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夜会4 ザ・勘違い そのご

(あれは、こういう意味だったのか!!)


その光景を思い出したとき、誰もが慄いた。大広間の壇上から緩やかに階段を下りるのは銀。大広間の一部で招待客に紛れ込んでいた紅の部下が何人かを取り押さえている。



「・・・彼らなにかしたんですかね」


「検討がつかん」


なにごとかとざわつく群衆を後目に、身を翻し扉へ近寄った魔族を警備隊が眼を血走せながら血気迫る勢いで根こそぎ止める。相手が給仕や権力者であろうとなかろうとだ。


夜会には似つかわない急に訪れた不躾な事態に各尚書たちは眉根を寄せたが、糾弾することなく静観に徹することを選んだ。


かつん、かつんとブーツが大理石を踏み鳴らす小さな音が存外空気を震わせて響く。一段一段階段を下りた先、取り押さえられ地に這いつくばっている男のもとまで歩き、すぐ傍にくるとその足を止めた。


人々がざわめく中、冷淡な色を浮かべた銀瞳が鋭く細められ、這いつくばる男を見下す。ゆるりと彼の腕が緩慢にあげられた。その動作一つでしん、と静寂が支配する。皆一様にこれから何が起こるのかを固唾を呑み身体を竦めた。



「みなさま、よくご覧ください。これが魔王さまに対する謀叛人の末路です。なに、大したことではございません。ほんの、そう・・・、ただ夜会に花を添える余興ですので」


刹那、彼の宣言通り鮮やかな赤い花が夜会を彩った。





その夜会に参加していた六大悪魔の一人、アイドレイターは大広間の中央で余興という名に託けた制裁処刑をにやにやしながら見ていた。ふいに隣りが陰ったため、ちらりと視線を向けると上品な深緑のタキシードを見事に着こなした一人の魔族がそこに居た。胸元には羽根付きのエンブレムが輝いている。


光に照らされた腰までの長く細い灰色の髪を片手で背中側へ流し、アイドレイターを見て端整な顔を大きく歪めた。まるで腐った生ゴミを見るような目である。その目に一度眉根を顰めると、より灰色瞳を持つ麗人が眼を細め口を歪めた。



「貴様その見るに耐えん顔をどうにかしろ」


「とんだご挨拶だな、アッシュ。しゃーねぇだろ?にやついちまうんだからよ」


「いつものヒゲ面でやってみろ、幼女趣味の変態として私が直々に粛正してくれる」



ふん、と鼻を鳴らす麗人―アッシュにけらけらとアイドレイターは笑ったが、鼻に皺を寄せたアッシュにすぐさま顔を引き締めた。



「そういやあアッシュの兄貴は?俺まだ見てねえんだよな」


「兄上?もちろん兄上もいらっしゃっているぞ。今日のドレスは内界を席巻するなどと言っていたからな。・・・まさか貴様はまだ兄上に挨拶が出来ていないのか?もしそうだったら貴様の眼は節穴ということだな」


「お前ら兄妹ほんっとあべこべ・・・」



げんなりとしつつ横にいる美丈夫を改めて見る。清潔な白いシャツの上に深緑のタキシードを羽織り、首もとの襟止めにはルビーの宝石が光る。すっと引かれた凛々しい目元に通った鼻筋。薄い唇。シミ一つ見当たらない白い肌。


なるほど確かに怜悧な女としても見ることができる美人だが、アッシュは口を開けば貴様だのなんだので酷く男らしい女だった。


それだけでなく「拳で語り合う!」を素で貫く御仁だ。 彼女の逆鱗に触れぼこぼこにされたのは一人や二人ではない。そのくせ、アッシュの兄貴はぷりっぷりの乙女だった。たちの良い乙女だったらまだましだったが、なんの試練か悪い方だった。


昔からの付き合いとはいえ散々苦労してきたなァと回想に浸っていた刹那、ぞわりと背中を悪寒が走った。小さな風船に無尽蔵に空気を注ぎ込んでいるような凄まじいまでの練り上げられた魔力が圧縮され始めたのだ。


許容量を越えてもなお注ぎ込んだ先などもはや誰でも想像できる。


しかも、深底の魚や珊瑚まで色鮮やかに見渡せるくらい透明度が高い海のような、このどこまでも透き通り洗練された純粋な魔力を用いて魔術を発動されたらたまったものではない。


不純物が混ざったものより純粋なものの方がその本来の性質をよく反照するのは鉄だろうと魔力だろうと同じだ。



(おいおいおい、せっかく誂えた一張羅が無駄になる!)


アイドレイターは、すっと腰元に手をかけたが、手元が掠りはっとした。(そうだった!魔王主催の夜会だからって置いてきた!)机の上に放り出した相棒が脳裏をよぎり、とうとう魔力が弾け飛び大広間に鮮烈に迸った。


(相殺するしかねえってか!)と魔力を体内で練りあげ腹をくくっていたアイドレイターの心配とは裏腹に一箇所に圧縮されていた魔力はどうやら綺麗に分散されたらしい。



だがホール全体に断末魔が迸った。

地を揺らすようなそれに、御愁傷サマと内心で手を合わせつつアイドレイターは叫びのもとである中央の吐き気を催すほどの凄惨さから視線を逸らすと反対の輪の群衆の中に、にっこり笑ったライアーをその先で見つけた。


