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第三夜② 海音寺紅一朗

数も力も変化しているナイトメアとの戦いは無事に終わったはずだった。

しかし、夢幻の力が弱まった影響か戦いの痕跡が傷として体に残る。

そして、新たに悠里たちの前に現れたのは、みどりの兄だった。

耳元で目覚ましの着うたが鳴る。

目を開けるのもつらく、体が重たい。

夢幻での戦いの疲労だと感じる。

あるのは無事に現実に戻った安堵感。全員が傷を負いながらもナイトメアを一掃できた。

一連の出来事を回想しながら布団から出る。


腕に一撃。


傷のあった場所を触ると痛みがある。


他のメンバーは大丈夫だっただろうか、不安になる。

「学校行かなきゃ。」


顔色の優れない悠里に祖母が労りの言葉をかけるが上の空で玄関を出る。


夢での闇が嘘のように晴れ渡る空。

朝日が眩しく一瞬目を細めるがそのまま歩き出す。三歩歩いたところで

ドンッ

「きゃっ」

視界になかった物にぶつかりよろけると、腕を捕まれた。


「おいおい、大丈夫か?」

「樋川くん…」

すぐに恋だと気づいた。

捕まれた腕が痛んだがそれは、恋に出会った衝撃ですぐに忘れた。

顔を見ると頬に大きめの絆創膏、額に隠されるように湿布のようなものが貼られ、掴んだ腕には包帯が巻かれていた。

夢幻での傷だとすぐにわかる。

恋は痛みをこらえる悠里の表情に気づきすぐに手を放した。


「どうやら、より夢と現実が近づいてきてるな。お前は大丈夫だったか?」

恋も心配して顔を見に来たのだと思うと、なぜだか少し嬉しくなる。


「腕が…でも傷にはなってない。」

腕をさすりながら恋を見上げる。

もっと心配してくれるかと期待したのだが、

「そうか。」

たった一言だけ呟くと、背を向けた。


「他の皆も心配だ、行くぞ。」

恋は悠里も仲間として気にかけている。

他の仲間と同じ扱いなのはしょうがないと諦めた。

複雑な気持ちを抱きながら恋と歩く。

いつも並んでいる気がした。

それは悠里の歩く速さに合わせているものだと気づく。

病院でのみどりの言葉がよぎった。


『自分のことそっちのけで、人の心配ばかり…』


確かに今も悠里や仲間たちを心配して会いに来た。

恋の傷を心配してあげた方がいいかな…

そんなことを考えながら歩いていくと急に恋が口を開いた。


「お前はもうあの世界にくるな。」

その言葉に悠里は耳を疑う。


「寝る前に願え。戦いのない幸せな夢が見れるようにと。」

意味がわからなくなり返事ができない。

恋もそれ以上は何も話さなかった。


病院


「みんな無事だったのね、よかった」

安心したという言葉とは裏腹にみどりの顔色は悪い。

汐音、大雅、黎杜、勇侍の無事と怪我の具合を確認して、放課後、恋と二人でみどりに会いに来た。


「具合悪そうだな。」

「なんだかすごい疲れてしまって…」

「無理はしないで!!」

「ありがとう」

長居は体調に障る、と恋はすぐに退室しようと足を病室のドアへ向けた。

それに続いて悠里も病室を出る。


扉を閉めると恋は悠里の方を向いた。

「用事を思い出した。先に帰っていいぞ」

と言い、さっさと病棟のどこかへ行ってしまったのだ。


「勝手なヤツ!」

そう言って振り向くと、一人の男がこちらを見て微笑んでいた。

悠里にゆっくりと近づいてくる。


「どうも初めまして。その制服は、みどりのお友だちかな?」

突然に柔らかい笑顔を向けられ、悠里は固まる。

勇侍たちとはまた違った大人の男が自分に向かって微笑んでいる。


「は、は、初めまして…みどりさんのクラスメイトの一之瀬悠里と申します!」

とりあえず自己紹介をと思い早口で言葉を並べ頭を下げた。

変だったかなとちらっと視線を上げたが、男の優しい微笑みは崩れなかった。


「君が、悠里さん!?妹から話は聞いてます。話通りとても可愛い方だ。」

無邪気な笑顔を見せ、男は長身を屈ませ顔を近づける。

悠里はまるで魔法にかかったように動くことができない。


「そんなに緊張しなくても何もしませんよ。」

固まっている悠里がおかしかったのか、さらに笑顔が優しくなる。

「あの、もしかしてみどりのお兄さんですか?」

「えぇ、妹がお世話になってます。紹介がまだでしたね、海音寺紅一朗と申します。」

思い出したように名を名乗ると、紅一朗は悠里に向かって軽く会釈をした。


「というと、海音寺グループの…」

「実権握ってます」

先ほどとは変わって子どもっぽくいたずらに笑う。

この兄にしてあのみどりあり。

兄妹ともにいかにも優しい雰囲気を漂わせていた。


みどりの兄が海音寺グループの会長として会社を動かしていることは、恋たちから聞いていたがまさか、そんな人から声をかけてもらえるとは。


