デジャヴ
「まあ、大事な話の続きはまた明日な」
楓はそう言って笑った。
そしてそれから15分後。
「…なんか、今」
千鶴が帰ってしばらくして事務所を出た憂里は、エレベーターを降りて扉を開けたたところ、つまり楓の事務所の真下にいた。
そしてちょうどその瞬間、突然感じた"嫌な気配"に顔を上げた。
空気が揺れてザワザワとした。
少し遠くの方で、あの、いつも感じる感覚。
すると大抵この時間には閉まっている窓が勢いよく開き、上から楓が顔を覗かせ、憂里に向かって叫んだ。
その表情は、いつもの飄々とした楓とは雰囲気が大分違う。そして瞬時に理解した。何かが起きていると。
「憂里! …千鶴を追え‼‼」
その言葉を最後まで聞く前に、憂里は地面を蹴っていた。
***
「あ……?」
千鶴は薄く目を開けた。
ーー何がどうなったんだっけ?
右膝の痛みに千鶴は我に返った。
地面に尻餅をついた状態で、恐る恐る顔を上げる。
そして千鶴は驚愕した。
真っ先に目に入ったのは、足。自分のではない、誰かの。
見上げると、そこに立っていたのは細い後姿の少女だ。
座り込む千鶴の前に、千鶴を庇うようにして一人の少女が立っていた。
明るい栗色の髪が、いつのまにか出ていた月に照らされて光っている。
「え…?」
長い髪が揺れた。
同時に空を切る音がして、気付くと少女は地面を蹴り、宙を舞っていた。
少し離れたところに、あの"影"が不気味な動きで漂っている。
雲の隙間から覗く月。それに反射して、少女の手元では何かが光っていた。
「日本刀だ…」
非現実的なそれを見たとき、千鶴の頭にはある光景が浮かんでいた。
あの時も。
纏わり付いた黒い"影"。
上から"降ってきた"、人影。
銀色の刃。
ーー『大丈夫?』
もう聞き慣れたあの声が、何故だか頭の中に反響した。
「黒羽君…」
千鶴は知らず知らずに、呟いていた。
***
「…大丈夫?」
その声にハッとしたのは、しばらく経ってからだった。
千鶴は座り込んだまま惚けていた。
今の状況を理解するのにはある程度の時間を要した。
黒くて巨大な"影"が突如襲ってきたと思ったら、日本刀などというこの世の中では物騒な物を持った、しかも少女が助けてくれた。そして座ったままの千鶴を置いて、少女は"影"を容赦無く斬りつけていった。刀に斬られた"影"は、地面にボタリと落ちてしばらくは不気味に蠢いていたが、その後塵となって消えてしまった。
「えーと…大丈夫?」
千鶴は再び聞こえた声の方に顔を上げる。
垂れた長い髪の毛が揺れた。
上から千鶴を覗き込んでいたのは、意外な顔だった。
「ん?あれ…?どっかで…」
何処かで見た顔だ。
目が合って、千鶴はまずそう思った。
それは相手も同じだったらしく、千鶴をじっと見つめながら何やら考えていた。
そして二秒後。
「っあーー!今朝!会ったよね!?ほら、裏道の角で…」
少女が発した言葉に、千鶴もたちまち思い出す。まだ記憶に新しい、およそ半日前の出来事。
「あ…確かぶつかって…」
朝、寝坊して急いでいた千鶴が、一本裏の通りの角を走って曲がった時に偶然反対側から来た人にぶつかった。いくらか言葉を交わして別れた、それがこの少女だったのだ。
あの時少女が落として探していた黒くて長い袋は、これだったのだ。
少女が右手に持つ、鈍く光る日本刀。
勿論本物は初めて見た。
剣道の竹刀か何かだと勝手に思っていたが、まさか日本刀だったとは。
「びっくりしたでしょ?もう大丈夫だよ!」
少女はにっこり笑うと、その長い刀をスラリと鞘に納めた。
キン、というあの金属がぶつかる独特の音。
そして少女は少し離れた所に歩いて行くと、そこに落ちていた黒くて長い布を拾い上げ、刀に巻いていく。
きゅ、と紐を結ぶと、それを右手に持ち、そして左手を千鶴に差し出した。
「立てる?膝、怪我してる」
「あ…ありがとう」
少女の手を借りて、なるべく右足に重心をかけないように気をつけながら千鶴はやっとのことで立ち上がった。
「あ、あの…本当にありが」
「おい」
再度お礼を言おうと千鶴が口を開いた時、突如上から声が"降ってきた"。
「終わったのかよ」
「師匠!」
千鶴は目まぐるしく変わる状況に、もう驚きの言葉も出なかった。
場面展開って何ぞや…。
現実にあり得なさ過ぎて描写が難しい。
まあ言い訳です。




