その魔王、いまだ迷子につき
フォルケ王国とゴルド王国の間には広大な砂漠が広がっている。
風も吹かぬ砂漠にはオアシスなどなく、両国を行き来するには海上を通るか北のスオム山脈にそって走る街道を行くしか方法がない。
もし、この砂漠を超えてくるものがいたとしたら、それは間違いなく敵である。
故に、ゴルドの西の果ての街、アクシズは城塞都市として砂漠にその目を光らせていた。
アクシズの太守であるサドは窓の外に広がる砂の海を眺めていた。目を凝らしても何も見えないが、この砂漠の先には今彼らと緊張状態が続いているフォルケがある。
「今にも駆け出しそうな目をしているな。お前の仕事は攻めることではなく守ることのはずだが?」
ソファーに深く腰をかけた男がサドに問いかける。サドはそれにニヤリと笑って返した。
「ええ、心得ておりますよ、ジェイド陛下」
陛下と呼ばれた男は立ち上がりサドの隣まで歩く。
「心配しなくとも奴らから仕掛けてくることなどない。今、奴らはそれどころではないからな」
「ほう、ではエイン王女の身柄は確保されたのですか?」
ジェイドは首をふる。
「いや、まだだ。やはり魔王を捕獲するにはあちらの戦力では足りぬ。こちらから送り込みたいのだが邪魔が多くてな。まだしばらくは泳がせておく」
「陛下にしては、ツメが甘いですな」
サドは嫌味ったらしくいい、ジェイドはその言葉にむっとするが、すぐにいつもの表情にもどる。
「甘いんだよ、昔から。あの娘には」
そういい、砂の海を眺め物思いにふける。
サドは一抹の不安を抱えていた。ジェイドを信頼していないわけではない。むしろジェイドだからこそこのように自分の趣味にあわない仕事も我慢している。
が、今回の計画はあまりに、らしくないのだ。
そもそもの発端はフォルケとの緊張状態にまで遡る。
今まで同盟関係にあったフォルケとは、ある事件をきっかけに一時期は一瞬即発の状態にまで関係が悪化した。
その時ジェイドが下した命令はここアクシズの防衛力の増強と、太守の交代である。
もともとは貿易の街として栄えたアクシズだったため、太守に戦闘の経験がなく、代わりに港町ラータへと赴任させ、サドが代わりに太守へと着いた。
「私は王都へと一旦戻る。警戒を怠るな」
ジェイドはそう言い身を翻し部屋から出ていこうとする。
「陛下、一つ質問をしてもよろしいですかな?」
サドの言葉にジェイドは立ち止まる。
「なぜ、私をこの街へ派遣なさったのです?」
しばらくの沈黙の後、ジェイドは答えた。
「お前にしか、ここの任は任せられぬ。人間である、お前にしかな」
それは時雨との和解が済んだ数週間後のことだった。
あれから誰かに襲撃されるということもなく、エインも春樹も狙われているということを忘れかけていた頃だった。
テスト勉強におわれ必死になって次の授業の宿題をしている杏奈の後頭部を眺めながら、ここ最近来ていない一哉のことを考えていた。
教師は家庭の用事といっていたが、もう一週間は着ていない。サボりがちの一哉だが、これほど長期にわたって休むことは今までなかった。
空席の隣に目を移すと、教室の扉を開く音がした。
「一哉!」
突然入ってきた一哉に教室にいた全員が驚いたが、一哉はそんな視線を気にした様子もなく春樹を手招きしている。
何事かと思いながらも春樹は手招きに誘われ教室の外へ、そこからしばらく二人は無言であるき、また中庭のベンチにまで来た。
一哉は春樹に座るように勧め、春樹が座った後自分もベンチに腰を掛ける。
「話がある」
そういうと一哉はいつもと変わらぬテンポで話し始めた。
「猫を拾ったんだ。二匹」
「はい?」
疑問しか浮かばないが、とりあえず彼の話を遮らずに話を先にすすめる。
「どうもその猫が言うには、俺は人間ではないらしい。それで人間じゃないからこっちの世界に来いという。お前なら、どうする?」
「どうするって言われても……」
全く話の中身が見えてこない。困惑した表情で一哉を見るが一哉はいつもどおりの表情で遠くを見ている。
「お前も最近拾っただろ、猫を」
「猫?」
全く覚えがない。最近拾ったものといえば、道端に落ちていた10円玉と、さっき杏奈が落とした消しゴムと、
「エイン?」
「そうだ、あの魔族を拾ったお前ならどうする」