よし、今すぐ譲ろう魔王の座。
今魔王さまこと私は、とある侍女の詰所の一部の部屋で侍女が白い布を裁断している様子を眺めていた。下士官ちゃんと命令に従ってくれたんだね。と半ば感心した。
ああ、あの布の白さが眩しくて直視できない!!なんて輝いているの!!早く白旗ができるのを期待しているよナイスバディーな耳長魔物侍女さんッ。
私は侍女がちくりちくりと布を通し、少しずつ動かしていく手元を眼でおっていた。完成が近付くにつれて勇者に向かって大漁旗の如く白旗を振り回し、勇者と戦わずに済むかもしれない未来が胸によぎった。
ふふふ、と口元が緩い弧を描く。
そんな様子を侍女は偶然にも眼に止め、凍り付いたように手を止めた。
ちょ、こらあとちょっとじゃん頑張ってよ!!
きゅ、と拳を握り、応援の気持ちを込めて『魔王』として男らしい声を意識しながら侍女に声をかけた。
「あと少しだ」
声をかけられた侍女は瞠目して肩を震わせた。
あげていた顔をハッとして布に向け、縫うのを続けようとしているのだろうが、震えが止まらないことによって針を持つ手が覚束なくなってしまっていた。小首を傾げ、収まるのを待ったが中々震えが止まる気配がなく、体調が悪くなったのだろうかと思った。
人ならぬ誰か魔物を呼ぼうといきつき、立ち上がった拍子に哭いた椅子の音に侍女がまた体を縮こませた為、眉をハの字に下げた。
白旗作ると魔物って体調悪くなんのかな?クソクソ勇者め!この元凶があ!!
とりあえず顔色を伺おうと顔を近づけた所で、バッターンと煩い音をたてて詰所の扉が開き、私とその侵入者の眼があった。魔女のような黒いとんがり帽子をかぶっている侵入者は唖然したような顔をしていたが、瞬きした瞬間にまりと笑った。
「いやーん、お邪魔しちゃってゴ・メ・ン・な・さ・い!あたしも入れていちゃいちゃします?」
竹箒を持った侵入者は、眼の側で横ピースをし可愛いウインクをとばしてきた。
~それいけ魔王さま!~
先程の侵入者は強いていえば知り合いだった。ちなみに彼女はこの魔王城で掃除婦をしている魔女である。
トレードマークは黒いとんがり帽子に掃除に使う竹箒である。時折竹箒がデッキブラシにかわったりするのだが。紫色の髪を持つから名前は紫など酷く単純だなと思ったが銀もそうだな、と思った。
ちなみにRPG方式でいくなら、銀は俗にいう悪魔召喚士であり紫は敵魔女である。ほら、戦闘シーンで攻撃対象の頭上に『シルバーウルフ』と表示が出るあれである。あとあれだな、兵士1、兵士2、兵士3みたいな?
というかターン毎に攻撃するとかあるかな・・・あれば良いな・・・。私だったらそんなターン待たずに攻撃するよ!!あ、嘘ついた!!即逃げるよ!!
「魔王さま、会議室へ御足労お願い致します」
ガッテム!と両手を天に向け体を仰け反らせていたが銀は華麗にスルーした。
***
今私がいるのは広い会議室である。
部屋の両壁にはアーチ状の窓が連なっており、それは月の光を透過させ視界の明度をあげている。凛とした月の光を浴び、不気味に輝くベールから見えた口が大義そうに開く。
「トレイターが死んだ」
しん、と低い声が張り詰めた空気をゆらし、部屋を静かに響かせた。
ざわつきがないということは、やはり皆知っていたのだろう。中央に配された縦長の重厚な机の両端に少しの空席が見られるが、ほぼ埋められた内界を牛耳る重鎮や代行者は無言を貫き静かに魔王である私の言葉の続きを待った。
「銀」
そう呟くと左手に座っていた銀が頷き立ち上がる。
「まずは概要と経過をお知らせしましょう。先日真夜中トレイターが中界で勇者を名乗る人間に殺されました」
銀が説明する内容を事前に知っているため、私はを右から左へと流しつつ心中で愚痴りまくっていた。
もうまじ勇者怖えぇ!鬼畜じゃね!ハンパなくね!別に殺さなくても良いじゃん!トレイターが、おいたしちゃってたなら止めさせろい、って内界に書状でもなんでも送れよ!?争い事の火種だったら喜々として解決させるわコラ!!
