その魔王、いまだ迷子につき
家に帰り荷物を置くと春樹はそのまま出かけた。
桜のある広場。
別に探すつもりもなかったがぶらぶら散歩するにはいい目的だ。
気温もさっきよりも下がっているように思える。昼も過ぎてちらほらと人の姿も見え始めてきた。
何も考えずにぶらぶらしていると公園につく。昔はよく家族や友達と来ていたが最近は御無沙汰だ。
そういえば、ここにも桜があるな。
春樹は昔の思い出の中で満開に咲き誇る桜のことを思い出していた。
「しまったな、ここのこと忘れてた」
もちろんここのことではないかもしれない。しかしここかもしれない。そう思い始めるとだんだんとここを探していたんではないのかという錯覚に陥ってくる。
「まだあそこにはいない、よなぁ」
そうは思いつつも春樹の足はあの十字路に向けられていた。
だんだんと辺りは薄暗くなってきた。
十字路にはすでにいなかったし彼女が向かったほうに来てみたが見つけることは出来なかった。
あれだけ怪しい恰好だ、みればすぐにわかるはず。春樹は一度見たら忘れそうにもない全身真っ黒なシルエットを探す。
探すのに気を取られ、通行人と肩がぶつかる。
「いってぇなぁ」
一目で不良と分かるような若者とぶつかる。ぶつかられたことが気に障ったのか春樹を睨みつける。
春樹も謝りながら男のほうを向く。
「あ、お前!」
不良が春樹の顔を見た瞬間指をさして大声を上げる。
春樹も見おぼえがあったがどこで会ったのかいまいち覚えていない。しばらくして思い出し一歩後ずさる。
「あ、時雨に振られてたやつらだ」
思わず声に出してしまう。それが不良の逆鱗に触れたのか不良が春樹の腕をつかもうとする。
身をひるがえしその場から逃げるがどうやら追ってきているようだ。
「厄介なことに!」
どうも今日は運が悪いと春樹は心の中で絶叫しながら逃げる。
無我夢中で逃げていたせいか人通りの少ない公園にまで来てしまった。
すでに日は完全に落ちていた。
不良に囲まれ逃げられない。
「よぉ、この間はお世話になったよなぁ? 人の邪魔しやがって」
その中でもリーダー格らしく男が一歩春樹に近づく。
「なにか、しましたっけ?」
「あぁ? テメーさえ邪魔しなきゃあの女は俺のモンだったんだよ!」
一週間ほど前、下校中に知り合いの女の子がこの不良グループに絡まれているのを見つけた。最初はナンパかと思いみていたがどうやら無理やりどこかえ連れて行きそうな雰囲気があったので両者の間に割って入ったのだが…。
「邪魔も何も、あのままじゃどうなっていたことか」
当時の状況を思い出すだけでも背筋が凍る。時雨は普段はのほほんとしているから街中でもよく声をかけられる。それで済めばいいのだがたまにこうやってしつこい奴もいる。そういうやつは例外なく…。
「馬鹿だな、女の嫌はOKってことなんだよぉ」
なぜか誇らしげに不良は言った。
思わず男はため息をついてしまう。それを不良は見逃さない。
「てめぇ! 今の状況がわかってん」
「おい! そこの人間ども! 私はそこの殴られている人間に話がある! 少しの間席をはずせ!」
不良の声はさらに大きな声によってかき消される。春樹を含む全員が声のしたほうへ注目する。
小さい背、真っ黒なシルエット。間違いない。彼女だ。
「な、なんで!!?」
探していた人物が目の前に、しかもこんな状況で出会うとは思ってもみなかった。
「なんだ、お前? こいつの女か?」
その不良の言葉を無視し、彼女はゆっくりと春樹に近づく。
「おい!! シカトしてんじゃねぇ!!」
不良は彼女の肩をつかもうとするがそれを払いのけ睨みつける。。
「下賤の民が、気安くさわるな」
短い言葉だったが男が触ろうとしたことへの嫌悪感にあふれていた。
「そ、そんな可愛い声して凄まれても恐くねぇよ。それよりお譲ちゃん、あんな男より俺達と遊ばなね?」
明らかに少しビビっているが気丈にもナンパを始めた。周りの仲間たちからすら溜息が聞こえてくるが不良は気にしない。不良はエインの肩を再びつかもうとする。
「…触るな、という言葉が理解できぬようだな」
再び、エインは男の手を払いのける。そのまま春樹のほうへと歩き出すが男は動かない。
「おい、どうした?」
仲間が声をかけるが返事はなし。そして、エインが手を撥ね退けるとそのまま地面へと倒れ伏した。
仲間が男のもとへ駆けつけるが男は完全に伸びている。
「てめぇ、何しやがった!」
「言葉がわからぬバカをせっかんしてやっただけだが?」
冷たく少女はほほ笑む。その笑顔に不良たちはもとよりつかまっている春樹すら冷たいものが走る。
