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対面を果たしたけれど

人工太陽が遮断されている酷く無機質な石造りの廊下に影が揺れた。


天井は高いくせにあらゆる無駄を削ぎ落としたかのような窓一つない暗く冷たい収監棟に息が苦しくなった。ほの暗い足元を照らす夕陽のような槐色の炎を燻らす蝋燭が壁に規則的に掲げられている。


無骨そうに一見感じるがよくよく見ると蝋燭の燭台は黒漆で塗られているようで零れる仄かな光に反射してしっとりと輝きを滲ませていた。足音を吸いとる絨毯はなく複数の床を蹴る音が静かに響くけれども、いくばくかの余韻を残して揺れてどこかに溶けて消えた。


私と紅、そして先導警士である銀と薄紅以外に幾人かの護衛の警士、そしてこの棟の副責任者も伴っての行脚だ。多いということなかれ、本当はもっと護衛だなんだとぞろぞろ引きつれる羽目になりそうだったんだから。


隠密行動というかプライベートだから邪魔もとい気を使うなと言った結果での譲歩だ。


「魔王さま、この先の部屋でございます」


「ここで待て」


こつんと、硬いブーツで床を蹴って先頭に出ると言いつけ通りに紅たちは待っているようで身動ぎしなかった。ばくばくする心臓にまるで身体までも鼓動しているようだった。まさしく一心同体ってこのことなのかな。


ふっと浅く息を吐き出し深く吸い込みまた一歩ふみだすと銀色が右側の視界にちらついた。当たり前とでもいうように一歩下がった右斜め後ろについてきている。まさか一緒にくるつもり?そんな、まさかだろう!期待を込めて待っててと念を押すが、


「銀」


「私は魔王さまの先導警士です。何時如何なるときも付き従う誓約がございます」


顔色一つと変えずに宣ったその顔に熟れでぐちゅぐちゅになった生暖かいトマトをぶつけたい!しかも腐りかけの!いついかなるときも付き従う?は、くそくらえ!ふん、と鼻で笑ってやった。お前はストーカーかこの変態。



監視役、ご苦労なこった。



銀こそそう口には出さぬが瞳に浮かんでいる色はまさしく警戒のそれだ。嫌だ嫌だと駄々をこねて逃げ出したとしても、結局私が銀から逃げ切れられないのが目に見えているくせに。腹立たしいにもほどがある。


「勝手にするがよい」


嫌味っぽくちょっと魔王チックに言ってみた。ら、なんの感慨もなさそうに「あり難き幸せ」と返された。つまらん。


数メートル先のコンクリートがうちっ放しの扉の前に立ち、暴走する鼓動を無理矢理押さえつけ手を伸ばした。どきどきする。マントの裾からのぞく黄色がかった白くて細い腕がほの暗い中でいやに浮き彫りになった。


さ、さて。開けるぞ。開けちゃうぞ!こんなんでビビってどうする私!!すーはーすーはーと落ち着かせるように深呼吸して。すいっと眼を細め、覚悟を決めた。


・・・はずなのだがやはり緊張してカタツムリみたいにのろのろと手が伸び、指先がドアノブに触れたその一瞬、






―――切迫した声が空気を切りさいた。




「!魔王さま!!」


「痛っ!」


ノブに触れた指先を静電気のような痛みが走って思わず手をひいたが突如として空気を切り裂く轟音を伴わせながら扉を巻き込み壁一面が爆ぜた。


「うひゃあっ!?」


真っ白な視界の中、散乱した灰色の瓦礫の破片が眼に飛び込んでくるのが見えて反射的に目をつぶって膝を抱えるような形でしゃがみこんだ。がらがらと直ぐそばでコンクリートみたいな塊の落ちる音に身体が緊張したその瞬間、



―――――ドガアアアアアアン!!!




「またかよチクショー!!!!!!!!」



ぎゅ、と頭を抱え込む。


二度目の爆音に纏った外套がバタバタと爆風に煽られた。


真っ白になった脳内のくせに、ずらずらと言葉の羅列の波が押し寄せ混乱をなんとか押しとどめようとするが、中々簡単にはいかないというか、これなになになになに!!意味不明すぎる!わけわかめ!!


身をこれでもかというくらい縮こませ、両手で咄嗟に口元を覆った。



「魔王さま!どこにいらっしゃるのですか!?」


砕けた破片がガラゴロと転がる音の中に慌てたような銀の荒げられた声が聞こえてキャラに似合わないなあと思わず笑いそうになった。余裕ないくせに余裕だな私。テンパり過ぎて逆に変に冷静なのか?


すっとベールに守られた両眼を開けたが、粉塵が視界を埋めつくして何も見えない。だけど、一つ、違和感。



「・・・静か?」



さっきまでの劈くような爆音ってほんの数秒だけでこんなにも静かになるものなの?



