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白と蛍光黄色のコントラストって目に痛いよね

クルミに解放されたのち、自室へ戻る途中で銀に捕まった私はふっわふわなベットに潜り込むことなく、なぜか執務室で怒涛の勢いでひたすら書類に魔王印なる判子を押しまくっていた。


ああ、朝日が目に眩しい・・・。


執務室の椅子に座りながら一夜を過ごした私の眼下にはくっきりと鮮やかな隈が刻まれていることだろう。真紅のカーテンの隙間から射し込む光に言い知れぬ哀愁を感じ、机の縁に頭を付けながらも判子を押す手を動かした。



次の用紙へと手を伸ばすが宙をかすめ、淡い期待が働かない頭の中にぼんやり浮かび上がる。



「お、おわり・・・?」


予想以上に低い掠れた自分の声に驚きつつも力を抜くと、一夜中手を休めることなく黙々と働いていた銀が肯定したため、ようやく終わったあぁあ!!と今度こそ全身の力を抜いて机にもたれかかった。さながら糸のきれたマリオネットであったことだろう。



(寝る。もう寝る・・・!)


それは自己催眠に近かった。本当はベットで眠りたかったが最早望むまい。瞠目した途端にふわりと蕩ける蜂蜜のように溶けそうになった意識に従うまま手放そうとして。



――こんこん



けれど扉を叩いた音に敢えなく引き戻されることとなった。



「・・・魔王さま、ベールを」


「くそ死ねくたばれ誰だ消えろ」



もう眠ろうとした瞬間で、むふふとうっとりしていたのに。


ぎりぎりと悔しげに歯を食いしばりながらベールをかぶると、開いた扉から眼に痛い蛍光黄色がキラキラと笑顔を振りまきながら入ってきた。


思わずベールの下でげんなりとしてしまう。



ヤツの髪と瞳が蛍光黄色で目に毒だけでなく―本当にショッキング・イエローだ―ナルシストのように浮かべられた笑顔が何とも腹立たしくて胃の辺りがギュと縮小する。纏っている医者が着るような白衣が蛍光黄色をさらに眩しいものとしている。


なんの効果かは知らないが彼が笑顔を浮かべるたび、キラキラと光の屑が舞いさらに目の刺激が半端ないものとなる。前、彼の横を通ったとき、しゃららららんとという効果音がしたのは気のせいだと思いたい。



一応、いちおうだ。大事なことだから二度言った。美人さんなのに。なぜ中身はこんなんなんだ。見た目だけで判断すればマダムキラーとか言われるのは理解できるが、なぜ中身がこんなんなのだ。まあ中身を考えるより私はこいつのこのナルシストオーラに反吐が出そうなのだが。



「やあやあやあ!ご機嫌麗しいかな?ふふ、大丈夫。僕は昔も今もこれからもこの麗しさを保っていくからねっ♪」


「・・・・・・黙れ」



あまりのテンションの高さに、睡眠不足も合間って苛つきを隠すことなく言う。


さらにこいつ、

魔王城研究所所長「キ・イ」本人は「イエローと呼んでくれよ♡」とウインクを飛ばしてくる―嫌でも呼ばん―は、おやぁ?と大袈裟に頬に掌をあてて首を傾げた。


おい、お前の頭上にハテナマークが浮かんでいるが、それは何だ。しょぼついた私の目が作った錯覚か。



「どうしたんだい魔王さま?そんなに苛々してちゃお肌に良くないぞ★」


そう言ってキ・イは、ぱちこーんと再度ウインクを飛ばした。同時に星の塊がとぶ。眼の錯覚ではない。本当に飛んでいるのだ。



ふよふよと近寄ってくるなんだかポップな星が私に届く前におもむろに銀がぴしゃりと叩き落とすと星が空気に溶けて消えた。もうなんなのマジで。こいつのテンションついていけないわ。いつも思っていたがこいつマジでうざい。うざキャラありえねえ。



肉体的な疲労に精神的な疲労が重なり、もう部屋に帰って寝るのが一番だと立ち上がろうと腰をあげた瞬間、ふらりと目の前が真っ暗になった。とっさに机に手をつき耐える。



(――・・・目眩か)



しばらくじっと脳天を搾られるような奇妙な感覚に耐えると目眩はすっと消え、ようやく今度こそ椅子から立ち上がった。



「部屋に戻る。あとは勝手にしろ」



そう吐き捨てて掠れた低い声に喉をさすりながら水でも飲もうと執務室を出ろうとした刹那、


「アッハ!魔王さま今のとってもエロティックなんだぞ◇」


との気持ち悪い台詞のあと「解剖させて欲しいなー」との声を背後に受け、おぞぞとたつ鳥肌を宥めながら瞬歩で長い廊下へと避難した。



キ・イは興味を持つととことん突き詰め解明したがる学者であったのでまあぶっちゃけ面倒なのである。一度でも彼の好奇心を刺激するとほんとに、もう、ねえ?


