襲撃
千鶴ちゃんピンチ。
「なに………」
千鶴は座り込んだまま呟いていた。
"それ"が起こったのはついさっきだった。
楓の事務所を出て、裏通りを歩いていた。辺りは暗く、人通りは無い。
決して安全では無いが、表の駅に向かう多くの人々の中を歩くことと比べれば、と裏通りを選んで歩いていた。
(前も似たような道歩いてたな…)
住宅街を抜け、角を曲がり、使われていない廃ビルを横切ったその瞬間。
"何か"が千鶴めがけて"飛んで来た"。
一瞬の出来事だった。
突然、背中から嫌な気配がした。何かはわからない。千鶴は反射的に地面を蹴っていた。それと同時にヒュッ、という音が耳元で鳴ったのがわかった。
そして、次の瞬間には自分の身体が浮いていた。
すぐ近くで激しい音がして、千鶴は地面に転がる。硬い地面は痛くて、その衝撃で確実に腕や足が擦れているだろう。
パラパラと小石が散って、起き上がった千鶴は思わず呟く。
「なに………」
ふと自分の足を見ると、やはり膝やふくらはぎの側面から血が流れていた。
いくつもの鮮やかな赤い筋を作るそれを見て、千鶴は我に返る。
「何が…。えっと…帰ってて…それで…」
必死に状況を整理する。
楓の事務所を出た。人通りを避けて、裏の道を歩いていた。突然、背後から何か嫌な気配がしたと思った瞬間、吹き飛ばされた。
そして起き上がって、今に至る。
大きな音はしたものの、立地のせいか人の現れる気配は無い。
ふと何かが視界に入った。
自分が座る数メートル先。
さっきまでいた場所、その地面にはヒビが入っていた。硬い硬いコンクリートに、大きな亀裂。
そしてそこに、"何か"がいた。
視界に映ったのはそれだった。
薄暗がりの中、必死に目を凝らすと、それは確かに動いていた。
見たことがある。
"影"だ。
どうして。
人は?
いない。
千鶴は必死になって考え、そして辺りを見回す。
今飛んで来たのはあの"影"か。
でもあれは人に巣食うものではなかったのか。
人の醜悪な心から生まれる黒い"影"。
それは人の周りに纏わり付いている所しか見たことが無い。
それなのにどうして…?
亀裂の入った地面に目を戻すと、そこにいた"影"が蠢いた。
ズズズ、と音をたてて。
そしてブワリと広がった。
生き物だ。
幼い頃から見た人の周りに纏わり付いているときも、そして今もそう思った。
もはや意思を持つ生き物なのだ。
千鶴は痛む足をなるべく見ないようにして立ち上がった。気にしたらもっと痛みが酷くなるような気がして、視線を黒い"影"に向ける。
人一人など余裕で覆い尽くせるほどに広がったそれは、千鶴の視線に反応するかのようにユラユラと蠢く。
そして一度大きく揺れたかと思うと、次の瞬間、またしても千鶴めがけて襲いかかって来た。それも恐ろしいほどの勢いで。
「ぅわっ…!」
痛みを忘れて反射的に走り出すが、背中を向けてはいけないと思い慌てて振り向き、対峙する。
膝から流れる血液が脛を伝う感覚が気持ち悪い。確実に、ずり落ちた黒いソックスに染みているであろう。白ソックスじゃなくて良かったなどと場違いなことを考える。
勢いを増した"影"が向かってくる。
空気を切り裂く音。
千鶴は既のところで文字通り必死に身体を捻り、それを避けた。
間一髪で躱した"影"は、千鶴を通り越して背後に留まり、不気味に蠢いている。
(…来る)
体勢を立て直して次の一撃に備えようと右足を地面に付いた途端、電流にも似た痛みが全身を駆け抜けた。
(ーーあ。)
バランスを崩した。右足から崩れるようにして転んだ千鶴は、地面に手を付く。
「痛…っ」
思わず呟いて、両手の砂利を払う。
地面から顔を上げた。
"影"がもうすぐそこに迫っていた。
大きく広がったそれは蝙蝠の大群のようだった。
黒い翼を広げて、千鶴を飲み込もうと押し寄せる。
(痛みなんか気にしてる場合じゃ無かったなぁ…)
あぁ、どうしてこうなったんだ。
千鶴は自分の運命を呪った。
このまま終わるなんて。
わけもわからないまま死ぬのか。
視界に黒が広がる。
千鶴は静かに目を瞑った。
どこで切っていいかわからなくて、とりあえずここで更新。
次からの話にかなり悩んでいます。助けて。




