連れてこられた場所は王宮でした
体が揺れる。お尻が痛い。
シトラスフローラルの香りが鼻をくすぐる。
なぜか、優しい腕で包まれているような、安心感がある。
まだぼーっとしている頭を回転させ、ゆっくりと、瞳を開けた。
まず、目に入り込んできたのは、見知らぬ腕だった。そしてその奥で、木々が後ろに流れていく。
……どういうこっちゃ。
確か、私はスラム街にいたはず。
そして、家が燃えて、父と母が死んで……。両親を殺した中年のおじさんを、殺そうとしたんだ。
「起きたか」
頭上から降ってくる声に驚いて、上を見上げた。
すると、20歳前後の見知らぬ男性がいるではないか。
日の光に反射する金髪は、向かい風になびいている。
筋の通った形の良い鼻に、薄い唇。深緑色の瞳は、まるですべてを見透かすかのようだ。
整った顔立ちに、不覚にも見惚れてしまう。
数秒、唖然として、今私が置かれている状況に気がつく。
馬に乗っているのだ。
この男性に支えられるような形で、馬に横座りしている。道理でお尻が痛いわけだ。
私が目を覚ましたときは既に、馬はスピードを落としていたらしい。馬が足を止めたことを不思議に思って、馬の前方を見てみると、大きな門がそびえ立っている。
門が開かれると、ボレニール領の領主の住んでいた豪邸の、何倍も大きな城が目いっぱいに飛び込んできた。
「ここはルノヴェールの王宮だ。さすがに暴走している少女を放ってはいけないからな。勝手ながら、俺の一存で連れてこさせてもらった」
私の困惑を知ってか知らずか、彼は淡々と話す。聴き心地の良いこの声は、どこかで聞いたことがある。
しかし、それを思い出す余裕は私にはなかった。
「え、ちょっと、待って! 王宮ってことはここ、王都なの!? それ以前にあなた誰!」
自分の置かれている状況がまずわからない。そしてなぜこんな身分の良さそうな人が私を抱きかかえているのかもわからない。
私は叫ぶように言うと、彼は一瞬驚いたような顔をしてから、ふっと微笑んだ。
「俺はフェノル・ルノヴェール・メロニーディア。ここは王都の中心部だ」
「フェノル・ルノヴェール・メロニ…………でぃあ?」
おやまぁ長いお名前で。
ルノヴェール。
この国の国名であるルノヴェールを名乗るのは、王族だけだ。
つまり、彼は王族となる。
いや、でも。王族様がスラム街に来ることなんてあるんですか?
なんてことを考えていると、彼から質問される。
「お前は?」
「は?」
「人に名前を聞いておいて、自分は名乗らないなんてことはないだろう?」
「……アリア」
言いながら馬を降りた彼は、私に手を差し伸べた。降りろ、ということだろう。
私は彼の手をとり、馬から降りる。長時間乗っていたからか、着地したときに少しバランスを崩した。なんとか体制を保つ。
それから、王宮内に連れて行かれた。見てるだけでクラクラしそうになる、高級そうなきれいな内装だ。
そんなお金があるなら、スラムの人を一人でも多く救ってくれればいいのに。
私としては、そんなことを思わずにいられない。
すると、すぐに一室に案内された。ここにいろ、と言い残して出て行く彼。少し経つと何かを持って帰ってくる。
無造作に差し出されるそれは、白いワンピースと薄桃色の生地のやわらかそうな上着だった。
「姉が昔着ていた服だから、少し大きいかもしれないが……今よりはましだろう」
そう言って彼は私の服を見る。
服、というよりかは、ただの布に近かった。
大きな白い布を、母が服のようにしてくれたのだ。長く使っている上に、スラム街で歩き回っていたからか、裾は切れ、色は黄ばんでいる。
さらに、先ほどの火事のせいだろう。あちこちに炭がつき、体がべとべとしている。
「行くぞ」
こちらの意志もお構いなしに、彼はスタスタと歩き始めた。
「ちょっと、待ってよ。あなたねぇ! 勝手にここに連れてきてなんの説明もなしに行くぞ、とか言われても困るんですけど!」
「フェノルだ」
「はぁ?」
「フェノルと呼べ」
こっちの話すら聞きやがらない! なんなんだこの人は!
身分高い人って皆自分勝手なのか!?
「……あぁもう! フェノル! どこにいくの!?」
後ろから早足で追いかけながら、ついたところは、お風呂。
そして、薄紅色の自然なウェーブのかかった長い髪の、美人な女性が笑顔で待っていた。
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ランキングの上位にものっていてびっくりしました。
お粗末な作品ですが…何卒、よろしくお願いいたします。