感慨にひたる悠里。

そして、紅一朗はみどりの病室の方へ視線を投げた。

「最近、体調が良くて安心してたんだけど、今日はあんまりよく無いと聞いて心配で来たんだ」

「妹さん思いなんですね」

「父も母も早くに亡くなりたった一人の家族。どんな手を使ってでもあの子には幸せになってもらいたい…」

思い詰めた表情の紅一朗。

瞳は病室を通り越してどこか遠くを見つめている。


「大丈夫です!きっと良くなって学校に来てくれると信じています!」

みどりだけでなく、紅一朗に暗い表情は似合わないと、悠里は出来る限り精いっぱいの笑顔を向けた。


「ありがとう。」

一瞬驚いたような顔をしたが、それに応えるように、紅一朗は笑顔を取り戻す。


「で、では、私はこれで!!」

良く考えたらこんなすごい人になんてことを言ってるんだろうと、恥ずかしくなり慌ててお辞儀をしてその場から立ち去ろうと体を反した。


「きゃっ!」

その拍子に、足を滑らせてしまい視界が斜めに傾く。

「危ない!」

転びそうになった悠里の腕を支え、そのまま紅一朗はその体を自分の方へ引き寄せていた。


気が付くと悠里の体は紅一朗の腕の中にすっぽりと収まっている。


「大丈夫ですか?」

なにが起こっているのかもう考えているどころではない、悠里の頭上で紅一朗が静かに囁く。

顔を上げると、みどりとは似ているが男らしいきれいな顔が目の前にあった。

その距離の近さに、さらに悠里の思考は停止した。


「あ、あのわ、わたし、あのっ」

紅一朗の腕の中はとても広く包まれているような安心感がある。

だが以前もどこかで似た温かさに触れたことがあったと悠里は記憶を遡る。


それは転校初日に、発作が起きてしまった悠里を介抱してくれた恋の腕の中だった。


しかし、今いる腕の中にはすべてを任せてしまってもいいという大きさがある。


「あの、まだ、抱き締めていていいのかな?」

あまりに居心地がよく、ついその場所に慣れてしまった悠里に戸惑いながら紅一朗は尋ねた。

「わあっ!す、すいません」

少しだけ、名残惜しさを感じながら慌てて体を離す。


それはお互いが感じていたことだった。

悠里は恥ずかしさで、紅一朗の顔をまともに見ることができない。



「紅一朗さん」

その沈黙を破ったのは、先ほどどこかに消えていた恋だった。


「樋川君」

「恋じゃないか!」

みどりとは幼馴染なら恋と紅一朗ももちろん昔からの知り合いである。

だが懐かしい再会のように、紅一朗は嬉しそうな顔を向けた。


「お久しぶりです、紅一朗さん。最近お忙しそうですね」

そう言いながら、恋は少し不満があるような顔をして悠里の横に立った。


「そうだね、トップに立つと色々忙しくて。……悠里さんとも知り合いなのか。」

「はい、みどりと同級生なので連れてきました。」

「そうか、みどりのところに来てくれていた様だったので、兄としてあいさつをしていたんだ。」


「ずいぶん積極的なあいさつですね。」

「!?」

どうやら、先ほどの紅一朗とのやり取りを見ていたようだ。


「ち、ちがうの!あれは私が!!!」

見られていたことへの恥ずかしさと、紅一朗に対して恋が変な誤解をしているような気がして悠里は慌てて弁解しようと口を挟んだ。

「お前は黙っていろ。」

完全に機嫌の悪い恋に悠里はもう何もいうことができない。


「ゴメンね悠里さん、気にしないで」

勝手に恋が誤解していることに、紅一朗が謝っている。

心の広い人だなぁと感心しながら、ちらっと恋の方を見た。


紅一朗にまだ何か言いたそうな雰囲気だったが、悠里の視線に気づき言葉を飲み込んだ。


「みどりに会ってあげないんですか?」

「私の顔など見たくないだろう」

優しかった紅一朗の表情に影が落ちる。

それだけ訊くと、恋はため息をひとつ吐き、紅一朗に軽く会釈した。


「行くぞ。」

そういうと、恋は紅一朗に背を向け歩き出した。

「え?あ、し、失礼します!」

悠里も恋に続き紅一朗にお辞儀をし、さっさと行ってしまった恋の背中を追いかけた。


「悠里さん、また来て下さい!」

悠里の背中に向かって、紅一朗が言葉をかけた。


二人の姿が見えなくなると、紅一朗はみどりの病室の閉じられた扉を見つめる。

しかし、そこへは入ることもなく病棟の奥へ歩き出した。


「一之瀬悠里……か。」

先ほどまでの爽やかな笑みとは違い、何か怪しげな微笑みを浮かべたのだった。


お読みいただきありがとうございました。

やっと恋愛要素が織り込まれてきました!

悠里を挟んだ恋と紅一朗の関係にも注目していって下さい!!

次話投稿をお待ちください。

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