千鶴に手を伸ばした。
ーーその時。
『おい‼千鶴‼おーい‼』
「ーーえ」
千鶴が右手に握った、通話モードにしたままだった携帯の電話口から、大きな声が聞こえた。
先程まで、電話口にいたのは憂里だ。しかし、聞こえてきた声は憂里ではなかった。
すると男の伸ばしていた手がピタリと止まった。千鶴の持つ携帯に目線が下りる。
「それ…この…あれ…」
「?」
驚いた表情で、謎の単語を途切れ途切れに並べる男。その視線は以前として携帯に注がれている。
困惑顔の千鶴をよそに、男は電話口に向かって叫んだ。
「楓ーっ!?」
「へ??」
出てくる人が皆黒い服を着てるのはなんででしょうね。
かっこいいからだと思います←
読んで下さりありがとうございました!




