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夜会2

腹。腹が痛い。

ちらりと視線をあげた先にガッシリとした鎧姿の近衛兵二人の背中がある。

この近衛兵、前だけじゃなく私の横と後ろにも控えていてぞろぞろ歩いているのである。

私を中心に円陣を組むようなそれに、嫌だあああァと主張する足を気合で引きずりながら赤い絨毯が敷き詰められた廊下を歩く。

見知らぬ近衛兵たちと共に。きりきりするお腹をそっと手で抑えた。いつ攻撃されてもよいように心持ち距離をとって頭の中で何度もイメージングを繰り返す。


なぜなら、耳を澄ませれば分かる。金属独特の擦れ合う音が不思議としないからだ。

さらにこいつらものっそ威圧感が半端ないんだもん。近衛兵だし、私を護る役割なんだろうけど辛うじて鎧から見える両眼がまじで怖い。さっき見えたとき、目が血走ってたもん。どんだけ乾燥してんだよ、目薬しろよ。と言いたくなるくらいだった。


思わずガン見したのを彼女は知らない。


大広間へ一歩一歩進むが、どんなに近付いても私の耳には喧騒が届かなくてちょっと不安になった。道間違えてないのか、とか本当に今日パーティーなのかとか。だが近衛兵が迷いなく進んで行くので不安を押し殺しながらついて行った。


ふいに、先導していた近衛兵二人がぴたりと足を止める。

小さな観音開きの扉。


その扉の両脇に先導していた近衛兵が控え私はひやっと脂汗をかいた。大広間に、ついた。

始めて大勢の人前に出る。


ばっくんばっくんと打つ心臓は口を開いたら出てきてしまうのではないかとバカなことを思ってしまうくらい内心ではテンパっている。この一枚の扉の向こうでは権力をもつ魔族たちで豪華絢爛なパーティーが開かれているのだろう。ヴェルサイユ宮殿な感じでオホホホホな感じなのか。


この静けさが不気味だけど、多分なんか防音魔術とか、かかってんだろうな。とどこか冷静な自分が思考する。


近衛兵がぐっと観音開きの扉に手をかけて、暗い廊下に細い光が差した。体の節々が嫌だと悲鳴をあげて私を苛み口の中すっぱくなって嘔吐しそうになったけれど射し込む光の眩しさに目を細め俯き気味だった顔を凛とあげて前を見据えた。


もう逃げられない。それなら、戦うしかないでしょう?―――生きるために。



ごくりとこみ上げたものを飲み込んで私は光溢れる大広間に足を踏み入れた。



気合を入れたのは良いけど大広間に入った瞬間にあまりの魔族たちの視線の多さに腰を抜かしそうになった。けど、玉座のすぐ側、一段低い所に正装姿の銀に気がついて震えだしそうな足に力を入れて玉座まで歩いた。

そのせいか物凄く歩みが遅くなったけど誰も何も言わないで。むしろ誰か気合で歩いてる私を誉めて!


玉座の前までようやく辿り付き座るために体を前に向けたけれど、座っていいのかダメなのか分からなくて気まずさから逃れるために視線をうろちょろさせた。銀から何の指示もない。


す、座っていいのかかな!だ、だめなのかな!と内心忙しなく自問自答していたが、玉座から見て両脇にずらりと並んでいる見な れた尚書たちは頭下げて動かないし。

だけどその中に紅の姿がなく不思議に思ったがまあ座ってしまえと判断しへっぴり腰で周囲を伺いながらゆっくりと座った。

良いかダメか白黒はっきりしないとき、ゆっくりとした動作でぎこちなく動けば相手も察してフォローを入れやすくなる。


だからこの場合も座っちゃいけなかったら、銀がコラてめえ座ろうとしてんじゃねえよ的な眼光で睨みつけてくること山の如しだ。闇紅色の重厚な玉座に座る。


きょろっとこそっと伺っても反応はない。あ、あってたとホッとして若干胸を撫で下ろした。とはいえ緊張し過ぎて頭は真っ白だ。表情筋も強張ってる。


グラスが横から差し出され銀を見上げると乾杯の音頭を取って、グラスに口付けろと小さな声が耳に入ったが、正直何をいえばいいか 分からない。取り敢えず玉座から立ち上がってグラスを顔の横で掲げる。じいっと視線が集まったのが感覚でわかり、顔を緊張で白くさせた。


ええ、と。ええーっと。な、なに言えば良いの!?こういうシーンってただカンパーイって言うだけじゃダメなの!?