ありとあらゆる方法を用いて対象をこれでもいうかというくらい穿り回し、切り刻み、その身に隠匿していたもの全てを白日の下に晒すのだ。


同族の悪魔を張り付けにしてうっとりとした表情で切り刻むキ・イの姿を見たときちょっとトラウマになった。いや、ちょっとどころじゃない。だいぶトラウマになった。



たとえその対象が生きていて。守るべき家族や愛しい恋人、養うべき子どもが居たとしてもキ・イは心にとめることはない。いや、むしろ目すら向けようとしない。なぜなら、答えはただ一つ。



―――彼の興味範囲に入っていないから。


キ・イの中には何の情も躊躇いもないのだ。

食指が動かない対象の過去も未来も、欲も願望も祈りも知っていたとしても。人々から糾弾される悪魔らしい悪魔、研究に恍惚とする悪魔。それがキ・イ。



私は、それを見ていた。

銀たちの剣術特訓から解放された日。

目を背けようとしても、背けれなかったあの日。

この世界はどこまでいっても優しくない世界だと気づいた日。



目の前で息絶えた悪魔の『名』すら知ることはなく。


―――ただ、私は、ずっと震えただけだった


その死んだ悪魔を自分の未来と自然に重ねあわせて。次は、私だと。




だから、キ・イやここの生き物が怖いと思った日。

だから、疑う術を身につけなければならないと気づいた日。

だから日本へ帰りたいと願った日。



(ふわふわしている自分がどうしても、気持ち悪くて。)



だから、魔王という位に縋り付くしかなかったと言い聞かせた日。





―――・・・・・・・だって


(日本がない、知らないこの世界で)




だれも私を守ってなんか、くれないでしょう?―――











*******




人工太陽とはいえ朝日が昇って間も無い廊下は窓から射し込む朝焼けにゆったりと染まり、しょぼつく眼に優しく映る。足音は絨毯が続く廊下には響かない。


偽物だと、分かっているけどそれでも優しい色に満ちている光景を楽しみつつ歩を進めていくと、窓の外から、ちらほらと侍女や下男たちが忙しなく動いている姿が見え思わず足を止めた。



ああいう人たちがいるから、こんな生活できてんだろうなあ・・・朝からお疲れさまだなあと感慨にふけりながらほんの少しだけぼんやり眺めて。




(うっわさむ。早くベッドに潜り込もうっと)






一方、その視線の先で。



月の光の僅かな光と蝋燭などの光源でも魔物、魔族たちは生活することには何らの不便もなかった。なぜなら元々彼らは人間などに比べ遥かに夜眼が効くからだ。



「よいしょっと。えーと、これはあっちか。ああ、おはよう」


「あらおはよう。さっき料理長が呼んでいたわよ。きっと今夜の話だと思うわ」



「さて、花でも生けようかの」


「客間の準備しなくちゃ」



いつも以上に忙しなく動き回る彼女や彼らは魔王城に仕える下男や侍女、シェフや庭師であった。


月の光が溶ける内界の空に太陽が昇りかけている。そう、太陽だ。

空には月と太陽。魔王城城下に住む魔族たちはようやくこのちぐはぐさに慣れ始めていた。



魔族たちは最初は太陽、とくに人工太陽を打ち上げる意味が分からず前代未聞と言っても良いこの政策はまたたくまに城下にも広がって行った。


魔族たちは上層部の役人や軍部、伝統を重んじる元老院が、拒絶し反対するだろうと思っていたが、予想に反してあっさりと承認されたのである。



今生の魔王さまが政治的手腕に満ちているのかそれとも、今まで表立って動かなかった魔王さまの初めての政策として目溢しされたのかは定かでは無いが、どちらにせよ人工太陽は魔族たちに受けいられた。


根本たる理由は単に魔王さまとなった彼女の太陽への渇望であったが、それをどう受け取ったのか上層部はいたく感動したらしい。


いわく、


「相手を知り己を知る。そしてさらに、相手のフィールドの特徴を受け入れるとは、なんという心意気・・・感服した・・・!!」


だそうだ。



つまりあれだ、人間たちと戦う前に、中界のダンジョンにかかせない太陽の光に魔族を慣れさせるためだと勘違いしたのだ。素晴らしきかな勘違い。ないはずの奥のおくまで推測しちゃったがための作り上げた虚構。



ぶっちゃけ空気読みすぎだと思うと後々コーラルに教えてもらった彼女はぽろりと零すこととなる。そんな事情があるなか、桶を運んでいた一人の下男がぴきりと凍ったように動きを止めた。


下男に指示を出そうとしてた侍女は凍り付いた彼にきが付き訝しげな色を浮かべつつ視線の先を追ってその先にあるものに同様に凍りついた。




――――朝焼けを臨む闇夜の黒。




「魔王さま・・・」


ぽろりと夢心地に落とされた言葉に呼応するが如く、視線の先の魔王がふとこちらを見下ろした。



瞬間朝焼けのもと纏っていた廃退的でどこか掴み所がない色からふっと諦観の色へと変わられた。たなびいたベールの下に隠れるた漆黒の双眼を想像して二人は震えるとこすらできなかった。そう、震えることすら、できなかったのだ。


