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優しさと整理








「あなたね!? アリアちゃんっていうのは! 私はフェノルの姉のレイミールよ。よろしくね」



美人に迫られ、呆気にとらわれる。

少々強気な瞳と、形のよい唇、綺麗な曲線を描く輪郭に目を奪われた。


コクン、と頷くと、彼女は私の腕を掴み、半ば強引に風呂場へ連れて行った。

もちろん、フェノルを追い払ってから、だ。



こんなところに二人だけで入って大丈夫なのか、と疑問に思う程広い風呂場。

お湯で濡らしたタオルで丁寧に私の体を拭いていくレイミールさん。



「え、あの、ちょっ!」


「はいはい、じっとしててね。……細いわね。ちゃんとご飯食べてる?」



私の腰を拭きながら言う。

抵抗はしたものの、なぜか彼女から出る威圧的なオーラにこれ以上の抵抗ができなくなった。


流されるままに彼女に頭も洗われ、体を拭かれた。

先ほどフェノルが無造作に渡してきた服で身を包むと、レイミールさんは丁寧に私の黒髪をクシでとかしてくれる。

小汚い体も、ボサボサだった髪の毛も自分のものなのか疑問になるくらい、綺麗になった。



「あら……。これは上玉ね……黒い髪に、黒い瞳。繊細な肌が羨ましいわ」



私を見つめてうっとりと呟く彼女は、熱のせいで歪んだ母のペンダントを私に差し出す。



「これ、大切なものでしょう? 持ってなさい。

体は綺麗になったわ。次は、心をスッキリさせなきゃ」



優しい笑みをこちらに向けてくれるレイミールさん。

その笑みがどこか母の面影と重なる。



「まだ、泣いてないんでしょう?」



優しく、安心させるように呟く。彼女の暖かいぬくもりが、私を包んだ。

そのぬくもりはまるで、母と父のようだ。


両親が死に、家がなくなった。

その現実を、ゆっくりと、しかし確実に受け止めようとすると、



――――頭が真っ白になった。



「う……うわぁぁぁぁああっ」



溜め込んでいたものを吐き出すように、声をあげて泣きじゃくる。

今まで、一度も泣くことはなかった。

領主に厳しい生活を強いられたときも、家を追い出されたときも。スラム街で大変なことがあっても。父と母が死んだのを目の当たりにしても。


泣かなかったんじゃない。泣けなかったんだ。


泣き方を知らないから、泣くことすら叶わなかった。


でも、暖かなぬくもりを感じたとき、固まった氷が溶けるように自然と涙が出てきた。

レイミールさんは私が泣いている間、ずっと私を抱きしめ続けてくれた。













それからどれくらいの時間がたっただろうか。

いつでも力になるから、なにかあれば頼りなさい。レイミールさんは私にそう言ってくれた。なんとも心強い言葉だろう。


ひたすら泣きじゃくったあと、先ほどの部屋へ戻される。


そこには既にフェノルがいた。

彼はこちらを見ると、真っ赤に腫れている目を見て、何かを考えたようだった。


さすがに真っ赤に腫れたブサイク顔を見られるのは嫌で、反射的に両手で顔を隠す。



「今顔みられたら一生後悔するから見ないで!」



美男子に見せられる顔じゃあない。

きっと心の中で「ひどい顔」とか思って……



「ひどい顔」



……思ってたぁぁぁ!

というか思うどころか口に出しやがりましたよこの人!


彼はゆっくりとこちらへ近づいてきて、私の腕を掴む。


も、もしや。手をどかそうとか思ってるわけじゃないでしょうね?

手をどかして私の顔をあざ笑う気ですか!?


それだけは阻止せねば!


どかされそうになる手に、させるもんかと力を入れる。

しかし、男の人の、それも騎士の腕力に私が勝てるはずもなく。


あっさりと手はどけられ、私の泣きはらした顔があらわになった。



あああ貶される。ボロクソに言われるんだ。


『はっ、ぶっさいく。お前みたいな可哀想な奴を助けてやった俺様に感謝しろ』とか言われるんだ!


……自分の被害妄想の強力さに泣きそうになる。

ゴクリ、と生唾を飲み干し、何を言われてもいいように心の準備をした。


しかし、彼は私に何を言うわけでもなく、じっと私の顔を見つめるだけだった。


その顔は真剣そのもので。



「どうしたの……?」



沈黙に耐えられず、私から口を開いてしまった。

フェノルは私の手を掴んだまま、問う。



「責めないのか?」


「は?」


「放火犯がスラム街に逃げたのは、俺が指揮する騎士団が捕獲し損ねたせいだ。そのせいでお前の両親や周辺の人が死んだ。お前には、俺を責める権利がある」



一瞬、唖然とした。なんという三段論法。しかもネガティブ。

ずっとこんなことを考えていたのか、と思う。


何を考えているのかわからなかったから内心ビクビクしていたが、この時は自然と口が開いた。



「確かに、両親は死んだ。でも、私はあなたを責めようと思ったことは一度もないよ。

むしろ、怒りの先は放火犯のほうにいったしね」



私は苦笑しながら続けた。



「それに、あの時。私が放火犯を殺そうとして、止めてくれたのはフェノルだよね? 私が人殺しにならなかったのも、こうして生きてられるのも、フェノルのおかげだよ」



あの低い声は、きっとフェノルだ。

あの時フェノルが止めてくれなかったら私は人殺しになってたし、後悔していた。感情に任せて自殺までしていたかもしれない。


それに、こうして体も、心もスッキリした状態でいれる。今があるのは、彼のおかげといっても過言ではない。



そう伝えると、フェノルは驚きを隠せないようだった。


……恨まれると思っていたのだろうか。

怒りの矛先を間違えるほど、愚かな人間に育った覚えはないんだけどなぁ。








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