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その魔王、いまだ迷子につき

「七瀬川春樹君、七瀬川春樹君、至急職員室まで来てください」

ゆったりとした昼休み、突然の呼び出しに春樹は首をかしげる。

呼び出される理由なんてない・・・と思う。犯罪的なことはしていない・・・と思う。

人間、痛くない腹を探られれば何もなくてもかゆくなるものだ。春樹は職員室までの道のりを悩みながら歩いていた。

ドン

なにかがぶつかった。考え事をしていたせいかそんな考えしか浮かばなかったが、すぐに倒れている少女が目に入る。

「(あれ?前にもこんなことが・・・)」

妙な既視感を覚えた。が、今はそれどころじゃない。

「ごめん、大丈夫?」

手を差し伸べる。倒れている女子はお尻を擦りながら春樹の顔を見る。

「あ・・・」

春樹は思わず声が出てしまった。見たことがるはずだ。昨日の夜ぶつかった女の子が昨日と同じ格好で倒れているのだ。

「あ・・・」

彼女のほうも声を上げ、少し顔を背ける

沈黙。お互い動くこともできずに時間だけが過ぎていった。そうしているうちに沈黙に我慢できなくなった春樹のほうから口を開いた。

「き、昨日はごめんね」

「い、いえ、私もぼけーってしてましたし・・・・」

再び沈黙。これ以上話すこともなくなった春樹はそのままその場を去ろうかと考えた。だが、今度は彼女のほうが口を開いた。

「あ、あの!前は、その、助けてくれてありがとうございました!!」

突然そういうと春樹に頭を下げお礼を言い出した。春樹の頭の中には?マークが飛び交っていた。意味がわからない。

「ずっとお礼が言いたくて、でもタイミングがなかったて言うかあの・・・」

「え、えっと、何の話かさっぱり…」

「覚えていませんか?少し前、私が・・・その、ナンパをされてるときに・・・」

「・・・・!! ああ! あのときの!」

春樹がそういうと彼女は嬉しそうに頷いて、春樹の目線に気づいて俯いた。

そう、彼女は前春樹達に絡んできた不良たちからナンパされているときに春樹が助けた女の子だったのだ。

その時はまったく違う学校の生徒かと思っていたが、今思い返せばあの制服は中等部の制服だった。

「あの時は本当に困っていて・・・それで春樹さんが助けてくれて、とってもうれしくて、本当にありがとうございました」

また丁寧に頭を下げて御礼をする。

横を通り過ぎる生徒が何事かという目で春樹達を見ている。

中等部の生徒が顔を真っ赤にして高等部の先輩に頭を下げている。

あらぬ誤解を招くには上出来な状況だ。

「き、気にしないでいいから!ね?頭上げて?」

春樹は周りの目が気になり始めたのか、あわてて頭を上げさせようとする。

「・・・はい」

彼女はそのまま頭を上げる。顔がまるで林檎のように真っ赤だ。

「俺呼び出されてるから、もう行くね?」

「あ、はい・・・失礼しました、足止めしちゃって・・・・」

再度彼女はお辞儀をしてそのまま小走りで去っていった。

「・・・なんなっだんだ?今の・・・・」

小さくそうつぶやき、五分は遅れているであろう職員室へと向かっていった。

放課後になると春樹とエインはさっさと帰宅の準備をする。

「あ、春樹さん、エインさん、私ちょっと用事がありますので先に帰ってくださって結構ですから」

帰ろうとする二人に由紀が声をかける。

「なにかあるのか?」

「ちょっと呼び出しというか…勧誘というか…夕食までには帰りますので」

苦笑いをしながら由紀は自分のカバンを持って教室から出て行った。

「私も今日は用事があってな。先に帰らせてもらうよ」

未末もそそくさと部屋を出ていく。杏奈はと言えば寮の食事の当番らしく授業が終わると同時に買い出しに向かって言った。

「二人って言うのも珍しいね」

最近はたいていあのメンバーで帰っていたのでエインと二人っきりで帰るなんて言うのはまずないことだった。

長い坂の途中に門がある。そこをさらに降りていくとバスの発着場がありたいていの生徒はそこから学校に行き来している。

いつも通り門の周辺は人があふれかえっている。

そんな中春樹は一人の女性を見つけた。誰かを待っているようで門に背を持たれかけている。

少女は春樹達を確認するとにっこりと笑いながら近づいてきた。

その存在感。周りの風景にまるでピントが合っていない。ただ、その少女だけが妙にはっきりと見えた。

