アンパンに牛乳
「千駄ヶ谷さんに、だって?」
楓の言葉に、憂里は非難の声を上げる。
「ちょっと待って、俺がやるのはわかるよ、仕事だし……でもなんで千駄ヶ谷さんも一緒に?どう考えても危ないでしょ」
楓に食ってかかる憂里。いつもの無表情はどこかへ消え、横で見ていた千鶴は少なからず驚いた。
「黒羽君……落ち着いて」
「そーだよこの阿呆。話を最後まで聞け。よく考えろよ憂里、今回お前だけじゃなくて千鶴も連れてくことにはちゃんと意味があんだよ」
「意味……?」
それまで苛立たしげに机を睨んでいた憂里が、その言葉に顔を上げる。
「そう。千鶴は"影"の見える貴重な存在だぞ。一人でも見える奴が、助けてくれる奴がいるのは大きい。……第一、俺達じゃ限界がある。そうだろ?」
「う……」
悔しげに言葉を詰まらせる憂里。
千鶴は首を捻る。
「限界……?」
「ああ、"俺達"は厄介なことに、明るい内は"影"を目に映すことが出来ないんだ」
「え……そうなんですか?」
それは千鶴にとって驚きだった。しかし思い出してみると確かに、憂里が自分を助けてくれたときも夜だった。前にクラスメイトの真美が言っていた情報でも、"事件"は夜に起こる、と聞いた。
「だから、千鶴。昼も夜も目に映すことが出来る、お前の助けが必要ってわけ」
肯定も否定もせずに考え込んでいる千鶴の代わりに、憂里は変わらず非難の声を上げる。
「それにしたって……!」
「んだよ心配性だなー。真崎、お前はどう思う」
尚も煮え切らない様子の憂里を見兼ねて、楓不意に真崎へと話を振った。
当の真崎は突然の質問に驚いて顔を上げたが、すぐに顎に手を当てて考える。
「えっ?あ……えっと、僕も乗り気ではないです。いくら僕らの助けになるとは言っても、千鶴ちゃんはまだ何も知らない一般人に近い。ほんとは憂里君が仕事をやることにも反対ですよ」
その言葉を黙って聞く三人。
真崎は困ったように微笑んだ。楓は千鶴を見て頷く。
「まー当たり前だが尊重するのは本人の意見だ。勿論、強制はしない。無理な願いだってことはわかってるからな」
すると今まで黙っていた千鶴が口を開いた。
「あの……私、幼い頃から"影"を見てきて、それが何かわからなくてすごく怖かったんです。なんで自分にだけ見えるんだろうって。でも今こうしてみると、ここには見える人がいて、助けを求めてる人がいて、怖がって何も出来なかった頃とは違う。私が一緒に行ったって何が出来るか分からないけど、だからこそ知りたいんです。その"影"のことも……自分のことも」
そう言うと、千鶴は小さく息を吐き出した。
気づけば自分の気持ちを話すなんてことをやめていた気がする。
だけど、あれだけ嫌だった"影"が見えるようになったからこそ、こうやって気づいたこともある。
千鶴の心の中は今久しぶりに「嬉しい」とう感情に満たされていた。
「……千駄ヶ谷さんが、そう言うなら……」
千鶴の話に黙って耳を傾けていた憂里だが、溜息をつきながら渋々了承した。
「よし。決まりだな」
「二人とも、気を付けて下さいね」
「真崎も心配し過ぎなんだよ。常に携帯の通話もオンにしておくし」
「ほんとに大丈夫ですかね……」
心配そうな真崎をよそに楓はケラケラと笑った。そして膝をポンと叩くと、
「張り込み開始は明日からだ」
そう言ってから勢いよく上体を起こした。
「良い子はお家に帰る時間だ。お兄さん達は明日に向けて準備があるから」
「準備?」
その言葉に憂里と千鶴は首を捻る。
楓は立ち上がって真崎に湯呑を渡すと、一度振り返って言った。
「そう。明日、俺も“仕事”をする。ーーー聴き込み調査だ」




