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サングラスと橙色

魔界のイメージはきっと、闇に包まれた中で悪魔や魔物たちは暮らしているという感じだろう。だが内界はそんなことはない。


太陽が出てるくらい明るい時間帯があるのだ。闇を照らす光って・・・って唖然とする人もいるだろうが、事実なんだもん仕方ない。

まあ、ひたすら夜空は月明りしか零していないけどね。じゃあなんでそんなに明るいの?と言われたら答えは人工太陽を打ち上げているからだ。


もちろん人間界である中界みたいに太陽が出て沈むというサイクルは短いけれども。いやはや、ほぼ暗闇で蝋燭だけしか光源がない生活に早々と我慢できなくなってぶちキれたあの頃が懐かしい・・・。人間、太陽必要よね。


ちなみにあれが初めて『魔王』としての権力を行使した瞬間だっただろう。




~それいけ魔王さま!~




人工太陽が打ち上げられているにもかかわらず、この裏路地は暗かった。微かにカビ臭く埃っぽさすら感じる。

むずむずとする鼻に眉間のシワを寄せると、ぶわっくしょんとくしゃみがでた。威勢の良いくしゃみだ。我ながら自分に呆れかえったが、気にせず歩を進め続けた。


最初の頃は路地に座り込んでこちらを見てくる魔物や、酒瓶を煽っている悪魔とかをちらほら見たのに、いまは全く擦れ違いすらしない。



・・・あまりの閑散さが逆に不気味である。



ふとざわめきを耳が拾い上げる。

あっちの方向が中道りの市場なのかな?そう思って裏路地を右に曲がったり左に曲がったりしてどうにか近寄って行ったけど、周りは段々暗くなるし、なんだか賑やかで熱気に溢れたざわめきじゃなくて寧ろ人同士が喚き騒いでいるような雰囲気がする。


しかも急に静かになった。しかも、もうほぼ迷子状態だし誰かに道を聞かなきゃなんない。


心の中でぐらんぐらんと振れる秤がやっとのことで傾いた。よし。意を結してこそこそと近寄って古ぼけた壁に身を潜め耳をそばたてた。


「たく、うっせえ魔獣どもだ」


「仕方ないとは言え金がなきゃなー?んで、こいつらさっさと売っ払うか」


ああ、とまた誰かの声がしてざわざわとした物音がし始めた。声音から判断しても結構な魔物がいる。私はあまりに突飛すぎたことが理解できなくてゆっくりと今の言葉を咀嚼する。


たくさんの魔物。騒ぎ立てるようなざわめき。うるさい魔獣。金。うっぱらう・・・売っ払う、売っ払う!?


嫌な答えに辿り着いて、ひっと息をのんだ。身体がバカみたいに震えてざっと血が下がる。


これ、これ私、もし見つかったら、見つかったらまさか殺される?



ふと、もしもに震える私を遠くからみつめる私に気がついた。自分の命が脅かされる可能性に震える私。ただ、それだけに怯える私。


逃げるように、ふえ、と一歩下がったが背中を誰かに触られた。恐怖に叫び声すらあげられなかった。背に氷を入れられたように身体が跳ねて動かなくなる。


唇に感じるひやりとした温もり。用心深さを垣間みせるかのように、口を抑えられた。知らない手、知らない温度、知らない感触。



――・・・、わるい



―――――きもち、悪い、きもちわるいっ・・・・!






雷に打たれたように頭が真っ白になった。黒い瞳孔が開く。眠たくないのに眠りに落ちるように、すっと意識が身体から切り離れそうになった瞬間、


――手が離され埃っぽい空気が私の意識を引き留めた。


口の周りを自分の腕で拭いとりながら振り返ると慌てた声がした。


「ちょ、ちょっと待って!頼むからちょっと待って!?」


「・・・だ、れ」


振り返った先にいたのは一言でいうならチャラチャラしたレゲエな兄ちゃんだった。肩につきそうなくらいの橙色の髪を何本も編み込んで後ろで一つにくくっている。


掠れた声を絞り出しながら、こういうタイプが苦手な私が無意識に一歩さがるとあからまさまに慌てふためいた。


「ごめんってー!別に嬢ちゃんを襲おうとかそういうんじゃなくてね?」


ぐだぐだと小さな声で弁明してくる男をしらーと半眼で睨めつけた。見た目も胡散くさいのに、瞳を隠すようなサングラスがさらに胡散くささを倍増させている。


怪しい、怪しすぎる。私の視線にたじろぎながらも、男は困ったように頬をかいた。


「嬢ちゃんが多分行きたがってる市場はあっち」


男の指してる方向は私から見て右手側だった。そうか、あっちなのか。でも、本当に?疑うように下から見上げると男はおどけたように笑って肩を竦めさせた。


「俺って信用なーい?」


「・・・」


瞬時にはい、と肯定したかったが言いたいことを八つ橋にくるむは国民性の為か、あえてのノーコメントを切り返した。長い沈黙が落ちた雰囲気のなか、男は気まずそうに乾いた笑いを漏らし顔を背けた。


「と、とりあえず市場はあっち!ささ、ほらほら行った行った」


「え、あ、」


ばんばんと背中を押されてタタラを踏んだが男は強硬手段に出てマントの下にあった私の腕をつかんで歩き出した。振り払おうとしたけれど、ふいに見えたサングラスの下の橙色の瞳が凛と前を見据えていて、その選択肢が身を潜めた。


だが、不信感は拭えない。さっきの魔物売買をこの男も見ていたはずだ、あの場所にいたのならば。同胞がそんな目にあっているのにどうして、平然と立ち去れるんだろう。


「なんで」


「ん?なーに?」


独白するような小さい声だったのにこの男の耳は捉えたらしい。視線を足元に向けた。


「さっき、の、止めないんですか」


「あー、俺一人じゃ誰も助けられないし、そんなら巻き込まれそうだった可愛い女の子を助けた方がいいじゃん?」


「・・・すみません」


笑いながら言う彼に、私は謝った。彼は、本来私を見捨てるのが定石だったのに敢えて私を切り捨てなかった。理性で感謝すらせよ、心の奥底ではどうしても信じることができない。そんな気持ちに目蓋を一瞬閉じた瞬間、


――遠くで誰かの叫びが聞こえたような気がして


「ごめん、なさい」



眼をぎゅ、と閉じて身体の奥から声を絞り出すと、男のサングラスの奧の橙色の瞳が細まって「いーよいーよ」と明るい許しが降り注いだ。









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