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Black Rumor  作者: 東
17/77

全容


「ーーー失礼します」


コンコン、とノックの音が響いた。


ドアを開けた中には、白を基調とした、物があまり置いていない部屋に簡易的なベッドが二つ。

側にはテーブルと椅子が一つずつ。

窓は開け放たれていて、外から吹いてきた風にカーテンが揺れる。



現在二つのベッドには病院着を着た二人の男性が横たわっている。


部屋の中を眺めてまず始めに鷹条楓が思ったことは、物が少ないなあ、といった至極普通の感想だった。


「初めまして。鷹条楓です」


楓はまず目の前の警官二人に名乗った。それから手に持っていた袋ーーー中には巷では名の知られた和菓子屋の菓子折りが入っているーーーを机に置いた。


「初めまして……鷹条さんの話は桂木さんからよく聞いています」

「こんなところでお会い出来るとは……光栄です!」


まず右側のベッドに座る楓より年上であろう警官はそう言って頭を下げ、次に左側のベッドで若い警官が興奮したように言った。


「桂木さんめ……どんな話してんだよ」


楓は苦笑いをしながら二人に向かってどうも、と返事をした。



ーーーここは病室である。

某警察署の中にある、警察官専用の病室。

何故楓がそんなところに居るのかというと、話は前日の夕方に遡る。



***



「聴き込み調査だ」


日も暮れかかった頃、事務所には楓と彼の助手である乃木真崎、それと黒羽憂里に千駄ヶ谷千鶴の四人がいた。


ニヤリと笑ってそう告げた楓に、憂里が尋ねる。

「聴き込み……?」

「そう。被害に会った警官二人。その二人に会って情報を聞き出すんだよ」

「楓さん一人で行くの?」

「ん?ああそりゃあな。お前ら学校だろ」

「それはそうだけど……真崎さんは?行かないの?」


憂里のその問いに、書類を手に立っていた真崎は困ったように笑う。


「僕はまあ……留守番です」

「俺が行って事件の詳細を聞いてくる。情報が無いことにはお前らの張り込みも始まらないからな」



***



「私は巡査部長の甲斐雅之といいます」

「自分は中津川浩です!甲斐さんの後輩で、巡査であります」


見た感じ30代後半であろう男と、二十代前半に見える若い男。


「どうぞよろしく。今日は事件のことを聞きに来たんです。早速で悪いんですが、何があったか教えていただけますか?」

「勿論です。あれは、夜の12時頃でしたか……」



***



「ん……?先輩、あそこにいるの、人ですかね」


後輩である中津川にそう言われて、甲斐は指差す方向に目を向けた。


夜中の12時頃。

甲斐雅之と中津川浩の二人は、市内をパトロールしていた。

繁華街であるこの街は、夜になってもたくさんの人で溢れている。

未成年が外出できる夜11時を過ぎても依然として家に帰らない子供たちや、怪しい客引き、喧嘩、酔っ払いなど、そんな人々に注意喚起を促すため、毎日交代でパトロールをするのが署の決まりであった。