「さっきぶりです、春樹さん」

立ち止まる春樹たちの目の前にきてペコリと頭を下げる。そこには昼にぶつかった女子生徒がいた。

「でもごめんなさい、今回は先輩じゃなくてそちらの方に用事があるんです」

そういって彼女はエインを見る。

「こちらについてきてください」

にっこりと笑って二人を校門の外へと誘う。

「知り合いか?」

エインが春樹に尋ねる。

「知り合いというほどでもないんだけど…。エインは?」

あの少女はエインを指名していた。心当たりがあるとすればエインのほうが可能性は高いのだが、

「いや、まったく知らん」

真顔でそう言い切った。どうやら本当に知らないらしい。

先を行く少女は二人がついてくることを疑いもしないのか一回も後ろを振り向かずに歩き続ける。

しばらく歩くと横道がある。そこをさらに奥へと進んでいくと少し開けた場所に出る。

「わざわざすみません、こんなところまで来ていただいて」

少女は空き地のちょうど真ん中あたりで立ち止まり後ろに振り返る。

「人目につかない方がいろいろとやりやすいので…私もエインさんも」

自分の名前が出たことでエインが反応する。

「…我の名前を知っているか」

「失礼だとは思いましたが、ちょっと調べさせてもらいました。仕事ですので」

先ほどから笑みを一回も絶やさない。それが春樹にはだんだん不気味に見えてきた。

「仕事?」

エインの質問にも少女は淡々と答える。

「はい、私の一族はそういう家系ですので…。今回の仕事は嫌なんですけどね…」

そう言って少女は一歩、エインから距離をとる。

「春樹、下がっておれ。お主には危害は加えんと思うが流れ弾というものもある」

春樹は言われたとおりに二人から距離を置く。

「始める前に、そなたの名前を聞いておこう」

少女はじっとエインを見ていた。一瞬の隙も見せようとしない。

「神楽時雨ですけど、なぜ?」

時雨の問いにエインはふっと笑いながら、

「今のうちに聞いておかないとな。死なれては名前も聞けん」

そういうと同時にエインの姿が時雨の視界から消えた。時雨はとっさに左手に何かをもってそのまま左につきだす。

そこにはすでに目の前まで迫っていたエインのこぶしあった。

エインのこぶしはあと一歩というところで防がれ止まっている。

時雨は空いている右手に針のようなものを構えそのままエインに投げつける。

しかし、エインはそのまま深追いはせずに後ろに飛びのき、なんとか時雨の攻撃をかわしていた。

時雨の手から何かが落ちた。左手に持っていた符が焼き切れている。

「なるほど、一発じゃ終わらぬか」

まったく困った様子はない。エインは自分の手を見つめながらつぶやくようにいう。

「紙きれで我の炎が防げるか、見せてみよ」

そういうとエインの右腕から炎が上がる。

炎の腕というよりは、腕そのものが燃え上がっているように見える。

端で見ている春樹にまで伝わる熱風。見ているだけでその熱さが伝わってくるような錯覚に陥る。

小さく、エインがなにかを呟く。その声に応じるようにエインの体のまわりを赤い光がくるくると回り始める。その数は一つ、また一つと増えていく。

「行け」

その言葉を聞いた瞬間赤い光は一直線に時雨へと向かい走る。

時雨は自分の目の前に符を展開させる。そのうちの数枚を針と一緒に光にぶつける。

符は向かってくる光に寸分の狂いなくあたり、爆発させた。

耳を防ぎたくなるような爆音とともに光は爆発し、周りにあった光も次々と巻き込まれ、爆発していった。しかし、数個の光が速度を緩めることなく向かってくる。

「ちっ!」

時雨は再び符を構え、衝撃に備える。

二回目の爆発。数個の光は一斉に時雨にぶつかりあたりを灼熱地獄へと変えていた。

「きゃああ!!」

時雨の小柄な体が後ろに吹き飛ばされる。幸い怪自体はないらしいが爆発の威力に負けてその場には踏みとどまれなかった。

時雨はすぐに体勢をもどし、エインのほうをみる。

「ばかめ、あれで終わりかと思ったか?」

すでに次の光が時雨のすぐ目の前まで迫っている。

「(避けきれない!)」

そう判断した時雨はまた一枚、符を取り出す。三回目の爆発とともにあたりは静まり返った。時雨がいた場所は煙に覆われそこに誰かがいるかさえ確認できない。だが、春樹は見ていた。当たる瞬間を。あれは防ぐことも避けることもできないはずだ。