金持ちたちは一体どんな乾杯をするのか脳をフル回転させてどこか記憶にヒットするものはないかと探したが、高飛車な嬢令が今日お集り頂きありがとうございますウフフフ。楽しんでいって下さいましねと肩身の狭そうな一般人の女の子を見下しながら偉そうにいっている姿しか浮かばない。脳裏にはもはや昔見たドラマのシーンが再放送されているだけだ。



大広間の何百という視線が一様にして私に注がれ、針の筵状態である。


がくぶるしつつも声帯をひっしに震わせたが棒読みになってしまう。大根役者顔負けの大根っぷりだ。ふろふき大根が食べたい。



「こよいをたのしむがよい」



陳腐な台詞をいって、ばっとグラスを呷ろうとグラスを傾けようとしたがすぐ横で、ダン!と聞こえた音にハっとし俯いたまま弛む赤い液体から銀へ視線だけを器用にずらした。


銀は大広間に視線を向けていたが、マントが揺らめいているのを見ると、足を一度踏み鳴らし注意したことは間違いない。


グラスから口を外しそっと下ろした。


そうだそうだ、飲んじゃいけないんだった。内界産のものをなんでもかんでも口に入れたらダメなんだよね。


魔王城にある古い蔵書にも界が違う所の食物と自身の体の相性を留意するようにと記されている上、その昔、「バカンスに行ってくるよ♥」と置き手紙を残しこっそり中界で真偽を研究したキ・イも「気をつけた方が良いかもね!ぱちこーん☆」と言っていたためだ。

ぱちこーんと同時に本当にぱちこーんとポップな星がキ・イの目から飛び出してきたのは恐怖だった。



大広間を見渡すとぞろりと並ぶ重鎮やホールにいる煌びやかな魔族たちが味わうようにして杯を空にしていくのが飛び込んできた。生きるために、生きやすくするためにはこいつらを味方にしなければならないけど、やっぱりにこにこ優しい王様の方が普通好かれるよね。


そう思って私は硬直した表情筋を駆使して優しい笑顔になあれと輝かんばかりの勢いで笑みを浮かべようと努力したが、しぶとい表情筋はただヒクついた笑みしか浮かべさせてくれなかった。




乾杯の音頭のあとオーケストラの伴奏と共にホールの中央でダンスを始めた魔族たちにこれが社交界というやつかと庶民と金持ちの格差に改めてうち震えていたが、することがない否、下手な間違いをしない為に身動きすることが叶わないから最初は宝石が散りばめられたドレスの令嬢や、獣の頭蓋骨をかぶった紳士、ぼんきゅっぼんの妖艶なサキュバス、もふもふな狼人間などなんちゃってモンスター博覧会を目で楽しんでいたがそれにも飽きてしまったのだ。


足を組みかえ膝の上に手を重ねたときホールの群衆のなか、紅の姿を捉え瞳を輝かせた。


うわー、正装姿ダンディー度半端ないな!タキシードにちょっと乱れた感じのオールバックがダンディーさにエロいスパイスになってる。あ、マダムに囲まれた。

けれど、他の尚書から離れた途端に群がったマダムたちに嫌な顔をせず紅色の鋭瞳を緩ませながら和やかに対応をする紅は大人だ。普段厳つい顔してるくせに。がんがんに眼ぇ鋭いくせに実は紳士で懐が広いとかなんだそのギャップ!


そこから大広間の壁の花になっている警備隊たちに視線をずらすと丁度魔族の一人と揉めているシーンを見つけた。魔族が警備隊に何か文句を言っているみたいだが警備隊は首を横に振るだけだ。なんの話をしてるんだろうと興味をそそられたが誰も近付かない玉座から離れる気はない。


でも、ホールのご飯美味しそう。緊張からだいぶ解放された私のお腹が痛みではなく空腹を訴え始めていたし、座り続けるのもつらかった。ひもじいと思っていたら微動だにしていなかった銀が突如私の耳元に顔をよせた。ぎょ、とする私にお構いなしだ。


耳元で囁かれる声にこそばゆさを我慢して少し身じろぐ。



「オーケストラの伴奏が終わり次第、部屋でお寛ぎになられて結構です。ご夕食は紫に頃合を伝えておきましたので用意されているはずでしょう」


「銀は?」


「私はまだすることがございます。先程の近衛兵たちをお傍つきにしていますので不都合がありましたらそちらにお伝え下さい」


良いですね?と追って確認する銀にこくりと頷くと、おもむろに銀が片手をあげた。


視線の先には階段の横にあるオーケストラだ。タクトを踊らせていた指揮者がすぐさま宙に半円を描き、左手で拳を握り締める。響く余韻も残さず消えた伴奏はまるで彼の掌に握り締められたようだった。


オーケストラの伴奏が終わった。つまり帰ってもよいということだ。

あ、そうそう。私帰っちゃうけどみんなはまだまだこれからっぽいし、夜会が終わるまでのさ、



「限りある時間を、楽しむが良い」


今日はもう終わりということで気分が上がって軽やかに玉座から腰と顔をあげたとき、大広間の彼方此方の魔族たちに見られていることに気がついて親しみやすい良い王様は笑顔笑顔と言い聞かせたぱっと口元に笑みを浮かべて大広間をあとにした。



・・・刻が止まったことに、気がつかないまま。






また近衛兵をずらずらと引き連れて来た道を同じように帰って部屋に着くと、ぴょこんと顔を出した魔女っ子紫がころころと押していたワゴンから夜ご飯をパパっとテーブルに準備してくれたので湯気のたつそれを美味しく頂いた。


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