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葉隠

落語調で語る昔の話


「葉隠」



御隠居!ごいんきょ〜!


な、なんでえ、ありゃ、熊かえ。しばらく見なかったな。


ちょっと用事があって、九州は佐賀の鍋島様の御国に行ってめえりやしたがね、あそこはとんでもねえところだったねえ!


ふふ、何がとんでもねえんだい?


あすこのせむれえはすぐ死にたがるって噂をあちこちで聞いたぜ!


ああ、あすこは『鍋島律儀』って言うぐれえ律儀なおさむれえが多いんだ。


な、なんででえ?


なんでも山本常朝ってお人が言ったことを残した『葉隠』っちゅう本があって、それを代々大切にしてるってえ話さ。


は、はがくれえ!?お歯黒かい?


馬鹿だねえ、おまいは!山本翁は深山に引きこもって棲んでいたんで、聞き書きした人がそう名付けたんだろう。


へえ〜。で、何が書かれてんで?


「武士道は死ぬことと見つけたり」っていうのが有名な台詞だ。


こんあいだは、げんきなさむれえは土地と家の為に死んだって言ってたよな。今度は何の為におっちぬんだい?

*作者注 「落語調で語る昔の話 二」を参照。


・・・もう忘れてやがる。そりゃ「元亀天正げんきてんしょう」の侍だろ。山本翁の言っていることは、さむれえの心意気だい。


土地じゃないのかい?


この『葉隠』の言っていることは「無私の奉公」よ。


へええ!何もいらねえってか!そいつのお家はどうなるんでえ?


この人は鍋島家第二代の光茂みつしげ公に仕えた人で、このころには家禄制度ってものが確立しているんだ。土地の代わりにお米や銭をもらうんでい。特に、お側で仕えた連中は禄をんで、それが続くうちはお家安泰の所が多かったんだ。


それでも奉公しなきゃいけねえかい?俺なら遊んじゃうね!


土地を守った時代よりちょっと変わったなあ。生き残りを賭けた戦いはもうねえし、主に目を掛けられなければお役目も頂けねえ。この人は仕えさせて貰ったあるじの『恩義』を第一と考えたんだな。


ふーん。殿様に可愛がって貰ったからかい。


鍋島家ちゅうのはもともと大名じゃねえ。戦国大名だった龍造寺家に跡継ぎが無くなったんで豊臣の太閤様から国を建てることを赦されたんだ。


え!ぽっと出かえ?


龍造寺家の家臣だったのさ。そいでせっかく貰ったその国を守るために藩祖の直茂公、初代藩主の勝茂公はえらい苦労をしなさったということだ。何でも直茂公も勝茂公もあわや切腹という所まで追いつめられたこともあったとさ。


藩主って大変なんだなあ!


そうよ。そら、赤穂の福島(正則)様のようにぽんとつむじを曲げちまって閉門された御大名もあるが、鍋島様はそらもう、真摯にお家を守りなさった。


それが『葉隠』かい。


『葉隠』はそのお殿様が家臣を大事になされた結果よ!


えっー?


藩主一人しとりで家を守れたと思うか?有能な家来けれえが必要じゃねえかい。代々鍋島家の藩主引き継ぎの口伝に「家来に出来者が出るように人を好きになれ」というものがあるそうじゃ。


「できもん」・・・おできかね?


馬鹿野郎!一国を共に経営出来る家来のことじゃい!誰も居なくなっても、殿様を守るのは俺だっていうほどのけれえよ!


そ、そいつが殿様になりゃいいじゃねえか!


あほう!主は主なんだよ。もう下克上じゃねえんだ!山本翁はそういう育て方をされて主と一体になって仕えたんだ。


・・・一体・・・へへ、そら例の「契り」かい?


わからねえな。確かにその可能性はあるだろうが、毎日、示現流を稽古してるような男は艶っぽいとは言えねえだろうよ。日に一万回以上、立木を相手に打ち込みをするんだ。・・・それよりも死と生を分かち合う男同士の友情っていうのがその実じゃあねえだろうか。


・・・ふうん、ちとつまらねえな。・・・でもどうしてその山本ってお人は『葉隠』を書いたんでえ?


光茂公のお亡くなりになった頃はもう殉死が御法度になってたんだ。


あの、追い腹っていうやつかい?


下手に追い腹すりゃ公儀がお取りつぶしに掛かるほど禁止されてたんだ。だから、山本翁は深山に入り遁世していたんだな。

その頃はもう主君が死んでも死ぬような奴はいねえ。次の主に仕えりゃいいって御時勢さ。かわりもんだと言われたろうよ。

士風が廃れたってやつさ。

だがな、そんな中でも気骨のある若いさむれえはいたのさ。そいつが山本翁を訪ねてその胸の内を吐き出させたものが『葉隠』よ。その冒頭には「この書は後で焼き捨てらるるべき」とあるそうだ。


でもみんな読んでるんだろ。


その心を忘れないためにな。・・・だが、その真意はもう理解されねえかも知れねえな。古いことばかり担ぎ出して、新しいことが生まれねえって、お蔵入りになったこともあるそうだ。

おさむれえも変わらなきゃなんねえだろうが、本当の武士ってのがいなくなっちゃ、何かつまんねえな。籾手ばかりしているようなおさむれえも見たくはねえし。


・・・さむれえってのは、ほんとはげんきのさむれえが一番なんだよな・・・?


そうだ。元亀天正の頃のお侍は、大変な時代をげんき(、、、)に駆け抜けたんじゃねえかな・・・


へへ。(鼻をすする)


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