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Black Rumor  作者: 東
36/77

帰路にはまだ遠い

またまた更新です。

次は千鶴ちゃんのターン。

「……っ」


伊万里に言われた通り、千鶴は元来た道を一人引き返していた。

今日だけでどれくらい走ったかわからない。呼吸は荒くなり、足は先ほどよりも重くなってきて上手く動かせない。

だが今はそんなことを考えていられなかった。そんなこと、どうでもいい。


ーー何も出来ない。

下を向きながらひたすらに走る。

伊万里と別れてから、いや、その前からずっと、千鶴の頭の中には同じことがぐるぐると回っていた。


私はただの一般人に過ぎない。

何も出来ない。

千鶴は今までにないくらい、悔しさを覚えていた。こんな気持ちになったのはいつ以来か。久しぶりの感覚に、自分でも驚いていた。


ーーどうしてこんなに悔しいんだ。


ぐっと唇を噛みしめる。

でも、と千鶴は思う。


ーー今はそんなこと言ってる場合じゃない。今しなければならないことをやるだけだ。


そう思って足に力をいれた。その瞬間、図ったかのように手元の携帯が振動した。千鶴の携帯は音が鳴らないように、バイブレーションに設定している。ゴタゴタしていて全く気が付かなかったが、携帯を取り出すと先程の伊万里同様、そこには着信履歴がズラリと並んでいた。

その相手は「鷹条楓」と「黒羽憂里」。そして今かかってきている電話は憂里からだった。

慌てて通話ボタンを押し、耳にあてる。


「っもしもし」

『…千駄ヶ谷さん⁉やっと出た、今どこ?七尾…さんは?無事⁉」


矢継ぎ早に質問され、千鶴は何から言うか少し迷うと、


「…大丈夫。でも伊万里ちゃんが…」

『今京馬さんが向かってるはず!楓さんに連絡がきた。千駄ヶ谷さんは?今どこ⁉』


京馬は伊万里の元に向かっていることがわかり、ひとまず安堵の息を吐く。


「えっと今…今走ってる…大通りから外れた裏路地で、多分あと20分くらいで鷹条さんの事務所に着くはず…」

『わかった。"上"から探す!近くに目印はない?』


憂里のその言葉に、辺りを見回す千鶴。目に入ったのは、ちょうど真横にある建物の色。


「目印…あ、なんか赤茶色の高い建物の……え」

『建物の?……千駄ヶ谷さん?』


しかし、千鶴の声は途中で止まった。

電話の向こうで、憂里の訝しむ声が聞こえたが、それはもう千鶴の耳に入ってはいなかった。



「お嬢さん?こんなところ走ってたら危ないよ?」


突然、声がした。

足元に崩れた瓦礫が散乱している中で、千鶴の前に何かが"落ちて"きた。

それと共に起こった風が、ぶわりと千鶴の前髪を揺らす。


それは、やはり人だった。その人物は地面に音も無く着地すると、服の埃をはたきながら立ち上がった。


「ふう。汚れちゃったよ。最悪〜」


ーー普通の人じゃない。

だって、この建物は四階くらいの高さまである。この人は「こちら側の人」か、それとも…


千鶴は無意識に一歩後ずさっていた。



「や。こんなところで何してるの?」


にっこりと笑顔を見せ、千鶴の目の前に立つ黒い服の男はそう言った。



***



「…誰…?」


千鶴は小さく呟いていた。

目の前に立つ、一人の男。

背は高い。楓や京馬も一般的に言うと高身長の部類に入るが、この男はそれを上回っていた。

髪の色は黒で前髪を上げているが、その一部分だけ金髪に染めていた。

それに加えて、黒縁眼鏡。

恐らく一度見たら忘れない格好ナリであろう。


そして何よりも、この男は立っているだけで謎の威圧感がある。それは決して身長のせいだけではない。



「あ…あの…」

「やっぱりこんなとこから降りるもんじゃないねぇ。あーあ、せっかく新調したのに」

「…はあ」

「そして髪の毛が乱れる。くそ、やっぱり無理するもんじゃないよね、人間」

「はあ」


千鶴が構えているのにも関わらず、男はそうぶつぶつ言いながら、両手で髪の毛を撫で付けるようにして整えた。そしてついでといったように足首をぐるぐると回している。


千鶴は黙ってこの男を見ていた。

その頭の中には、正直な感想が浮かんでいた。


ーーなんなんだこの人。


携帯を握り締めながら、千鶴はただその男を眺めていた。

威圧感を感じたのは何かの間違いだったか。喋り方からは緊張感の欠片もない。

しかし。


「さて。で?君は何してるの?」


男は千鶴に唐突にそう尋ねた。

その目。千鶴を見下ろす目は、先程の飄々とした態度と一変していた。いや、飄々とした態度は崩していない。ただ、纏う空気の問題だ。


千鶴は驚いて、何と言うべきか悩んだ末、とりあえず黙っておいた。


まず第一に、この男が何者なのか。

それがわからないうちは、余計なことは話せない。

このタイミングで現れるとは普通ではない。何より、四階という高さを"降りて"きた人間というのはまず普通ではないはずだろう。

しかし、先程この男は自分で「人間」と言った。


「ん?聞こえなかった系?それとも無視かい?お兄さん悲しいわあ」


はははと笑って両手を上げてみせる。どこまでも剽軽な男だ。


「あの…」

「ん?なんだい?」

「あなたこそ…誰ですか…?」


千鶴の言葉に、男は何故か少し驚いたような顔をする。

そしてぐしゃりと髪を掻き上げると、千鶴を見下ろす形で笑った。

その笑顔の中には、突き刺すような何かがあった。


しかし男は何も答えず、千鶴に一歩詰め寄った。男を見上げたまま、自然と一歩後ずさる千鶴。

男が千鶴に手を伸ばした。

ーーその時。


『おい‼千鶴‼おーい‼』

「ーーえ」


千鶴が右手に握った、通話モードにしたままだった携帯の電話口から、大きな声が聞こえた。

先程まで、電話口にいたのは憂里だ。しかし、聞こえてきた声は憂里ではなかった。


すると男の伸ばしていた手がピタリと止まった。千鶴の持つ携帯に目線が下りる。


「それ…この…あれ…」

「?」


驚いた表情で、謎の単語を途切れ途切れに並べる男。その視線は以前として携帯に注がれている。

困惑顔の千鶴をよそに、男は電話口に向かって叫んだ。



「楓ーっ!?」

「へ??」



出てくる人が皆黒い服を着てるのはなんででしょうね。

かっこいいからだと思います←

読んで下さりありがとうございました!

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