二重防御壁
「皆さんよろしく!」
そう言って少女は、憂里達がつい昨日見たばかりの朗らかな笑顔で微笑んだ。少女ーー伊万里の動きに伴って揺れる、長い栗色の髪。ラインの入った白いセーターが、転入生というその存在を際立たせるかのようにこの少女を主張している。
振り返ったまま、そして立ち上がったまま動かない二人を見て、小雪は何事かと訝しむ。
すると前に立つ担任が、
「なんだ、黒羽に千駄ヶ谷、二人は知り合いなのか?」
憂里と千鶴を見て言った。
それを聞いて黙ったまま眉間に皺を寄せた憂里だが、すかさず伊万里が、
「まあ、そういうことになります!」
ハッキリと、笑顔でそう答える。
自然と周囲の目は憂里達の方へ集まり、いたたまれなくなった憂里はとりあえず答えた。
「まあ…そういうことになります」
立場上、学校生活ではなるべく目立たないようにと気を付けている憂里は、まさに今自分が注目を集めていることに(それの原因は伊万里だが)内心で舌打ちをした。
ーーやりづらくなりそう。
苦い顔を隠しもせずに、小さく溜息をついた。
「そうか、それは偶然だなぁ。…まあ、お喋りはこの辺にしてーー七尾、お前の席はそこな」
担任は偶然の出会いにひとしきり感心したあと、いったん話を切り、伊万里の方を向きながら空いている席を指差した。廊下側に面した、一番後ろの席。
「はぁーい」
返事をして、スカートを翻しながら軽い足取りで席に向かう伊万里。男子生徒からは、注がれる視線の中にただ単に珍しい転入生といった点以外の色めき立ったものも含まれていた。
「あ~…はぁ」
「知り合いだったんだな…ってどうしたよ黒羽?」
「なんでもないよ…」
席につく伊万里を横目で見ながら溜息をつく憂里に、小雪は怪訝な顔をして覗き込んだ。苦笑いで手を振る憂里。
一方で千鶴は一言も喋らずに黙ったまま自分の席に着いて、ちょうどその時に後ろから聞こえてくる女子生徒たちの会話をなんとなく聞いていた。
「てか可愛いね、七尾さん」
「うん。スタイルい~」
「でもなんでこの時期に転入なんだろうね?」
「さあ?家の都合とかー?」
「なんかワケありかなあ」
「かもねーっ」
女子生徒たちのその言葉に、
「"ワケあり"、ね…」
誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
***
授業と授業の間の休憩時間には、伊万里のもとに次々とクラスメイトが押しかけ、趣味やら部活やら、もといた学校についてなど、矢継ぎ早に質問を浴びせていた。困惑しながらも笑って答える伊万里に、しまいには他クラスからも人が来て、ちょっとした人だかりが出来ていた。
そして昼休み。
憂里は四時間目の終了を告げるチャイムが鳴ると同時に教室から飛び出した。
「おい黒羽ー?飯はー?」
それを見た小雪が、自分の昼食の入ったビニール袋を掲げながらそう叫ぶ。
「ちょっと用事!」
憂里は振り返ってそう叫び返し、急ぎ足で廊下を進む。
教室では、残された小雪が、
「なにあいつ…今日、変」
と、困惑顔で呟いた。
教室を出て、そのまま憂里はある場所を目指す。真っ直ぐ進んで右に曲がり、また真っ直ぐ行った突き当たり。
古びたドアのある外階段だ。
三階と四階の間の外階段は、日当たりが悪くジメジメとしているために、あまり人が寄り付かない。静かで、ひと気の無いこの場所は憂里にとってはもってこいの条件だった。
ギィと鈍い音を響かせて鍵のかかっていないドアを開けながら、同時にブレザーの右ポケットから携帯を取り出す。後ろでドアが閉まっているかをチラリと確認し、素早くボタンを押して耳にあてた。通話口から聞こえる機械的な呼び出し音を頭の中で無意識に数える。
そして八回のコールの後に、ようやく電話が繋がった。
『はーい鷹…』
「ばかじゃないの⁉」
電話の向こうの相手が出た途端、憂里はそう叫んだ。
『うわっお前なんだよいきなり…電話口で叫ぶんじゃねぇよ』
「はぁ⁉ちょっと楓さん、どういうこと。俺なんの説明も受けてないんだけど!」
怒り心頭の憂里は、たった今注意されたにもかかわらず叫ぶ。人のいないことをいいことに、叫ぶ。
『ちょっ、まじで耳がやられるから!あれだろ!例の!七尾!』
電話の相手は鷹条楓だった。
憂里の大声に叫ぶなと言った楓も、つられて声が大きくなる。楓の語尾を強調したその声に、当の憂里は眉をしかめて言った。
「ちょっと楓さん…うるさいから…。電話口で叫ばないでよ」
『おまっ…』
絶句する楓に、フン、と鼻を鳴らす憂里。
『転入のことだろ?ごめんごめん』
「俺聞いてない」
『言ってねーもん』
「はあ?」
憂里は驚きと憤りの入り混じった声を出す。そして続け様に詰問する。明らかに怒気の含まれた声に、電話の向こうで楓は苦笑いをしていた。
「どういうこと?」
『だーからごめんって言ってんだろ』
「あのね、ごめんで済む問題なわけ」
楓の飄々とした謝罪に憂里はさらに苛立つが、息を大きく吸って吐いて自身をどうにか落ち着かせる。
「ありえない…あんな大事なこと言わないなんて」
『まーまー。ごめんって』
「…とりあえず今日学校終わったらそっち行くから。今?学校の外階段。…うん、よろしく」
そう言って一方的に電話を切ると、憂里は大きく溜息をついた。
ディスプレイを見て残りの昼休みの時間を確認してから、右のポケットにしまった。
「はあ…まったく面倒なことに」
ボソリとそう呟いてから、古びたドアを開けて今度はゆっくりと元来た廊下を戻った。
錆びたドアは、何の音も立てずに開き、そして閉まった。
久しぶりの更新です。
ありきたりなベタ展開…。




