日常
久しぶりの更新。
「…どういうこと?」
昼休みの外階段。三階と四階の間、誰もいない踊り場で、携帯電話を耳にあてた憂里の明らかに怒気を含んだ声が灰色のコンクリートに跳ね返った。
電話の相手は鷹条楓。顔は直接見えないが、おそらくその表情は苦笑いであろうことが口調から想像できた。
『だーからごめんって言ってんだろ』
「あのね、ごめんで済む問題なわけ」
へらりとそう言った楓に、憂里は間を空けずに言い返す。
憂里がここまで楓を詰問するのには訳があった。
それは数時間前に遡る。
***
「おはよう…」
「黒羽君。おはよう」
朝の教室。登校してきた生徒が徐々に集まり騒々しくなる中、前の扉から入って来た憂里と既に席に座っていた千鶴は挨拶を交わす。
いつになく眠そうな憂里を見て、千鶴は尋ねる。
「眠そうだね」
「うーん大丈夫。…大丈夫。それより千駄ヶ谷さん、怪我はどう?って言っても一日じゃ変わらないか」
「大したことないよ」
そう言った千鶴だが、その膝には包帯が巻かれてあった。その白さが異様に目立つように感じられて、憂里はつい目を逸らした。
「あの…昨日は本当にごめ」
「謝らなくていいの」
憂里のひどく申し訳なさそうな口調の謝罪を遮って、千鶴はハッキリと言った。
「大丈夫だから」
「…はい」
千鶴の頑なな態度は有無を言わさない雰囲気があり、仕方なく憂里は頷く。
大丈夫だと言われ、はいそうですかと納得するわけにはいかないが、これ以上言ってもしょうがない。憂里は渋々引き下がった。
「ところで…」
不意に、千鶴がポツリと言った。
「ん?」
「さっきから、視線が痛い」
そう言われてふと教室の前の扉を見た憂里は、教室に入るに入れず扉に寄っかかったままこちらを見つめる浅井小雪の姿に気がついた。
そこからは誰が見てもわかるほどに負のオーラが立ち上っており、思わず憂里は苦笑する。
憂里と一瞬目が合ったことでようやくこちらに向かってきた小雪は、視線を彷徨わせ明後日の方向を見ながら挨拶をする。
「…よお黒羽…と、せ、千駄ヶ谷さん…」
「おはよう」
「おはよう…浅井君」
憂里、千鶴の順で挨拶を返す。
「おっ…おはっおはよ!」
「?」
「浅井君、慌て過ぎ」
焦る小雪に、疑問符を浮かべる千鶴、苦笑いの憂里。
「だってお前千駄ヶ谷さんが俺におはようってしかも浅井君って‼」
ぐいっと憂里の肩を引き寄せ、耳元で小声で話す小雪。しかしその口調は興奮していてかなり早口なことに本人は気づいていない。
「挨拶一つでなに浮かれてるの…」
「お前っ…わかってねぇなもう」
二人して背を向けてコソコソと話す憂里と小雪を訝しむ千鶴。
「あの…何か?」
「「なんでも!!」」
勢いよく振り返り、不自然な笑顔を向けた二人にますます千鶴は怪訝な顔をする。
「そーいえば聞いたか?」
「「?」」
取り繕うようにそう言った小雪に、今度は千鶴と憂里が揃って疑問符を浮かべる。
「周りの奴が噂してるの聞いたんだけど、今日ーー」
だが丁度その時、ホームルームを告げる鐘の音が教室内に響き渡った。
それと同時に担任がお決まりの台詞と共に現れる。
「おーい席つけー」
「んだよもーこんなときに…」
話を遮られた小雪は口を尖らせる。
教室は依然として騒がしいながらも、クラスメイトは各自席につき始めた。
「浅井君、さっきの続き…なに?」
「ああ、それな。多分もう言われるからいーや」
「?」
小雪の意味深な台詞に二人して首を傾げる。だが次の瞬間、憂里と千鶴はその意味を理解することになる。
「いきなりだが転校生だー。入れー」
担任の突然の言葉に、教室内は再びざわざわと騒ぎ始めた。互いに顔を見合わせ、男か女か、とあちこちで声があがる。担任が苦笑いでそれを諌め、ようやく少しずつ静かになった。
するとそれを見計らったかのように、前の扉から「転校生」が入ってきた。
「失礼しま~す」
その声を聞いた瞬間、千鶴は勢いよく振り返り、憂里もガタンと大きな音をたてて椅子から立ち上がった。
「あれ?二人とも!同じクラスなんてぐーぜん!」
ヒラヒラと手を振った少女は、栗色の髪を揺らしながら朗らかに笑った。
クラスメイト全ての視線を集めながら、堂々と胸を張った少女は教室内に響き渡る澄んだ声で、
「初めまして。七尾伊万里でっす」
そう言ってニッコリと微笑んだ。
伊万里ちゃん再登場です。




