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語らい

コウモリからの報告では、勇者一行はトレイターを倒したツカイトウホにおいて一人パーティの数を増やしたそうである。


やっぱ予想通り仲間をゲットしやがったなこのヤロー。

そりゃもう予言するまでもないくらいに100%大当たりっていう感じで分かってたけど!


もうマジで誰か魔王の味方についてくれよ頼むから。




~それいけ魔王さま!~





執務を終えてクルミと夕飯を一緒に食べ、ちょうど一服している所だった。



「で、クルミはどこから来たの?」


「中界だよ」


「いや、知ってるから。それは流石に知ってるからね!」



前に市場で買った葉を使った紅茶を振るまい品よく口をつけたクルミに盛大に突っ込みをいれる。


中界から来たのは知っているが、私が聞きたいのは出身地と住所だ。けれど先ほどからひたすら堂々巡りを繰り返していたため、がっくりと肩を落とした。



クルミは天然なのか策略家なのか判断が付きにくい。

胡乱気な表情を浮かべてみても、ふわふわにこにこと笑みを向けてくるだけである。


うんざりとでも言うように長い溜息を替わりに吐き出し紅茶を口に含んだ。

ふわっと柑橘系の香りが鼻を通る。



「もう本当に困るんだってば。城勤めの魔物たちならまだ対策の取り用があるけど、各領地とかもちろん城下からだって色んな魔物たちがくるの。その時にクルミを私が庇ってあげれる保障もない」



さらにいえば自信もないし、こちらの立場だってある。魔王が人間を保護してるなんて広まってみろ、頭の固い元老院の狐狸共が黙ってないぞ。



「だから早く元の場所に帰したいの。分かる?」



子どもに言い聞かせる大人のように理路截然とそう言うと、クルミは困惑やら悲しみやらを瞳に浮かべふるりと長い睫毛を揺らし机の上に視線を伏せた。

しゅんとした感じが、子犬が怒られて耳と尻尾を垂らしているようにしか見えず、なんだか罪悪感に苛まれた。弱い者虐めをしているようだ。


思わずごめんと呟きそうになったが別にこちらは間違ったことを言ってないことを思い出し、ぐっと口を噤んだ。


顔を伏せたクルミをじっと見据えながら、素直に従順の意を示してくれることを願う。


沈黙の気まずさを紛らわすために紅茶をちびちび飲み、カップの底が見えた頃にゆっくりとクルミが顔をあげた。思わずぴくりと肩を揺らしてしまう。


なぜなら雰囲気をひきずるように悲しみやそれに似た色を帯びていると予想していた瞳に静けさに満ちた理性の色が表れていたからだ。



――日本じゃ滅多に見られない真っ直ぐな意思。


・・・・・・飲み込まれそうで少しだけ、怖い。



「今回の誘拐事件はまだ解決していないよね?そうだったらクルミを帰したら手がかりなくしちゃうんじゃないのかなぁ?」


「でも、クルミだけじゃなくて他にも被害者はいるよ。その魔獣たちに聞けば・・・」


「だけどぉ・・・、」



クルミはきょとんと首を傾げた。



「人間の被害者はクルミだけだよ?」



子どものように、口を尖らせるクルミに夕食前、コウモリで届けられた紫からの情報を思い出した。



――名をクルミと言い、好きなものは甘いもの。嫌いなものは苦いものと部屋にこもること。愛らしい顔をしており、性格は今の所は天然で怖いもの知らず。子どものように我を通す所があり、頑固である可能性が高い。


さらに核心性を僅かにでも伴う質問に対し、上手く避けた答えを返してくる。見解として、知能指数は高いと考える――



なるほど確かに天然だけどバカじゃない。



ここで、クルミを直ぐに帰すとなると中界から内界への誘拐犯のルートを特定するのは難しくなる。もともと今回の事件でもっとも重大なことは、中界の人間を巻き込んだことだ。


誘拐したルート、方法、理由。全てにおいて被害者の存在以外は謎のまま。



手探り状態の今このままクルミを手放すのは確かに得策ではない。とはいえ、クルミたちを保護した時に犯人たちを拘束してはある。


しかし実際に彼らが、実行犯なのか見当がまだついていないのだ。


こうなったらもう仕方ない。同じ轍を踏む訳にはいかない。二度あることは三度あり、仏の顔は三度までとも言うがここ(この世界)の常識だったら二度めで仏が般若になるやもしれぬ。


そうするくらいなら委細が判明するまで保護しとくに限るだろう。



私は考察に推敲を加え、かちゃりと音をたててカップをソーサーに戻した。



「事件が明らかになるまでだからね」


「本当!?」



本当は嫌なんです、という色を隠さずもせず渋々と零すと、クルミは瞳をぱぁああと輝かせソファーから飛び跳ね、机越しに抱きついてきた。急なことに目を白黒させて、ぎゅうと回される腕にギブギブと喚きつつも、ふいに――


クルミの行動が、日本にいたときの友達にあまりにも似ていて。



ふわりと、秘やかに蕾が霧のなかで綻ぶような。

蝶がやすめた羽をふるわせるような。そんな小さな、変化だけれども。


思わず、溢れかえった優しい懐かしさに真一文字に結んでいた唇がそっと緩んだ。



―だけど、・・・


ある日、なんでもない、ふとした瞬間に気づいてしまったことがある。


日本にいた頃の記憶を、思い出せば思い出すほど。懐かしく優しいだけのそれは、手の届かない今となってはどうしても――




日本の記憶を思い出して笑った最後の日からいったい、どれほどの時間が経ったのか。視界を染める胡桃色のカーテンのなか、どこか遠くでそんなことに思いを巡らした。



「で、いつまでくっついてんの。離れなよ」


「えへ、もうちょっとだけ!」



肩口に顔を埋め甘えるクルミに、私は聞こえるようにあからさまな溜息をついた。

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