その魔王、いまだ迷子につき
窓から差し込む朝日がまぶしい。この位置に寝床を気付いたのは間違いだったと春樹は最近思い始めた。
まだ頭がぼんやりとして働かない。春樹は昨日の出来事を思い出していた。
変な少女と出会った。
いや、変という言葉では足りない。変態といっても過言ではない。
「可愛い子だったなぁ」
よく思い出してみればかなり可愛い部類に入る。もっと話しておけばよかったと春樹は少し後悔した。。
春樹はカレンダーを見る。今日は日曜日。学校は休みだ。
特に用事もないが、このまま二度寝をするというのも駄目人間なように思えてきたので、とりあえず朝飯を食べに行こうと起き上がる。
春樹は自分の部屋に一つだけ不満を持っていた。母屋から遠いことだ。
七瀬川家、中でも祖父が有名な武道家で自分の家の敷地内に道場がある。
昔から周りから「大きな家だね」といわれている。が、春樹自身、敷地は広いかも知れないが人が住むスペースという意味では狭いと思っている。
実際、母屋にはもう春樹の部屋を作るスペースはなく、春樹は離れを少し改造したところを自分の部屋としている。もっとも、これは春樹にとってはうれしいことなのだが。
「あ、春樹様、おはようございます」
庭をの真ん中を突っ切るのが母屋に行くのに一番早い。その途中で女性が春樹ににっこりと微笑みかけながら声をかける。
「由紀さん、同じ年なんだから様はやめてよ」
恥ずかしいのか春樹は目線をそらす。
「学校ではちゃんと「春樹さん」とお呼びしていますわ。それに私はここに仕えている身なんですから」
「・・・まぁいいや。ご飯は出来てる?」
「できてますよ。すぐ準備いたしますのでお待ちください」
二人は母屋へと向かっていった。
途中で由紀は「すぐにお持ちしますので」といって台所へと向かい、春樹は居間へと向かっていた。
襖に手をかけようとしたとき、中から声が聞こえる。
「へぇ~、エインちゃんっていうんだ、かわいいわね☆」
聞き覚えのある声、母親の声だ。そんなことより会話の内容だ。
確かにエインという単語が含まれていた。
春樹はドキッとした。
「(まさかエインが・・・・まさかね)」
エインがここにいるなんてありえない。春樹は自分にそう言い聞かせた。たしかに「明日会おう」と言っていたが、そんなことはありえない。漫画じゃないんだし!
「うむ、にしてもこの料理はうまいな! ぱふぇとやらとはまったく違うのだが我の好みだぞ」
聞き覚えのある幼い声。そしてあのぱふぇと言う単語。まさかとは思いながらも春樹は少し緊張しながら襖に手をかけ開ける。
中には見覚えのある自分の母親。見覚えのない女性。そして昨日見たばかりの魔王が座っていた。
「な、な、な、な」
驚きのあまり指をエインに刺したまま固まってしまっている。
「あら、おはよう春樹。今日は早いお目覚めねぇ」
魔王とその関係者と思われる人物とテーブルを挟みいつも通りのいい姿勢で朝食を食べている女性が春樹に話しかけた。その言葉に春樹ははっとする。
「なんでエインが!?」
「春樹、挨拶は?」
女性が春樹を見ながらいう。
「・・・おはようございます」
「はいよろしい」
女性がにっこり笑う。
「ごめんなさいね、驚かしちゃって」
エインの隣で座っている女性が春樹に話しかけた。
エインと同じ髪の色、同じ瞳の色、どことなく顔も似ている。
そして何より頭から突き出ているエインより立派な角。
「昨日あなたエインちゃんを守ったんですって?女に興味ないみたいな顔してあなた結構やるじゃない☆」
どんな顔だよっと春樹は突っ込みたかったがこの場は押さえた。何よりこの登場の仕方にいまだ衝撃を受けていた。
「何を突っ立っておる。春樹も座ればよいだろう」
