提案
「鷹条楓だ。よろしく」
千鶴に椅子を勧めながら、黒髪の男ーーー楓はそう言った。自分も腰を下ろし、それから後ろにいる真崎を指差す。
「んでこっちが助手の乃木真崎」
「よろしくお願いします」
真崎は律儀に一礼すると、千鶴に向かってニッコリと微笑んだ。
「よろしく……お願い、します」
ぎこちなく頭を下げた千鶴は、隣で涼しい顔でお茶を飲んでいる憂里に尋ねる。
「黒羽君が紹介したかったのってこのお二人?」
「ん?あーそうそう。楓さんと乃木さんのこと」
「えっと、それは何故……」
「それは君も"こっち側"に片足踏み入れているからだよ」
「は……?」
楓の言葉に、千鶴は首を傾げる。
前にも憂里に似たようなことを言われたような気はするが、一体何のことなのか。
「ま、それは置いといて……」
置いとくのかよ。
千鶴と憂里の心の中でのツッコミは、口には出さない。
「今日お前を呼んだのは他でもない」
びし、と憂里を指差す。
「“影”による被害者が出たんだ」
***
「え?それって……」
「“影”が暴走した人間が、別の人間を襲った」
会話についていけない千鶴は黙ってその話を聞いていた。
今の楓の言葉も意味がわからないが、隣に座る憂里の様子をちらりと見ると、その表情は先程までとは打って変わり、僅かながらも驚愕の表情が浮かんでいた。
「一昨日の晩、市内警備中の警官が二人、何者かに刺された。……真崎、資料」
「はい」
今まで楓の後ろに控えていた真崎は手にしていた黒いファイルをペラペラとめくると、あるページを読み上げた。
「事件が起きたのは夜12時頃。街をパトロールしていた警官二名の無線からおかしな音が入ったため、別の警官が急行すると道に倒れている二人を発見。命に別条はないものの、二人は腹部から出血しており、調べたところ刃渡り20センチ程の刃物で刺された模様。ちなみに二人の意識は戻っています」
真崎の後を、楓が続ける。
「“影”は稀に、暴走することがある」
「暴走……?」千鶴は首を傾げる。
「そう。負の感情が膨れ上がると、その人間の自我を飲み込み、操る。そうなると、自分じゃ感情をコントロール出来なくなるんだ。憂里から聞いたが、千鶴を襲ったやつもおそらくそうだ。その時は幸い、大事には至らなかったが。しかしついに、昨晩負傷者が出た。警官二人を刺したのは恐らく……いや多分確実にそうだろうな、“影”に乗っ取られた奴だな」
「乗っ取られた……」
うつむきがちにそう呟く千鶴を、憂里は隣で静かに見つめる。
「普段は俺達退治人が、そうなる前の段階で“影”を切る。だがそれでも、少なからず“影”を持ったすべての人間を把握できるわけじゃない。千鶴を襲ったやつも、今回の警察官を刺したやつも、俺達の“目”から逃れていたやつだろうな。職務怠慢と言われてしまえばぐうの音も出ないが」
「……それで?今日呼んだのは理由があるんでしょ」
「ああ。そこで、だ。今も言ったが俺達の仕事は“影”を滅すること。なので」
楓はそう言ってソファにドサリともたれ掛かると、脚を組み直し、右手の人差し指を向かいに座ってお茶を飲む憂里に向けた。それからそのまま隣に座る千鶴へと指をずらす。
「調査に加えて更なる被害を食い止めるべく、張り込みをする。それを千鶴にも手伝って欲しい」




