その魔王、いまだ迷子につき
迷子。
道に迷っている人を全般的に指す言葉。
迷う、といってもその理由はさまざまである。
人とはぐれた、ボーっとしていたらみたこともないところまで来てしまっていた、今自分がいる場所を然りと把握できない。
ここにも一人、迷子がいる。
春も終わり夏の足音が聞こえてきたこの時期に真っ黒のフードを深々とかぶっている。背は低く子供にも見える。
全身真っ黒な姿で辺りをきょろきょろと見ながらうろつく姿は迷子というより徘徊だ。
「あちぃ」
春樹はいっぱいの荷物を両手に持ち家路を急いでいた。
なぜ健全な高校生がこんな昼間に買出しに行っているのか。春樹は袋を握り締めているこぶしをちらりと見つめる。
じゃんけんが弱いというのはあまりいいことは無い。
ふと、視界に黒い物体が移る。よく見れば子供だろうか?
迷子ならば声をかけ親なりなんなりのところまで連れていくのがいいのだろう。
が、両手には重い荷物。熱い気温。怪しい風貌。
「おい、そこの、少し待て」
横を通り過ぎようとして声を掛けられてしまう。一瞬、そのままやり過ごそうとも思ったがさすがに無視できるほど度胸もない。
「なに?」
立ち止り振り返る。そこには春樹よりも顔一つ分ほど小さい子供が立っていた。声は女の子のようだが顔は全く見ることができない。
「聞きたいことがある」
そう言って近づいてくる。さっきから口調が偉そうに聞こえるのだが不思議と違和感がない。
「このあたりにピンク色の花を咲かせる木があったと思ったのだが、知らぬか?」
ピンク色の花を咲かせる木。おそらくは桜だろうがそんなものそこらじゅうに生えている。
「さぁ、桜のことならそこに生えてる木も桜なんだけど」
そう言って並木を指さす。ここは桜並木が有名で春にはカメラ片手に人でにぎわう。もっともそんな面影はなく今は青々とした葉っぱがぶら下がっているだけだ。
「さくら、そうだ、確かにそのような名前だった」
少女はうなずきながらつぶやく。
「だがここではない。もっと広場のようなところであったぞ」
「そんなこと言われても...」
公園に行けば一本は桜なんて植えられているし学校にももちろんある。桜という情報だけではどこの場所なのかを特定することはできない。
「わからぬか、いや、こうやって話を聞いてもらえただけでも前進だ。先ほどまで私の姿を見ようともせぬ。まったくこれだから人間というやつは...」
ぶつぶつ文句をこぼす。そして顔を上げると、
「手間をとらせたな。この近くということは分かっている、自分で探す。おぬしも早く帰るがよい」
そう言い残すと本当に探しに行ったのか少女は春樹の来た道を行ってしまった。
なんだったんだ?
去っていく少女の後ろ姿を見て、春樹も自分の家へと帰って行った。