エインが春樹に言う。エインは今朝食を食べているがそこにナイフやホークはなく代わりにスプーンがエインの手に握られていた。
食べているものが和食だけに少しかっこ悪いがさすがに箸は使ったことがないのだろう。それは仕方がないことだ。
春樹も立っていても仕方がないと思い母親の隣に座る。
「失礼します」
声とともに音もなく襖が開き由紀が春樹の分の朝食を持って部屋の中に入る。
春樹の前に綺麗にそろえると今度は部屋のポットでお茶を入れ始める。
「涼香様、お茶のおかわりはいかがです?」
「いいわね、お願いするわ」
「私の頼む」
普通の食卓の会話なのだろうが春樹に移っているのは角の生えた少女だ。とても普通には見えない。
「春樹様、お食べにならないのですか?」
エインの隣に座っている女性が春樹に尋ねる。
「あ、いえ、食べますけど・・・・」
春樹は言葉をにごらせる。そして聞きたいことをぶつけてみた。
「その、エイン・・・さんとあなたはなぜ家に?」
「あ、まだ話せしていませんでしたね。実は、こちらにエインを預かってもら
おうと思いまして」
春樹の手から箸が落ちる。
「・・・あなた、今時その驚き方は古いわよ?」
涼香が春樹に警告する。春樹にそんなつもりはない。純粋に驚き思わず落としてしまったのだ。
「えっと…」
春樹はちらりとお茶を飲んでいる女性に目を向ける。
目線に気づいた女性は微笑み返す。吸い込まれそうな黒い眼が春樹を見つめる。
「春樹、様ですね。あなたのことはエインから聞いていますわ。ほら、あの子
こっちじゃ一人でしょ? 私も心配で心配で…こちらで預かってもらえると嬉しいのよ」
優しく、丁寧な話し方だが、言っていることはエインと肩を並べるほどむちゃくちゃな気がしないこともない。
まぁ、魔族だし、仕方がないといえばまぁ、仕方がないのかもしれない。
「はぁ…」
答えに困り春樹は母親を見る。
「え?いいじゃない、こんなかわいい子だったら大歓迎よ♪ あなたは嫌なの?」
言われてみれば春樹に嫌がる理由なんてない。
妙な意識さえしなければ、由紀がもう一人増えるようなものだ。特に気にするほどのことでもない。
「いや、別に嫌じゃないけど・・・・。父さんとかじいちゃんには聞いたの?」
「だってお父様も宗樹様も滅多に家にいないんだもの。帰ってきたら聞けばいいじゃない」
ちょっと拗ねたように女性は言った。
いつも適当というか何とかなる志向の強い女だ、春樹は心の奥底でつぶやいた。
「では、これはいろいろと必要になると思いますので」
そういって女性が書類やらなんやらを取り出した。机の上に広げられた書類の中には住民票やら移転届けやらが既に処理済の状態で入っていた。
「エイン、いい? あなたは今日から居候なんだから七瀬川家の人の言うことをちゃんと聞くのよ?」
「お、お母様! 私は一人でも別に…!」
エインが不満たっぷりという顔で反論するが、
「エイン」
その一言で言葉は止まる。
「…貴女は強い子よ。私なんかよりずっと強い。でもね、あなたがどれだけ強
くても、私は心配なのよ。わかって、エイン」
そう言ってエインの頭をなでる。エインはまだ何か言いたそうだったが、優し
く微笑む女性の顔を見ながらしぶしぶ首を縦に振った。
「涼香様、由紀様、春樹様、エインのことをよろしくお願いしますね」
そういって頭を下げると女性の姿は部屋から消えた。
「あらあら、魔族って便利なのね~」
驚いた様子もなく涼香が感想を述べる。
春樹はといえばいきなり話が進みすぎて少し頭が混乱していた。由紀もさすがについていけなかったようだ。
エインはといえば先ほどのしおらしい態度はどこへ言ったのか今は由紀の入れたお茶を飲んでいる。