「エイン…死んでないよね?」

普通なら死んでる。しかし相手はトンデモ超人だ。万が一ということもある。

「…まぁ、あやつなら直撃を食らっても死なんだろうさ」

エインも煙の中をじっと見つめる。そこには誰もいない。

「(どこかへ隠れたか…)」

煙の中の捜索に集中しすぎたのだろう。エインの視界には空を舞っている一枚の紙切れが映らなかった。そして、それに気付いたのは…

「エイン! 上だ!」

春樹は叫ぶ。叫んだ後で、この世界に順応し始めている自分に気付いた。

そうだろう。普通の世界に生きていれば、まさか空を舞っている紙切れが少女に代わるなんて発想は思いついても口に出すわけがない。

エインは春樹の声に反応して上を見ることなく前に飛びのく。

「っぐ…」

足に痛みが走る。見れば真っ赤な線が一本、足に走っていた。その横には血のついた針が地面に突き刺さっている。

もちろんこの一本じゃない。十本ほどがきれいに直立していた。

「春樹の言葉がなければ、危なかったかもな」

エインは再び目の前に現れた少女を見た。

さすがに無傷というわけにはいかなかったのだろう。制服の所々は焼け特に左腕は完全に燃え尽きていたノースリープ状態になっている。

時雨の息遣いは荒い。ここで仕留められなかったのは相当痛いらしい。

「疲れているところ申し訳ないが、ここで追い込ませてもらう」

そういうとエインは再び時雨と距離をとる。

大きく息を吸う。素人の春樹にはまったく何をやっているのかわからない。しかし、そんな春樹とは対照的に時雨の顔が青ざめていく。

「行くぞ!」

エインが大きく叫ぶ。その瞬間、エインの体中から炎が漏れる。今度は右腕だけじゃない。体全身を炎が包み込む。

羽衣という表現が一番近いかもしれない。幾重にも炎が自分の主の体を包み込みまるで生き物のようにうねり動いている。

またもやエインは時雨の視界から消える。今度は時雨も真向から受けようとしない。すぐさまエインの姿を確認して紙一重でよける。

エインが腕を向ける。その腕からまるで蛇のように炎が飛び出し時雨に食らいつこうと襲う。しかし、

「炎だけなら!」

先ほどのような爆発までされると対処のしようがないが、ただ焼くだけの炎ならば話は別だ。

左手に符構え、向かってくる炎に対して楯のように構えて防ぐ。

炎は時雨には当たらずその左右にずれて流れて行った。

一瞬だけ、エインに隙ができていた。これを逃す手はない。

一気に間合いを詰める。そしてそのまま右手に持った符を構える。

「爆雷!!!」

投げつけた符がそのままエインの目の前で爆発する。ただの爆発ではない。この爆発は人にあらぬ物を焼きつくす雷。時雨はそう教わった。

爆発の衝撃によって符を持っていた服の右腕の部分も吹き飛ぶ。さらにそこに火傷と裂傷が浮かぶ。

今回一番の爆音が響く。

「エイン!!」

春樹が叫ぶ。これはまずい。彼の何かが告げている。これを直撃で食らえばエインもただでは済まない。しかし、煙の中から返事は帰ってこない。

「はぁ、はぁ、はぁ、」

時雨は片膝をついて右腕を押さえている。

時雨もまた、煙の中をじっと見つめる。そして、少し経ったとき、一度だけ大きくため息をついた。

「い、今のは、さすがに聞いたぞ人間、いや、時雨よ」

エインだった。こちらも同じく防いだ右腕の服が焼け切れていて、さらに血が滴り落ちていた。体のほうも頭から血が流れていて足の方にも怪我をしているらしい。

「しかし、我の勝ちだな」

エインが無事な左腕を構える。すると先ほどの赤い光が再び、浮かび上がってきた。

「…そうですね、私の負けです」

そう言って時雨は負けを認めた。その言葉を聞いたエインは腕を下ろす。

「ずいぶんとあっさりだな。仕事じゃないのか?」

「まぁいいんですよ。もともとあんまり好きな仕事じゃないですからね。依頼者も正体不明ですし」

時雨はその場に座り込む。その姿を見て春樹はやっと終わったと確信した。春樹二人に近づくと二人とも視線を春樹に向けた。

「大丈夫?」

春樹は二人に尋ねた。

「まぁ、この程度ならばすぐに治る。治癒魔法も少しはかじっておるしな」

春樹にはどう見ても大丈夫じゃない体に見えたが何も言わないことにした。

「時雨さんは大丈夫?」

「え、あ! はい! これぐらい大丈夫です!」

不意を突かれたのか少し驚いているようだった。

