美麗な髪
その後、フェノルはさすが騎士というのか、これでも騎士というのか。私を部屋まで送ってくれた。
窓からわずかな月の光が差し込む。
ガラス越しだけど、見上げる夜空は美しかった。
「フェノル、今日はありが…………?」
部屋の前でお礼を言おうとすると、不意に、フェノルが近づいてくる。
彼の胸元が、私の鼻に当たりそうになった。
「え? ちょ、ちょっと、フェノル?」
シトラスフローラルの香りに頭がくらくらする。
彼は無言で私の髪の毛を触り始めた。
びっくりしてフェノルを押し返そうとするが、全く力が入らなかった。
細身な彼だが、私の想像よりも彼の胸板は硬い。
自分はこんなに非力ではないはずなのに、力が入らず、彼はビクともしない。
私はぎゅっと目を固く瞑り、されるがままになっていた。
なんですか。なんなのですかこの状況!
問いかけにも答えてくれないし、密着してて顔を上げられないから表情もわからない。
フェノルは無言で髪の毛触り始めるし……!
……優しく髪の毛を触るフェノルの手を、心地よいと感じている自分がいる。
どどど、どういうことよ!
頭の中でぐるぐると思考が回る。が、結論にはいたらなかった。
突然、何かを髪の毛につけると、彼は私から離れた。
「…………?」
不思議だ。
何が不思議かと問われると、彼の行動全てが不思議だ。
そして、もっと触っていて欲しいと思った私自身の気持ちが不思議。
どうしたのかと、フェノルを見上げる。
暗い部屋で、彼の表情は読み取れなかった。
私は髪につけた何かが知りたくて、髪に手を伸ばそうとすると、それを静止するかのように鏡の前に立たされる。
「……あっ」
ようやく、それが何か分かった。
先ほどの城下町で売っていた髪飾りだ。
気になっていたのだけど、レイミールさんを追いかけることに必死で買わなかったもの。
月光に照らされ、輝きを増す白銀の髪飾り。
彩の良い装飾が、一層可愛らしい。
「フェノル、これ……」
「アリアが欲しそうにしてたから、買った。やっぱり、よく似合う」
珍しいお褒めの言葉に、顔が真っ赤になる。
部屋が薄暗く、相手の顔が見え辛いということに感謝する。
私が目に止めていた数秒で、私がこれを欲しがっていたことを知ったのだったら、フェノルは恐ろしい程の優れた洞察力を持っているのか、私が顔に出やすいのかのどちらかになる。
できれば前者であってほしい。
決して私の顔の筋肉が緩いとか、そんなことはないはず!
その時、いろいろ考えてあたふたしている私を見て、フェノルが微笑んだ――――気がした。
「フェノル……?」
「なんだ」
「今、笑った?」
「いや?」
「笑った」
「笑っていない」
「笑ってた!」
そんなやり取りを繰り返す私たちは、子供か! とツッコミを入れたくなる。
ただ、彼の微笑が一瞬すぎて、もう一度見たいと思ってしまった。
美形は笑っても美形なんだ。
若干悔しい気もするが、神様を信じていない私に神を恨む資格もない。
「フェノル」
再度呼びかけると、彼は笑ってないぞ、と即座に返事をする。
そうじゃなくて。
「……あ、ありがとう。髪飾り」
嬉しい、と続けると、お礼を言われるなんて思っていなかったらしく、彼は面食らったような表情になる。
普段、嫌そうな表情とか無表情とかが多いからか、新しい表情を発見できたようで嬉しい。
「ふふっ……あはははっ」
突然笑い出す私に、フェノルが怪訝そうな顔をした。
「何がおもしろいんだ?」
そう問いかける彼の金髪は、髪飾りと同様に美しく輝いていた。