「というわけだ。よろしく頼むぞ春樹♪」
この後エインと春樹は荷物を家に運ぶためにエインの荷物を取りに今までエインの住んでいた部屋へときていた。
魔王がすんでいたわりには案外普通な貸しアパートだった。
「入るがよい」
エインに招かれ部屋の中に入る。
何もない。それが春樹の第一印象だった。
聞けばまだここに入居して一日らしい。昨日別れた夜がこっちでの初めての夜だったらしい。
「運ぶものはそこにあるものぐらいだ」
エインが指を指したところにはなにやら怪しげな器具の数々が置いてあった。
「なに、これ?」
「儀式の道具だ。幻獣を召喚したり魔法陣を書いたり・・・」
「へ~」
確かにこっちじゃあんまり見かけないような形のものが多い。
「(儀式とはね、本当にそれっぽいことを・・・・)」
持ってきたダンボールに器具の数々を入れ終わると一息つく。
「ほかにはないの?」
「うむ、これで終わりだ。ご苦労だったな。それを運べば仕事は終わりだ」
出てきた品物を確認し、忘れ物がないことを確認する。
モノ自体はほかにもあったが、エインが言うには引き払うわけではないのでこのまま倉庫として使うらしい。なんとも豪華な倉庫である。
「ふーん」
春樹はそうかそうかと思っていたがその言葉の意味を察した。
「ぼ、僕が持っていくの!?」
「当たり前だ。それは大事なものだから壊すなよ」
ためしに軽く持ってみる。重い。普通に重い。
「さぁ、帰るぞ」
エインの言葉に文句の一つも言いたかったが、言えなかった。
情けない自分を責めつつも言葉に従い重いダンボールを持って帰路に着いた。
エインも何も持っていないわけではない。だが、はるかに軽そうなものを二個、手にぶら下げながら歩いている。
一方春樹には既に限界が来ていた。おもいのほか重かったらしい。
「(気を、気を紛らわせなければ・・・・)」
何かでこの苦痛を紛らわせなければ今にも何かに負けそうだ。
「手伝ってくれる、とかない?」
「男は黙って運べばいいのだ♪」
なぜか嬉しそうにエインがいう。
「ところで、そなたの家は何をしておるのだ?そなたの母、涼香といったな。あの者も只者ではあるまい」
「ん~華道の師範って言うぐらいだから只者じゃないかな? 家は代々そういうことやっているうちだから・・・」
「代々とな?」
エインが訪ねてくる。なぜか興味があるらしい。
「うん、昔から何かしらやってたみたいなんだよね、うちの一族って」
ある時は華の家元、ある時は武道の開祖、ある時は大地主、ある時は大名、してその正体は別になんでもない名前が古いだけの名家。
「そなたは、何かしておらぬのか?」
「ボクはそういうのに興味ないからね。自分の家柄とかも気にしたことないし・・・・」
「ふーん・・・・」
なぜかエインが立ち止まった。
「?? どうしたの?」
春樹が尋ねるがエインは黙ったままである。
「ふ、辛そうな声で話されても聞いているこちらまで疲れるからな、少しだけ持ってやる」
微妙に見下したような口調でエインが春樹に言う。
「あ、ありがとう?」
優しくされているのかけなされているのかわからないが、好意には甘えておこうと春樹は考えた。
「まったく、こんな程度で根を上げるとは・・・男として恥ずかしくないの
か?」
軽々と荷物を持つエインに叱られながらも二人は何とか家にたどり着いた。
「あ、工事の方終わりましたのでもう部屋に入ってもかまいませんよ」
「は、はぁ」
いきなり作業着を着た男に話しかけられ困惑したが、確かに家を出るとき門のところですれ違った気もしないこともない。
「こちらのほうを奥様にお渡しください。では」
男は明細を春樹に渡すと帰っていった。
見ると改装費などの明細だった。恐らくエインの住む部屋の改装だろう。