「でも、制服はボロボロだね…」

いまや制服は完全なるノースリープに変わっており右腕のほうはさらに体の部分まで破れていた。

「あ、本当ですね。あ~あ、こっちなんで下のブラまで……!!!!!!!」

時雨は今の自分の恰好にやっと気付き春樹に背を向けてうつむいてしまった。

「(そっち向かれると逆に背中の部分が見えちゃうというか…)」

春樹も顔をそむける。完全に二人は固まってしまった。

「春樹よ」

そんな二人の様子を尻目にエインが話しかける。

「とりあえず時雨の治療がしたい。お主はそのブレザーを脱いでさっさとあっちに行っておれ」

呆れたように手を差し出すエイン。春樹は自分の来ていたブレザーをエインに渡すと隅っこの方へと追いやられた。日はすっかりと沈みあたりは真っ暗になっていた。

「一人で大丈夫?」

春樹は春樹のブレザーを上から羽織っている時雨に尋ねた。

「はい、エインさんにけがも治してもらいましたし一人でも帰れます」

時雨は最初に見せていたような笑顔を振りまきながら答える。

「それじゃ、また学校で。いろいろと話さなきゃいけないことが増えそうですし…」

ちらりとエインを見る。エインも何の事かわかっているようで一回、うなずいた。時雨は再度、二人に頭を下げて坂を下りて行った。

「さて、と」

見えなくなるまで見送った春樹はエインの方を向く。

「実は僕たちもバスで帰らなきゃいけなんですが、どうしましょう?」

春樹は真剣な顔でエインに尋ねる。エインは春樹と坂の下を交互に見ながら、

「まったく…」そう一言つぶやいて手をひらひらと動かす。どうやら今度来るバスには乗れそうにもない。

「で、どうだった?」

エインが突然春樹に尋ねる。春木は何の事だがさっぱりわからずに首をひねる。

「さっきの我らの戦いを見てだ。あれをみてまだ魔王じゃないとかぬかすのかお主は?」

「え? あー、うん、あんなの見たらもう疑う余地はないよ、うん」

「そうか、それならばいよい」

それっきりエインは黙り込む。何か言いたげな表情はしているのだが何を言いたいのか春樹にはさっぱりわからない。

「春樹よ」

再びエインが口を開く。

「そのだな、先ほどは、あの、なんだ、……………ありがとう」

小さく、エインが目線をそらして春樹にそう告げた。春樹はエインの顔を見る。暗くてよく見えないがもしかしたら赤くなっているのかもしれない。

「え? 何かしたっけ?」

「だ、だから! 先ほどの戦いでお主の言葉がなければ、我は負けて…はおらぬと思うがもう少しダメージを受けていた。それに対する感謝の意だ! ありがたく受け取っておけ!」

今度は大きな声で、エインは春樹にそう告げた。春樹は突然のことにどう反応していいのかわからない。

「それとだな、我といるとどうしてもこのような事態になるのだ。我は覚悟しているが、お主はなんでもない一般人。奴らも手だしはせぬと思うが万が一ということもある。こういう事態になったらお主は一刻も早く…」

「逃げない」

春樹はきっぱりとそう言った。

「なに?」

「逃げないよ。エインだけ置いて逃げるなんて、絶対にしない」

その言葉は普段の春樹からは感じられないほど、強い言葉だった。

「しかし、お主じゃ我らにはついてこれぬ! わざわざ危険なめに会うこともなかろう!」

エインも必死だ。なぜ自分がここまで必死になるのか、それさえもよくわからない。しかし、この男が自分のせいで傷つくということを想像しただけでなんとも言えない感情が湧きあがってくる。その感情は黒く、どこまでも黒く、自分が飲みこまれてしまいそうになる。

「だけど、さっきはエインの役に立ったよ?」

春樹は笑顔でこたえる。

この返しにエインは口をパクパクさせて反論できなくなってしまった。

確かにそうなのだ。こればっかりはしょうがない。先ほどは春樹に助けられた。事実なのだ。エインはしばらく低く唸り声をあげて、

「わかったわ! 勝手にするがよい!」

そう怒鳴りつけてスタスタと坂を下りて行った。

春樹のそれを追いかける。

追いかけながら、悪くはないと思っていた。

この生活が、とんでもない日常ではあるが、この魔王といる生活が、悪くはない。

そんなことを、春樹は先を行く小さな背中を眺めながら思っていた。

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