恐怖に震えるのが普通だと思っていた彼らは初めて知った。



至高の怖れは、身体の動きを止める、と。






魔王の視界に入ることすら許されない低い身分だのに―幾許の間―その視界に入る。

刹那、ふっと風が吹き抜けたと思うと魔王は身を翻し姿を消した。唐突に身動ぎをしなかった下男が、視線が魔王の姿を外したのを確認したと同時に、ぷはぁっと息を吐き出し肩を揺らした。



「と、遠眼だったけど、魔王さまの『眼力』凄まじい・・・消されるかとおもった・・・あ、ありゃあ、ちびる・・・!」


「わ、わたくしも、そう思いましたわ・・・けれど、あの闇色といい纏うオーラ。なんて広大で底しれぬ深さですの・・・まるで、深淵だわ。おこがましいですけど、わたくし魔王さま、彼の方の一部となれるのでしたらこの命惜しくないですわ」


「は、・・・真っ青な顔で言われても、な」


「お黙りなさいな。あなたこそその足の震えをどうにかしてからおっしゃいなさい」






*******



「は?パーティ?」



起き上がりに、ぽかんと顔をあげる彼女に銀はなんて間抜けた顔なんでしょうとでもいうように眉を一度顰め、水差しの水で満たしたグラスを彼女に渡した。



「パーティではなく茶会の御誘いでございます」


「行かないからね」



ありがとうと硝子製のグラスに口を付けつつ首を横にふる。パーティだの茶会だの謀計術数渦巻く所に誰が顔を出すか。いや、顔はベールで隠れてるけどさ。嫁と姑みたいなどろどろした腹の読合いなぞ好んでもしたくもない。



「そうですか。それなら代わりの予定を入れさせていただきます」


「ん。それよりクルミって私がいない時になにしてるの?」


「室で紫からこの国の歴史を習っていらっしゃったり、読書をして過ごされているようですが?」


「うっわあ引きこもりか・・・。そっか、外に出すと不安要素ばっかだもんね」



ここは広い。広大な土地の一番丘だった所に魔王城は建てられているが軍部や役人、下働きの者達の宿舎や訓練場、広大な図書館に庭。六部の庁など様々な施設が魔王の土地には備えられている。


しかし広いぶん全体に目を通すのが難しく、人間であり内界に慣れていないクルミを外へ出すのは流石に怖い。変態研究所長とかに見つかったらどうしようとか。



銀が勅令を出したらしいが、それでも人間だとバレてエサ扱いされ追いかけ回される可能性もあることは否めない。それでもと思案する。



「流石に外にちょっとくらい出たいよね・・・。なんか外にでても大丈夫なとことかない

の?」


「魔王城の隅にある東塔とかいかがですか?あちらなら滅多に魔物たちも近寄ることもありませんし、一番安全かと思います」


「ああ、あのお城の隅っこにあるふっるい塔か・・・」



もの凄く年代ものの石造りの塔は、魔王城の東隅にあった。塔の外側を蔦が巻き付き一

見して無機質でおどろおどろしい印象を与えるものであったが、部屋の内装は小綺麗に保たれているのを思い出し、まあ大丈夫だろうと首を縦にふってみせた。



「それでは彼女をそちらに移すよう紫に通達を出しておきます」


「ん。よろしく」



残っていた水を飲み干したのを確認した銀はすかさず空のグラスを受け取り机の上へと置いた。



「本日は午後も予定はございませんので、ご自由になさって下さい。ただし私は随行する

ことができませんので近衛を付けさせて頂きます。くれぐれも口調には気を付けて下さい」



ぴしゃりと子どもに言いつける親のような剣幕の銀に、思わずこくこくと頷く。というか護衛なんていらねぇの一言を出したいが出せない。


日本にいた頃なんて、夜でも一人でコンビニに行けるくらい治安がいいし、そもそも一般人だったから護衛なんてついたことないので心苦しさがある。


そんな微妙な心象を感じ取ったのか分からないが銀がもう一度口を酸っぱくさせて言い聞かせてきたが、もう分かったっつうの!と部屋から押し出した。


憮然としつつも呆れた顔をしていた銀だったが寧ろ呆れたいのはこちらの方である。やれやれと肩をすくめてもう一度ベッドへダイブする。



「今日はお休みなのに外出すんのは止した方が良さそうだなあー・・・」



ふかふかの枕に顔を埋め、目を閉じた



のだが、



一日中寝過ごすのは流石につまらないし時間の無駄だったので意味もなく魔王城を渡り歩

いた。行きたい所もなく単に散歩がしたかっただけなのだがそうは問屋がおろさない、というよりも。



おろさないのは問屋ではなく近衛兵だったが。


あの沈黙はマジで耐えられなかった。思い出すと身体がなんだか重たくなって、はあ、と溜息を吐いてベールと重厚で滑らかな触りごこちのマントを脱ぎソファーへと投げ捨て文字通り毛布の中に潜り込んだ。



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