表面
京馬は咥えていたタバコを指に挟むと、溜息混じりに話し始めた。
「警察官負傷事件の後、上の奴らから特別体制とか何とか言って、指令が来た。最近“影”による事件が立て続けに起こってるっていうんで、その区域でまた何か起きたときに対処できるようにするための派遣だろうな。ここらの担当者だけじゃ心配だったんだろ。そんでわざわざこっちに来て仕事したんだ。感謝しろよ鷹条。んで今日もこの近辺を見回ってたら、いつもの嫌ーな気配がしたもんで来てみれば一般人が襲われてるしよ」
「実際退治したのは私じゃん」
「うるせえ。ーーー前回、前々回は、“自然発生した影によって暴走した人間”が起こした事件だった。つまり自分の内から湧き出た負の感情が原因だ。しかし面倒なことだが、今回はまた別件だろう。“何者かが影を人工的に作り出し、影自体を操っている”ってとこだな」
その話に、千鶴は思わず質問していた。
「あの、人工的に作り出すなんて…そんなこと出来るんですか…?」
「さっきの"影"はお前を傷つけることが目的だっただろ。警官を刺したやつのように、負の感情から発生した"影"によって人間が暴走することは稀にあるが、"影"本体が一般人を直接的に襲うなんてことは無い。つまり誰かが意図的に作り出している。俺たちは"影"を滅することができるが、それとは反対に意図的に操れる奴らもいるってことだ」
***
しばらくして楓が口を開いた。
千鶴の方に向き合い、
「千鶴、ひとまず今日は帰れ。ーー憂里」
「ん」
手招きで憂里を呼んだ。
「家まで送らせる」
「いえ、そんな」
「いつさっきみたいになるか分からないだろ。…怪我させて悪かった」
頭を下げた楓に、千鶴は慌てて両手を振る。
「あの、鷹条さんが悪い訳じゃ無いです。私の」
「いや俺が悪い。最初から送り届けてればこんなことにはならなかった」
「いえ…」
「代理で悪いが、憂里がちゃんと家まで送るから」
そう言って引かない楓に、千鶴は戸惑いつつも承諾して、そして憂里の方を向く。
「なんかすいません…黒羽君も、ごめんね」
「いいよ。俺にも責任あるし」
そう言って頷く憂里。
千鶴は楓に頭を下げると、
「ありがとうございます。…ちゃんと言ってなかったけど、お二人も」
そう言ってから楓と少し離れた場所にいた京馬と伊万里に向かって再び頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう」
「いえいえ」
伊万里はにっこりと笑う。
京馬はポケットに手を突っ込むと言った。
「次から気をつけろ。夜道は危険だからな」
「はい」
「おい伊万里。本部に報告」
「りょうかーい」
「…千駄ヶ谷さん、行こう」
憂里に促されて、千鶴はもう一度その場の全員に頭を下げると今度は明るい大通りへと向かって行った。
後に続いた憂里だが、一度後ろを振り返る。
楓が何か、言葉に出さず唇だけで伝えたことを瞬時に理解し、軽く頷く。
そしてまた千鶴の後を追った。
二人の後ろ姿が完全に見えなくなるまでそこに立っていた楓と、その数歩後ろに立つ京馬。伊万里は少し離れた別の場所で、携帯電話で何やら話していた。京馬からの指示で上に報告しているのだろう。
「これからどうすんだよ」
「…それを考えるんだろ」
「ったく…」
そう言ってから京馬は大声で伊万里を呼ぶと、無言で楓と連れ立って歩き始めた。
その行き先は勿論、楓の事務所だ。