「お前たちは言葉がわかる馬鹿か? 言葉がわからぬバカか?」
少女は一歩、前に踏み出す。温かい風が流れてきた。
少女が一歩、また一歩と近づいてくるたびに温かい風はどんどん熱くなってくる。
「もう一度だけ言う」
急にあたりが明るくなる。どこかで火を焚いているような明るさだった。
どこからの光かは一目瞭然だった。少女だった。少女の周りで炎が舞う。その拍子にフードがめくれ、顔があらわになる。
金髪のふわっとした髪、力強い赤い目、なにより頭に生えてる二本の角。
「さっさとどけ。我はそこの男と話があるのだ」
右腕を振り上げる。それに連動するように少女の回りの炎も動く。
不良たちは声を上げながら逃げて行った。倒れていた男がいなくなっているところをみるとあのうちの誰かが担いで行ったのだろう。
静寂が戻る。それに呼応するように火の勢いもだんだんと弱まっていく。
「貸し一つだな人間」
笑いながら春樹の元へと歩いてくる。炎はすっかり消えていた。
「……」
春樹のほうはというと茫然として声が耳に入ってこない。
目の前での出来事があまりに非日常過ぎて、何も言葉が出てこない。
「ん? ああ、そうか、そういえばこちらの人間は魔法を知らぬのであったな」
何やら合点がいったのか少女は手をたたきうなずく。
「少し話そう。そのために私も戻ってきたのだ」
少女に導かれるまま、春樹は近くにあったベンチに座る。
真っ暗やみの中電灯が一つぽつんとついている。その明りの下二人は並んで座る。
「おぬし、この角が見えるか?」
少女が頭から生えている角をさする。
「うん、見えるよ」
確かに生えている。かぶり物かとも思ったがしっかり生えている。近くで見るとよくわかる。
「そうか、ならばおぬし、多少の魔力があるということだな。この角は魔力を持たぬ者には見えぬ」
「魔力?」
「先ほど見せた炎、あれも魔力だ。我ら魔族は生まれながら属性を持つ。わかりやすく我らは色で分別している。私は赤。紅の継承者だ。おぬしは……弱くてわからぬ。だが私と気が合うところをみるときっと赤だな!」
ニコニコしながら話す。その様子は年相応なのだがなにしろ口調が偉そうなのが気になる。
「んー、全然わからないんだけど魔法使いってこと?」
彼女の説明ではないもわからない。わからないなりに考えた結果がそうなのだ。
「魔法使いではない。魔法使いというのは人間の中にいる魔力保有者のことだ。われら魔族は皆生まれながら魔力を保有している。 もっとも、普通はこういうことは出来ぬ。我は王族だからこのような技術の教育も受けてきた」
わからない単語ばかりで春樹の頭はすでにパンク寸前だ。
「君が魔法を使うっていうことはわかったよ。さっきの不良を倒したのも魔法?」
「不良? ああ、あの馬鹿者か。あれは手をはねのけた好きに腹へ一発こぶしをたたきこんだだけだ。私の肌を触れるのもはああなる運命だ」
くっくっくと笑いながら怪しい笑みを浮かべる。春樹は何があっても彼女には触れてはいけないと心の中で誓う。
「わかったようなわからないような……。」
「まぁすぐに理解できずともよい。おぬしたちとは直接関係のないことだ。それよりもだ、お主に聞きそびれたことがあるのだ」
ぐっと顔を近づけてくる。揺れる髪の毛からいいにおいがする。
「お主、名は?」
……?
「なま、え?」
名前を聞かれた春樹はぽかーんと口をだらしなく開けてかたまっている。
「何か違和感があったのだ。お主と出会ってから胸のあたりでずっとつっかえている、もやもやする。ずっと考えてみた結果名前を聞いていないと気付いてな、教えてはくれぬか?」
少女は皿に顔を近づける。春樹のほうが後ずさる。
「な、七瀬川春樹……です」
「春樹、春樹か……いい名だ」
少女は何度もうなずくと立ち上がる。
「すっきりした! では会おうぞ春樹よ」
立ち去ろうとする少女。反射的に春樹は少女の腕を掴んでしまう。その瞬間先ほどの映像が脳裏をかすめる。
しかし、少女は不思議そうな顔をして首をかしげるだけで何もしてこない。どうやら春樹は触ってもいい側らしい。
「あ、えっと」
とはいっても何も考えずに腕を掴んでしまったのだ。必死になにか話すことを探す。
「…名前」
「ん?」
「君の、名前を聞いてない」
「おお、そうであったな」
エインは体を春樹のほうへとむけ、身なりをただす。
「フォルケ王国第二王女、エイン・イクシア・エアヴェルメンだ。よろしくな、春樹」
そう言ってほほ笑むエインの姿は、魔王というよりも天使みたいだ。
なんて、春樹は思っていた。