今日の担当は甲斐と中津川であり、二人は歩いて街に行き、危険な人物はいないかと目を光らせていた。


中津川が指差していたのは、繁華街の大通りから少し離れた路地。しかしそこには街灯なども無く、通りとは雰囲気が打って変わって暗い所であった。


目の良い中津川のことなので、それは人であるのだろう。

近づいてみるとやはり地面に突っ伏しているのは黒い服を着た男であり、甲斐は内心溜息をついた。

声をかけてみるも、倒れ伏す男は依然として起きる様子がなく、死んだように動かない。


「ほら、道端で寝てたら風邪引くよ」


そう言いながら寄って行き、側にしゃがみ込んで肩を叩く。

それでも尚起きる気配の無い男に、甲斐はいよいよ溜息をついた。


「……ほら、起きて!」


痺れを切らして、男の上体をぐいっと掴んで起こす。

すると男はようやく、うっすらと目を開けた。

やっと起きたか、と安心しつつ、甲斐は立ち上がって手元の無線機をいじった。

応援を呼んで、パトカーに乗せて酔いが醒めるまで警察署で保護した方がいい。

そう思って無線のダイヤルを合わせた。

その時、


「あの、この人何か様子が……」


少し焦ったような、そんな後輩の声が後ろから聞こえた。


「なに?」


今度は何だ、と思い振り向くと、さっきまで地面に突っ伏していた男がいつの間にか立ち上がっていた。

しかし体はふらつき、足元がおぼつかない。顔は地面に向き、ボサボサの髪の毛が垂れて揺れている。


ただ単に、起きたのか、と思うには何かが異様だった。

顔を上げた男の表情に、甲斐はビクリと驚いた。


目は虚ろで、焦点が合っていない。酔っている人間は顔が赤くなるが、逆に真っ青である。手をダラリと下げ、フラフラと甲斐の方に二歩歩み出た。


「え」


甲斐がそう呟いたときにはもう遅かった。腹部に違和感を感じ、ふと見ると、そこからは真っ赤な鮮血が溢れ出していた。


「な、何……」


近くにいる後輩の声が、やけに遠く聞こえる。そう感じたとき、甲斐は地面に倒れ伏した。


「うわああーーっ‼」


中津川の叫び声と同時に、男が再び動いた。

次の瞬間には、中津川も地面に倒れていた。


赤い血溜まりの広がる中、甲斐は黒い服を着た男が自分達を見下ろすように立ち尽くしていたのが見えた。その手には、鋭いナイフが握られていた。



そして、意識は途絶えた。



「そんなわけで、起きたらこの病室にいたってわけです」


その夜に起きた一連の出来事を述べた甲斐は、申し訳なさそうに目を臥せた。

隣のベッドに座る中津川も、心なしかしょんぼりしている。

恐らく、警官という身でありながらあっさりとやられてしまったことを気にしているのだろう。


「そうですか……」


楓はふむ、と顎に手をあてた。

二人が"犯人"に太刀打ち出来なかったのも無理はない。"犯人"はおそらく一般人であるが、しかしそれでいて一般人ではないのだから。


「……そいつはどんな風貌でした?覚えている限り、詳しく」


楓が尋ねる。

甲斐は記憶を探るように視線を右上に向け、うーんと唸った。


「何せ私は男が寝転んでいる所と起き上がった一瞬のみで……」

「中津川さんは?男が甲斐さんを刺した時、見ていましたよね?」

「ええ、まあ……体格は、痩せていたと思います。背はそんなにありませんが……ひょろっとした感じの。申し訳ありませんが、顔は暗くてよく……」


楓は腕を組んで唸る。

目撃情報がほとんど無い上に、顔を見ていないのは痛い。特定どころか見当をつけることも出来ないだろう。


「取り立てて特徴のない男でした。何かあれば、一瞬でも目に留まったはずなのですが」


一度、刺される直前に男と正面から向き合っている甲斐は、必死で思い出そうとしている様子だが、いかんせんただの酔っ払いだと思っていた男に突然腹部を刺されたのだ。記憶が曖昧でも致し方ない。


「そうですか……。わかりました。事件当時の様子が聞けただけでも良かった。ありがとうございました」


そう言って楓は座っていたパイプ椅子から早々に立ち上がる。病室に来てからまだ20分も経っていないが、情報が無い以上、長居したって仕方ない。


「お役に立てず申し訳ありません」


甲斐がベッドに座ったまま言った。

中津川も頭を下げる。


「いや、とんでもない。お二人は早く怪我を治すことに専念してください。何か思い出すことなどがあれば、事務所の方に連絡を」


楓は脱いだジャケットを羽織り、二人の方を向いて一礼をした。





モブ警官登場です。


回想シーンばっかり。

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