「勇者は不可思議な剣を使い黒魔法を相殺させたそうです。士官によれば、今勇者率いる一団は中界のヤパンジ国の北東部ツカイトウホを拠点にしているようです」
―・・・ほらあ、きたぜ?
私は予想通りの展開に嘲笑を浮かべた。
はは、勇者もう不可思議な剣とやら持ってんぞ。てか、チート的な武器がなんでいつも勇者の周りに集まんの。魔王にだってあって良いじゃん、差別か!?つかあれだよ、勇者と魔王じゃ絶対資金的な面でも強い武器とか手に入りやすいの魔王だろ!
「とどのつまり、我々が議論せねばならないのは空席の大悪魔後任問題と、その勇者一団をどうするかです。まずは、後任問題を議題とします」
銀は仕事は終わったとでも示すように静かに椅子に座り、私に先を促した。
あー、はいはいはい。分かってるって。低い声、低い声と。
「以下より発言を認める」
「はいはーい!銀くんに質問!トレイターの羽持ちはどうなったの?」
蜂蜜のようなとろりとした金色の髪の少女とみまごう可憐な少年が机に乗り出すようにして幼子らしく元気に手をあげると、周りの重鎮や代行者が少年を尊敬の眼差しで見つめた。
ちなみに羽持ちとは、その背に羽を持つもののことを言い、彼らは総じて上位階級者の地位を取得している。
「いえ。生き残りはいるらしいですが、嘆かわしいことに羽持ちは流石に姿は見えずですね」
「ふぅん。じゃあ他から採んなきゃじゃん」
「まだ決まってないだろうがチビガキ」
「ライアーだってオッサン!」
急に割って入ったあげくチビガキ呼ばわりされ少年ライアーは頬をぷくーっと膨らませた。
「俺はアイドレイターだっつの」
ライアーのはすむかいに座っている髭面の男が、少し笑ってから私へと視線を向けた。
「お久しぶりです魔王さま。議題に反る発言をしたことをお許し下さい」
「ああ」
私はベールで隠されていることを良いことに顔を歪めた。
六大悪魔のライアーとアイドレイターとは関わりたくない。ライアーは可憐に見えるが目玉が飛び出る位に狡猾だし、アイドレイターは目玉が破裂するくらい『魔王さま』崇拝者だからである。
ほら見てあの眼のキラキラさ。ヤバくね?まじ崇拝されるたびにありえないくらいダメダメなネガティブ方向に非凡さを発揮している自分自身の首をしめたくなる。しめないが。
二人の発言を契機に議題が進んでいった。
それから数時間後にもたれた小休憩で、ことんと置かれた皿に添えられたバターたっぷりな濃厚クッキーを私は口いっぱいに詰め込んだ。
「お疲れ様です魔王さま」
銀に注いで貰った紅茶のカップの取手に人差し指をひっかけて一度に呷ると、爽やかな香りが鼻孔を通り過ぎていく。ホッと一息つけた所でまた重々しい扉を叩く音がし、許可を出すと士官が恭しく魔王専用の控え室に入室した。
「魔王さま、銀さま。勇者の目的が分かりました。勇者はどうやら愚かにも魔王さまの御命を狙っておられるようです」
「・・・・・・」
落ち着いて報告する士官に、思わずクッキーを投げつけた。
よし、今すぐ譲ろう魔王の座。