プロローグ
受験勉強の合間に思いついた作品です。暇潰し程度に読んでいただけると幸いです。
私の住む国、ルノヴェール王国は自然豊かな国として知られている。
森林も多く、国の南側には海もある。王都は国の中心より少し、南よりに位置する場所にあり、とても栄えているという。
しかし、私の住むスラム街は、いつも荒れていた。
自分が生きるために他者の食べ物や金目のものを盗んだり、殺したり。
弱いものは力のあるものに逆らえないというが、それはどうやら本当のことらしい。
このスラム街にいるのはほとんどが領主の高い税金を払えなくなった者や、犯罪を犯して世間に出られなくなった者達だ。
私の両親は、前者だった。
父は魔術を使い、魔物狩りをして、魔物の毛皮や肉などを売ってお金を入手していた。
しかし冬になれば、地上へ出てくる魔物も少なくなる。必然的に金が手元にくる機会が減るのだ。
今までは父の狩りと、母の編み物でなんとか冬を越していたのだが……私の住んでいたボレニール領の領主ボレニールは、自分の娯楽のために領民から高い税金を取り上げ続けた。
そしてついに、徐々に高くなっていく税金を支払えなくなった。
私たち家族には二つの選択肢を突きつけられた。
一つは、このボレニール領から出ていき、スラム街へ行くこと。
もう一つは、今冬の税金を免除する代わりに、娘――つまり、私を領主に差し出すこと。
今回だけ税金を免除されても、次の冬、払えるかどうかもわからない。
当時8歳だった私を、憎い領主に差し出すなんて考えられない。
両親はそう言い、スラム街への移動を決意した。
あまり良いイメージのないスラム街だったが、行ってみて分かることがあった。
まず、皆生きるのに必死なこと。そのために盗みを働くのは日常茶飯事だった。
そして、スラム街といっても、凶悪な殺人犯とか、そういう部類は一定の場所に固まっていて、大抵の場所は優しい人たちが多い。スラム街の知識も少ない私たちに手を差し伸べてくれる人たちが少なからずいた。
スラム街での生活が、裕福な生活とはいかなかった。
しかし、多くの友人もでき、家族3人で暮らせることが、私には幸せだったのだ。
父は魔術を教えてくれ、母は編み物や料理を教えてくれる。魔術はすぐにある程度のことができるようになり、いつも怪我をする友人たちを治療するのも、生活の一部となっていた。
15歳の頃には、スラム街を歩き回り、怪我や病気の治療をした。
お礼として渡される微々なお金や食べ物で、少しでも両親を楽にさせてあげるためだ。
最初は私から「お礼をください」と言っていたが、最近ではみんな分かってきたのか、なにも言わなくてもお礼をくれるようになった。
スラム街の多くの人と交流が深まったのは、これのおかげかもしれない。
だが――――その幸福は、やがて砕かれることになる。
私たちの住む家の周辺で、火災が発生した。
どうやら、最近王都を騒がせていた放火犯が、スラム街に逃げ込んできたらしい。
必死で火を消そうとしたが、間に合わなかったそうだ。
火はすぐに私の家にも燃え移った。
その頃私は、自分の魔術を使い、家から遠く離れた場所でけが人の治療をしていた。
家に戻ったころには、周辺は焼け野原だった。
黒ずんだ灰が宙を舞う。
私の家と思わしき場所には、二つの、人と思われる黒い物体が、抱き合うようにして固まっていた。
これは両親じゃない。違う人だ。心の中で何度繰り返しても、それの首と思わしきところにかかっている首飾りのペンダントが、私に見たくもない現実を突きつけた。
これは、母が常に身につけていたペンダントだ。
私はそれをゆっくりと母から外し、握り締める。ペンダントは熱のせいか若干歪んでいる。
私の背後では身なりの良い、王都騎士団の紋章のついた肩当てをしている人たちが、一人の男を捕まえていた。
「おい、おとなしくしろ!」
騎士が言うと、嫌なこった、と暴れる中年の男。
「全部、全部燃やしてやる! 家も、物も、大切な人も、自分も、すべてが炎で燃やされる恐怖を見るのが俺は大好きなんだ!」
狂ったように言う中年は、ニヤニヤと顔を歪め、焼け野原となった私たちの家を見渡した。
そして呟く。
――――あぁ、最高だ、と。
一瞬でわかった。やつが家を燃やしたんだ。
奴が、最愛の両親を殺したんだ、と。
やめてよ。なんで私ばかり嫌な思いをしなきゃいけないの。
せっかく幸せだったのに。私から何もかも奪わないでよ。
「ふざけないでよ!!」
急に叫んだからか、中年の男どころか、騎士たちも驚きを隠せないでいた。
「ねぇ、おじさん。知ってる? 私、治癒が得意なんだよ。治癒ってね、治すだけじゃないんだ。その傷や菌を細かく分解することもできるの。菌を分解することで傷の治りが早くなるんだよ。まだ試したことないけど…………この能力を、おじさんに試したらどうなるんだろうね?」
中年の男を見つめ、ポツポツと呟くように言う。
私は近くに生えていた小さな草を左手で掴むと、能力を証明するかのように、草を分解した。
分解というよりは、抹消のほうが正しいかもしれない。草はみるみる茶色く染まり、粉々になって風に飛ぶ。
悦楽に浸っていた中年男性の顔が、どんどん恐怖に歪んだ。
「恐怖、好きなんでしょ? じゃあ、自分が味わえばいいじゃない」
他人に押し付けないでよ。
おぼつかない足取りで、中年男性に近づいていく。周囲の騎士も、戸惑っているようだ。
いざ、男に手を伸ばそうとしたとき。
「落ち着け」
低く、聴き心地の良い声が聞こえるとともに、お腹に鈍い衝撃を受け、私は意識を手放した。