大正解
「すいません……」
入口から聞こえたのは、その場にいた三人中二人には聞き慣れた声だった。
一方桂木は一人首を捻る。
おずおずと姿を現した少女に、憂里は少なからず驚いた。
「千駄ヶ谷さん」
その名前に桂木は再び首を捻る。
誰、と尋ねる間も無く楓が一歩前に出て声をかけた。
「よお千鶴。どうしたんだ珍しいな」
楓に向かってぺこりとお辞儀をしつつ、千鶴は自身の右肩にかけた通学鞄を指差す。
「あの、先生が、黒羽君に渡してくれって……プリント」
「プリント?」
「黒羽君先に帰っちゃったから」
「ああ……ごめん。ありがとう」
礼を言い、ファイルに入ったプリントを千鶴から受け取る。そしてそれを机の上に無造作に置き、未だ疑問符を浮かべている桂木の方を向く。
「あ……こちら、千駄ヶ谷さん。俺の学校の、友人」
完全に初対面である桂木に、千鶴を何て言って紹介するか迷った挙句、結局当たり障りのない言葉を選ぶ。
「あ、どうも……こんにちは……」
千鶴はおずおずと、桂木を見て頭を下げる。その表情はなんだか固い。
一方で桂木は、千鶴を見て笑顔で返す。
「やあ!初めまして、僕は桂木。よろしく」
「はあ、どうも……」
「桂木さんはね、警察官なんだ」
「警部だよ!」
「警察官……ですか」
「そう。仕事しないけどね」
「憂里君一言余計!」
あははと笑いながら反論する桂木だが、次の瞬間突然に発せられた言葉に、その場にいた全員が硬直する。
「して千駄ヶ谷千鶴さん。いきなりだけど君ーー、一般人じゃないね?」
***
「どういうこと?」
そう尋ねたのは、千鶴ではなく憂里だった。眉間に皺を寄せながら、厳しい口調で問う。
「千駄ヶ谷さんは普通の、俺の友人。てか桂木さんの中で一般人の定義って何さ。じゃあ俺は何」
「まあまあ憂里君、落ち着いて」
「全然落ち着いてるよ。ただどういうことか聞きたいだけ」
その様子を、ソファに座った楓は黙って見つめる。コーヒーを口に運びつつ、何も言わずに事の成り行きを見守っていた。
一方話の中心にあがっている千鶴だが、訳がわからず部屋の中で立ったまま話の続きを聞いていた。
「なんでそう思ったの」
「そんなの君には分かってるでしょ」
「勘?」
「そう!」
憂里が尋ねたその言葉と、桂木の清々しいほどの返事に、千鶴は少なからず狼狽する。
ーー勘?
桂木の言葉にも楓はなお黙ったまま、ちらりと千鶴を見遣り、それから憂里に視線を移す。
「憂里君、言ってしまえば君も一般人では無い。勿論楓君もだ。真崎君は……まあ一応は一般人だな。そして千鶴ちゃん、君は普通でも無ければ完全に特殊でも無い……どちらかと言えば特殊な方、かな。けど二人とは完全に違うタイプ、ってとこかな」
すらすらと言葉を紡ぐ桂木とは逆に、千鶴と憂里は閉口する。
当たっている。
初対面であるはずの桂木が、憂里はともかく千鶴のイレギュラーさを暴くなんて、ありえないことだ。
桂木は"こっち側"の人間ではない。
いち警察官。それなのにその存在はある意味憂里たちよりも普通でなかった。
「それも全て、あなた特有の勘、ですか」
それまで黙っていた楓が、向かい合って座る桂木に言った。
その表情はいたって普通。
「そうだよ。だからいつも楓君とこに聞きに来るんじゃん、何か"僕たち"が知らない情報を持ってるんじゃないか、って」
“影”絡みの、つまり退治人絡みの事件が起きると、桂木は必ずと言っていいほど楓の事務所に乗り込んできた。しかも単身で。
“影”が関係した事件は、退治人の能力ゆえ情報が少なく、目撃者もいなければ証拠もない。被害者でさえも前後の記憶があいまいとなると、犯人を捕まえるどころか、立証も難しい。
そんな中で桂木は、楓に問う。
"君は何か関わっていないか?"、と。
そしてそれは正解である。
退治人である楓や憂里、同じ力を持つ者が、"黒い影"を纏う人間を暗闇から引きずり出すべく"切る"。
それは立派な「仕事」であるが、世の中には勿論通用しない。
そのような能力は周囲の人間に認知されていない。ほんの一部の人間が持って生まれたため、"普通でない"力なのだ。
そのため一般人には極秘である。
都内の某所にその本部があるが、それは裏の組織同然で、まず知られることはない。
桂木は勿論それらのことを知らない。
にもかかわらず、楓を謎の多い"事件"の関係者の一人として見ており、何かと会いに来るのだ。
その理由は、にわかに信じられないが、「勘」である。
最初の"事件"が起きたとき、桂木が楓の事務所に現れた。
元々古い知り合いだった二人だが、突然訪ねてきた桂木に驚いたのも事実だ。しかも、このタイミングで。
そして桂木は言った。君は何か関わっていないか、と。
一応楓は尋ねた。だが極秘につき真実を答えるつもりは勿論無い。それでも尋ねてみた。
「何故、俺がこの"事件"に関係していると思うのか」。
すると桂木は平然と答えたのだった。
勘、だと。
彼は、直感で真実を見抜いてしまう力を持っているのだ。




