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ひっそりと広まるその名をこう呼ぶ

銀がしなければならにのは紫への指令、つぎに刑部、礼部に対しての通達である。


刑部は紅を筆頭にした刑事、軍事組織であるが、礼部は教育や祭祀、外交を職務としている部署である。だがもっぱら外交のエキスパートとしての立場を確立している現状が礼部にはあった。


銀はちらりと魔王である彼女が四苦八苦しつつも机にかじりついているのを横目で確認して立ち上がると、音に気がついた彼女は顔をあげた。



「今からコウモリを呼ぶのでお側を少しばかり離れますが御了承ください」


「りょーかい」



彼女はひらりと片手を振って机へと視線をおとした。

なんてことはない、執務中に時折このように銀は離れることがある。


それは他部署に用事があるときや、通信手段であるコウモリへ言付けするときだ。


当初彼女は態々部屋の外に出ず、その場でコウモリを呼べばいいと当初は心細さもあいまって詰め寄ったいたが執務中、情報が漏れないように執務室には防音魔法と遮断魔法が施されていることを知り「あ、そう」とあっさりと頷くようになった。


いわく、「遮断魔法は法式に組み込まれた魔力以外を遮断しますから紅尚書など一定の方々を除き、私が魔法を解かないと入ってこられないのです。そもそも魔王さまの御身を考えると魔法は施したままのほうがよろしいでしょうし、逐一法式を解くのも煩わしいので」という台詞に安堵したらしい。


最後に本音出ちゃってるぅうう!と思わず盛大に突っ込みをいれられたが、けろりとして何のことでしょうかと知らぬ存ぜぬを今でもなお貫きとおしている。





******



ヤパンジ王国、北東部ツカイトウホ。

極東に位置し、一年中ほぼ雪に覆われた領地である。


そのため農業地帯となることはできなかったが、国内屈指の炭坑地帯として栄えることとなった。地域柄、力強く忍耐に優れた民が生まれるためツカイトウホは屈強な兵士を輩出することでも名が知られている地域だった。



しかし活気に満ちていたツカイトウホはある日を境に炭坑利益を牛耳られてしまったのである。だが勿論彼らだっておめおめと利権を渡したわけではなく抵抗を試みた。


しかし相手が何者であったか判明した途端、雇っていた傭兵隊のみならず国軍ですら手に負えぬとして武器を放り捨てたのだ。


そうして繁栄を築いていた面影はすっかり消えさり民衆は少ない食糧を奪いあわねばならないほど困窮に喘ぐようになった。



―――数日前までは、であるが。



そう、数日前まで困窮極まりないツカイトウホであったがいまは街中で朗々とした活気に満ちている。


子どもたちは我先にと表を笑いながら走り回り、母たちは近所で集まりあい話に花咲かせあった。店主は埃をかぶっていた店や崩れた瓦礫を大掃除し、早速店を開き賑わいを呈していた。


無論、男たちは肩に道具を背負い炭や泥で顔中を汚しながらも働く誇りを取り戻しつつある。



そんな慌しくも嬉しくある中、ツカイトウホのとある宿屋の周辺はひっそりとした雰囲気に包まれていた。


賑わいの渦中でひっそりとしたそれは異様であったが、なんてことはない。誰しもが宿屋周辺を通るとき音を立てぬように渡るからだ。


姦ばしくお喋りに興じていた女たちは、口を閉ざしゆるり微笑みながら宿屋へと視線を向け、走り回っていた子どもたちも注意しあうように唇に人差し指をあてそろりと横切って行く。



――それはツカイトウホの住民の感謝の意味でもあった。



六大悪魔の一人して君臨していた『裏切りトレイター』を葬り去った勇ましい者一行に対しての。



一行が宿泊している宿屋の窓から、青く澄み渡った空を青年は寝ぼけ眼で見上げていた。


空とコントラストを成すような夏の太陽のような燃えさかる赤い色の髪をくしゃりと掻いたと思うと、糸が切れたようにベットに倒れ込んだ。







それと同時期、中界にて――


連合国のとある王城の謁見室にて王を中心に国の重臣たちが額をつきあわせていた。その顔に浮かぶのは諦めの色。


目の下にこさえられたクマが色濃く疲れを表していた。



「王様、やはり見当たりません」


「それでは、あの報告は事実であったと・・・そう申すのか」



一段高い座席に腰掛けた王は喉を震わせ大儀そうに背もたれにもたれ掛かると皺が寄った手で顔を覆った。絶望感に打ちひしがれた空気が謁見室を呑み込んだ。



「なんということだ・・・」



悔しそうに唇を噛みしめる者もいれば、諦めるしかあるまいと苦渋に満ちた顔で開き直っている者もいた。しかし、ふいに影から現れた諜報部より報せを受けた宰相が弾かれたように声をあげた。



「されど我が君。我々の希望がただ一つだけ、残されております!」


「・・・希望と?」


「はい」



動揺がその場に走った。希望なんてあるはずがない。

そう分かっているのだが、力強く頷いた宰相にドキリと心臓が走狗するのはいたしがたなかった。諜報部の者は既にその場にはいない。



―――このとき、中界には『ツカイトウホの奇跡』として彼の存在がひっそりと認知されはじめていた。




後の歴史書にはこう紡がれる。



―――六大悪魔が末端『裏切りトレイター』に苛まれし彼の領地ツカイトウホ

突如とし現れた輝く太陽 白雪を照らし、剣を振り上げ虚言打ち負かす。

人々、太陽を身に纏いし彼の者を、勇ましい者と呼び讃えた―――






瞳を揺るがせながらも縋るような視線を一身に背負った宰相は身を乗り出しこう言った。



「希望の名を、勇者と申します」







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