第一夜② 樋川 恋
山奥の学校に転校してきた悠里は、初登校で喘息を起こしてしまうが同じ学校の男子生徒に助けられる。
しかしその男は、悠里を救ったのは自分の遅刻の理由にちょうどいいからと、サイテーな男だった。
悠里の登校一日目にして出会ったサイテーな男の名前は樋川恋。
今年から、悠里の通い始めた聖陵高校は、中高一貫の進学校ではあるが、都会からはかけ離れた山奥というにふさわしい場所にあるため、生徒は各学年3クラスほどで納まっている。
そのほとんどが村の住人か、電車で一時間ほど離れた街の方から通っていた。
2年B組の教室の中は進級した年度初めの真新しさは特にない。
そのせいか目立ってしまう転入生悠里について盛り上がっていた。
「一之瀬さん、朝からついてなかったね」
クラスメイトの一人が悠里に話しかけてきた。
「ちょっと体調が悪くなってしまって」
「それもそうだけど、助けられたのが委員長だったなんて…」
そう言って窓際の一番後ろの席を見る。
「??」
悠里も目線を追って見ると、そこには今朝最低を感じた男の姿があった。
姿勢よく座り本を開いてはいるが、何故か窓の外をぼんやり見ている。
彼の名前は樋川恋。
「『れん』なんて、ステキな名前なのに」
また一人、悠里の前に立ち、会話に加わる。
「頭いいし、運動も出来るし、顔だって良いのに、性格がね…」
「あの性格を知らない子には人気があるんだよね」
悪口なのか褒めているのか分からない会話に困りながら、悠里はもう一度恋の方を見た。
しかし、すでにその姿はない。
「交友関係とか謎多き男なのよ。借り作っちゃったみたいだから気をつけてね」
「ところで一之瀬さんはどうして転校してきたの?」
「都会にはカッコいい人とかたくさんいるんでしょ?彼氏とかいたの??」
いつの間にか悠里の周りにはクラスメイトが集まり、次から次へと止まることなく質問が飛んでくる。
悠里はその対応に追われることとなった。
今日は始業式のため、午前中で下校である。
答えるのにも躊躇する問いかけもなんとなくこなし、悠里は今朝と同じ道のりを、今度はゆっくりと歩いていた。
手続きの話で担任に呼び出され、下校が遅れ、もう誰もいなくなった一本道を一人で歩く。
気づくと今朝あの出来事が起こった神社の前に来ていた。
境内の桜はまだ、これでもかというほど花びらを散らしている。
ふと、ここへは行かなければいけない気がした。
境内へ続く階段を昇ぼり始める。
桜の木の全貌が見えてきたとき、その樹の下に人影が見えた。
見上げている様子のその背中はどことなく哀しげである。
しかし儚いもの同士のその光景は美しくも見えた。
人影がこちらに気づいて振り向く。
樋川恋だった。
「お前…」
「あの…」
同時に話し出し、同時に口を噤んだ。
一瞬、目の前に来た恋の顔を思い出し、赤くなる。
恋も悠里と同じ表情をしたようだった。
そしてまたすぐに桜を見上げる。
「…きれいだな」
「え?」
「こんなにもきれいに咲き誇っているのに、たった一瞬でその輝きを散らせてしまう。一瞬だからこんなにもきれいなのか。散ってしまうのが惜しいな」
悠里の知っている恋とは違い、どことなく淋しい雰囲気をまとい話しかけてくる。
「でもまた来年には咲くわ」
「…そうだな」
意外にも優しく柔らかい微笑みを恋は浮かべた。
その笑顔のおかげで、今朝の最悪なイメージが打ち消されていく。
二人で並んで、しばらくピンク色の空を見上げた。
「…お前、俺とどこかで出会ってないか?」
恋は不意に悠里に向き返り、まっすぐな視線を悠里に向ける。
悠里にはその眼差しが冗談なのか本気なのか分からない。
しかし、悠里も同じ感情を抱いていたのは事実だった。
だが二人には接点がないのだ。
今朝初めて出会ったのは間違いない。
それ以外にもどこかで??
「ど、どういう意味…?」
「あ、別にそういう、お前を誘うとか…変な意味ではない…」
そういうと恋はちょっとうつむき顔を逸らせた。
どうやら、自分の発した言葉に恥じらい照れてしまったようだ。
悠里はくすりと笑う。
恋も、口の端を少しだけ上げたが、まだどういう顔をすればいいのかわからず困った顔をしていた。
その表情は嫌いじゃないと悠里は感じる。
「今朝はありがとう」
そんな恋に悠里は素直にお礼を言うことができた。
「まさか同じクラスだったとは心外だったな。それから、命を救った借りはそんなに簡単には返せないぞ」
先ほどと表情は変わり、悪戯に恋は笑う。
悠里の口の端が引きつった。
お読みいただきありがとうございます。
ここまでは恋愛小説のような展開ですが、次話よりだんだんと話は展開していく予定です!
登場人物もどんどん増えていきますので次話更新をお待ちください!