「それはなんだ?」
「改装工事だって。なんだろ、エイン用の部屋を改装したのかな?」
そういえば母屋に一部屋物置になっている部屋があったことを春樹は思い出した。
本当なら春樹がその部屋に入るはずだったが「離れがいい」という春樹の意見により今もあまり使われていない。
二人はひとまず荷物を玄関に置き、涼香のいるヘやに向かう。
中では涼香がTVを見ながらくつろいでいた。
春樹達が入ると涼香は「おかえり」と言い春樹達を出迎える。春樹が伝票を手渡すとなぜかうれしそうな顔をした。
「荷物運びたいからエインの部屋教えて。あの物置の客間?」
「あんなところにエインちゃんをおいておけるわけないじゃない」
春樹には予想外の答えだった。
「え?じゃぁ、どこ?」
涼香はにっこりと笑いながら、
「決まってるじゃない。あなたの部屋よ」
「えぇ!!!?」
声をあげたのは春樹でも涼香でもない。もちろんエインでもない。廊下を通り過ぎていた由紀だった。
「あ、すみません、聞こえてしまって・・・」
開けっ放しだった襖の向こうにいる由紀はあわてて頭を下げた。
「で、でも、エインさんを春樹様のお部屋に住まわせるなんてそんなハレンチな・・・・じゃなくて、と、とにかく、若い男女が同じ密室になんてうらやま
し・・・・こほん、いけませんわ!」
「でもねぇ、他にもう部屋もないし。それに、春樹の部屋二階建てじゃない?春樹が二階に移ればいいだけのことよ」
視線が春樹に集まる。こんな状況じゃ答えは決まっているようなものだ。
「い、いいけど、エインはそれでいいのか?」
春樹はエインを見た。動揺も何もしていないで、
「私は構わぬ。涼香に従えと母様にも言われたしな」
これで、反対1、賛成2、無効票1で晴れてエインの春樹部屋住みが決定した。
早速春樹の部屋に荷物と布団を持っていく。春樹の部屋はこの家には似つかわしくない。
なぜなら、外装は和風のようだが内装は洋風なのである。
先ほど涼香が二階建てといったがなかなか広いロフトがあるだけで実質は一階建てである。
布団を持った春樹と由紀、そして自分の荷物を持ったエインが春樹の部屋に入った。
「春樹様のお部屋・・・・」
由紀の目がとろんとなっている。
「どうかした?」
「い、いえ!何でもありませんわ!」
布団を床に落としながら答える。
「春樹、あの屋根裏部屋のようなところにものが置いてあるがあれはなんだ?」
「ああ、最近は上で寝てるからちょっと私物が溜まってきちゃってね」
「上ってみてよいか?」
春樹がうなずくとエインははしごをよじり上り奥のほうへと消えた。
「とりあえず布団しこうか」
「あ、へ!?あ、は、はい!」
なぜか過剰反応してしまった由紀を不思議に思いながらも春樹は布団の準備をした。
「エイン!一回降りてきて!」
返事がない
「エーイーンー!!」
やはり返事がない。
仕方なく春樹ははしごを上りエインを呼びにいく。
「エイン、返事ぐらいして・・・・」
春樹の目の前には少女が自分の布団に包まり静かな寝息を立てている光景があった。
春樹はふっと笑いと静かにはしごを下りた。
「寝ちゃってる。やっぱり子供だな」
「そうですね、いい方だと思います。口は悪いですけど」
二人は起こさないようにそっと部屋の電気を消してエインの眠る部屋を後にした。
「そういえばさ」
春樹は由紀に話しかける。
「あの工事のひとは結局何の工事をしてたわけ?」
「ああ、あれは確か…」
由紀は思い出そうとして唇に人差し指をあてる。
「春樹様のお部屋の防音工事ですわ」
がっくりと肩を落とす春樹。涼香が何を考えているかわかってしまった自分に少々自己嫌悪をしながらとりあえずあったら怒鳴りつけてやろうと心に決めていた。