敵討ち鍵屋の辻
落語風解説(落ちなし)
敵討ち鍵屋の辻
熊さんや、なんだい、聞きてえことってえのは?
ご隠居、実はあの斬り合いのことよ。
ええ?斬り合いかい?さむれえの話を聞きたいってえのかい?どの斬り合いのことさ。
あの荒木又右衛門の三十六人斬りよ。鍵屋の辻でのさ。
ほう、それで何を知りてえんでえ?
そのきっかけよ。仇討ちと聞いてるが、誰の仇討ちなんだい?
鍵屋の辻ってえのは、備前、岡山藩士の渡辺数馬が姉婿の荒木又右衛門らの助太刀を得て、出奔した河合又五郎等を寛永十一年に斬った、っていうのがその場所じゃ。
河合は数馬の弟源太夫を私情で殺したっていうのがその発端じゃ。
ご隠居、そこさ。
なに?
その私情ってのはなんだい?
ありゃ、お前知らんのか?
その源太夫ってのはけんかっ早かったのかい?
その反対だい。
えっ?じゃ何で殺されたんだい?
お前も常識を知らねえな。それでも江戸っ子かい。遊べよ、もっと。
えー?
源太夫はその時の岡山藩主、池田忠雄の寵童だったのさ。河合はそれに横恋慕さ。
す、すると、あの武家の華っちゅう・・・?
そうよ、衆道よ。
でもねえ、ご隠居。いくら美童でもそんな女みたいにかわいがりたがるかね?陰間茶屋に俺様だって行ったことはあるが、いざその段になると、とってもその気にゃなれなかったね。そりゃ、ホントの好きもんだぜ。
武家の衆道はそれだけじゃないんだよ。
な、なにが違うんでい?
小姓になる男のこはそりゃ、頭脳明晰、見苦しいところはないよう常に気を使ってるんだ。見られてうつくしゅう、そしてあるじには命を捨てて尽くす。契りをかわすときは「兄弟」になるっていうのさ。やくざと同じ言葉よ。どちらも命を掛けた契りよ。
へー、そんな弟が欲しいや。俺も。
河合は源太夫に冷たくあしらわれたのだろうな。それで河合は逆上したか、己のものにするために斬った。
ふーん、なにやらわけありだな。
仇討ちになるぐらいだから、尋常な勝負じゃねえな。それに殿様の威光も掛かってるが、河合を匿った旗本の意地ってのもあったんだ。
ここらへんは今西鶴と豪語している泊瀬とかいう物書きに書かせると面白いんじゃねえの?
俺ゃ、けっこう好きだね。そういうの。
日本人はこの手の話には寛大だって言われてるんじゃ。芸能人にもけっこういるだろ?
よし、これからその泊瀬っていう三文文士をとっちめて早く書かしてやるぜえ!
お、おう、待ちな!熊!・・・しょうがねえ奴だな、いっちまいやがった。まあ、潮五郎の「戦国風流武士」も司馬遼の「前髪の惣三郎」(「新撰組血風禄」に集録。映画「御法度」の原作の一編)もここらへんの描き方はいまいちだったからなあ。
西鶴はそこらへんはよく心得て今ではもうわからねえ話を「武道伝来記」に仕組んだんだが・・その泊瀬っていう物書きはどうかねえ・・・
了