ものすんっごく御機嫌だ。ちっちえのになんだあの度胸、バケモンなのかドエムなのか無邪気なのかどれだっつうの。独白しながら、にっこにっこのライアーに変わって膨大な魔力やあまりの光景に耐えきれず崩れ落ちた貴族の令嬢をちらりと見下ろし安堵してしまう。そうそう、これが普通の反応だよな。



「・・・あてられる奴が多いなあホント。銀の野郎もいつも以上に魔力を綺麗に研いでやがるし」


「あたりまえだ。魔王さまに謀叛を起こした愚か者の見せしめだぞ?むしろ手ぬるいぐらいだ」


「それもそうだ。・・・いやあ、だけどおいちゃんあいつらにちょっとだけ感謝してんだよな」



銀の魔力に反応して微かに粟立った腕をこすりながら呟くとアッシュがギロリと睨みつけてくる。だがその眼に慣れた今ではたじろぐことなく言葉を続けた。



「だってよお、魔王さまのあの御声、あの笑み!最高だっただろうが。ちっ、コウモリを夜会に忍ばせとけば魔王さまアルバムが更新できたのにッ。全くもって惜しいことをした。タイムマシンが欲しい!」



ガッテムと遠い眼で空を仰ぐアイドレイターにアッシュは「聞くに耐えん!」と憤慨し襟首に掴みかかった。



「愚か者が!貴様はなんでもかんでも媒体を通し魔王さまを記録するが、重要なのは我らが肉体そして魂に魔王さまの素晴らしさを刻み込み記録することだ!」


「はっ!!考えが甘いなアッシュ!記憶は須らく忘却するもんだから俺は肉体と魂だけだなくありとあらゆるものに永遠なる魔王さまの威光を刻んでんだよ!」


「だから貴様は愚かなのだ!魔王さまの素晴らしさを寸分違わず表せぬものなど単なる虚像にしか過ぎんことはもはや衆知!その虚像を作り上げること自体が魔王さまを蔑ろにしているとなぜ気づかぬのだアイドレイター!」


「アッシュもなんで分かってくんねえんだ!」



じりじりと睨み合う二人は実は内界きっての魔王崇拝者であった。

魔王さま公認魔王ブロマイドとか銘打って売り出せば、二人して在庫ごと買い占め「戯けもの!もっと誠心誠意込めて魔王さまを御写真に刻み付けろ!貴様ができぬのなら私がやってやる!」やら「俺のコレクション増えちゃったよ。どうしてくれんの、この溢れんばかりの畏怖と愛の念!!」などといちゃもんをつけネガごと有無を言わせず奪い取ること山の如し。


ばっと襟首からアッシュは手を離すと人垣の隙間から見える“余興”に眼を細めた。



「確かにあの艶やかな笑みを垣間見れたのは心揺さぶられ、この意識が根こそぎ奪われそうなほどだった。だがこうして見てようやく魔王さまの笑みや御言葉の指す本当の意味が分かった気がするぞ」


「去り際の、あれか」



アイドレイターは大広間に響く慟哭と、凍てつく声を聞きながら周囲へと視線を回遊させると、気分が悪くなり口元を抑えて震えるマダムやアイドレイターのように傍観している魔族、めいいっぱい毛を膨らませ警戒を表しているコポルト、そして扉から逃げ出そうとした魔族を『眼力』で『威圧』し腰を抜かさせた紅を筆頭に警備隊が一つも残らず扉を封鎖していることに気がつき、なるほどと頷いた。


今日配置されていた警備隊は、夜会の招待客を守るためではなく、その逆―。



「『限りある時間を楽しむが良い』ってのは夜会が終わるまでの時間じゃなくて、裏切者の命に対してだったんだな。ま、今回の夜会でクソ野郎どもが流した根も歯もない噂も消えるだろうよ」


「私でさえ魔王さまの爪の先の垢ほどしか理解できんのだ。なのに下等な下衆どもがそもそも理解できるわけがなかろう。これでようやく魔王さまの名誉が内界全土に轟くことになる」



魔王城で流れている魔王の不名誉な噂―現魔王は魔王に相応しくないなどという―を思い出し不快気に眉をはねさせたがアッシュだったがすぐさま誇らし気に胸をはる。


確かにこりゃ大広間から解放された瞬間にでも広がるだろうとアイドレイターは頷きつつも、不満気にぽりぽりと頬をかいた。なぜこんな乗り気でないのかという答えは一つ。魔王さまが認められる即ちアイドレイターにとっては―ファン―が増えるのは素晴らしいが、なんだか横から掠め取られた気になって面白くなかったからだ。


そんなとき、見慣れた嫌いな顔を見つけてアイドレイターは思わず声をあげた。



「あ、あいつ」


「ふん、いいざまだ」



二人の眼の上のたんこぶ。上級階級の反魔王派貴族が中央に引き摺り倒された。









―――有無を言わせず、慈悲をかけることなく。


考えうる残虐な方法を持ってして、闇を纏った魔王は銀色の悪魔を使って単なる余興と命を弄ぶ。ベールから覘いた口元に浮かぶのは酷薄な笑み、甘い声音で囁くは最終宣告。



『非道極まりない危険な存在。』



そんな情報が『かしらだつもの』の下に送られたのは夜会のすぐ後だった。そして、魔王である彼女がそのイメージが中界全土に瞬く間に広まったことを知ったのはまた、別の話。



(悪の大魔王ここに誕生)




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