破片が転がる音すらせず気がつくと、しんと静寂が広がっていた。




とりあえず私は膝に力をいれて立ち上がった。とはいえへっびり腰なのは否めないが。眼の前でなんか爆発するのなんて始めてだよ。初体験だよ、ふざけんなよ。


きょろきょろと見回すけどやっぱり視界が悪い。


「・・・銀?」


おそるおそる銀の名を呼んでみるが、反応がない。さっきは銀の声が聞こえてたのにも関わらず。不思議に思って首を傾げたが、はっと気がつき顔を青ざめさせた。


もしかして、放置プレイ?新手のイジメ?ねえちょっとそれはないだろう。扉ぶっ壊したの私じゃあるまいし。



足元に視線を落とすと、履きなれたブーツが見えた。そしてそこからゆっくりと視線を上げてみるとあいかわらず周囲は粉塵で視覚を奪われている。身体が無事かどうか「ぐ、ぱ

っ」と拳を握り、解いたが引きつるようなぴりっとした痛みがして手の甲を見下ろすとうっすらと血が滲んでいた。


爆発したとき何かで切ったのかな。こういう傷って痒くなるからあんまり好きじゃないんだけど、でもさっきの爆発でよくもまあこれだけだ済んだよ。


節々を動かしてみても痛みはない。健康体そのものだ。外套が欠片から身体を守ってくれていたし、ベールは言わずもがなである。自分の運に心底感心してうんうんと頷くけれども、突拍子もない状況が理解不能すぎて極地に達した緊張と不安がふつふつと苛立ちへと変わり小噴火して声を荒げたさせた。



「銀!あんた無視してるでしょ!?視界も悪いし何がなんだか分かんないんだけど!!ていうか何これドッキリ?もうドッキリしたから早くこの砂埃どうにかって・・・・え?」



そこまで言ってはっとした。




手がみえる。それにこれって、



「霧・・・?」



視界を埋め尽くさんばかりの粉塵だと思っていたそれは落ち着いて観察してみると、水蒸気、もはや濃艶としか言いようがないくらいの霧だ。


吐息が白む冬の凍てつく朝明けにどこからともなく現れるあの。


だけどさっきのような違和感がどこかまたひっかかって胸のあたりがもやもやする。なぞなぞが解けない時みたいにすっきりしない。



「なんか変。だけど、何が変なの・・・?」



首を傾けてると、こつんと靴先に感触があってその原因に視線をおろしゆるりと身体に視線を這わせた。


ブーツの硬い靴先。濃い藍色のズボン。身体のラインを覆い隠す膝丈までの黒い外套に、覗く深紅の内布。繊細な紋様が刻まれた純銀の留金が外套の軽やかさを重厚に見せている。


外套の間から両手を出して、唐突に理解した。顔をあげて確認したがやはり視界は霧に閉ざされている。それなのにどうして、


「こんなに自分がはっきり見えてるの?・・・なにこれ魔法?」


「魔王さま!」


「銀!」


聞き慣れた声に、ぱっと振り返ると霧の向こう側で銀が安堵するように肩を撫で下ろしたのに気がつき思わず瞠目してしまった。


どうしたのだ銀!そんな顔はキャラじゃないよ!内心恐れ戦いてると波が引くように霧が薄れ始め、周囲を警戒しつつも銀が近寄ってきた。


「魔王さまお怪我は?」


「え、ないよ」


反射的にないと答えてしまったが、手の甲の傷を思い出しぴくりと肩が震えたがあれくらい小さい傷は怪我には含まれないだろうと再度肯定するために頷いた。


じろじろと下から上へと銀に観察されたと思ったら両手が伸びてきて

・・・外套の中に手を突っ込まれた。


「ぎゃあ!セクハラ!」


逃げるように後ろへしとどを踏んだが銀は歯牙にもかけず私の両手を空気に触れさせた。手の甲から、じわっと血が滲んだっつうか、さっきよりも血滲んでね?これでもかと眇められた銀色の瞳から逃れるように、そろりと私は視線を外すと拘束された両手がぎりぎりと締め上げられ、


「ってイタタタタタ!!痛いわ骨折るつもりか離せ離せ離してぇええええ!!!」


ぎゃーす!痛い痛い!!ぎりぎりぎりと加わる力に手だけでなく体全体を使って逃れようと奮闘するが涼しい顔をした銀の様子から何の障害にもなっていないようだった。


魔王城に引きこもり同然のもやしのくせにその細腕のどこにこんな力隠してたわけ!暴れた時にベールが落ちてしまったのか頬を直接髪がくすぐった。加えられる痛みにじわりと涙が浮かんだ。



(これ絶対痣になる、むしろもうなってる・・・!)



ていうか、傷だって私が悪いわけじゃないじゃんか!私たんなる被害者だよ?!なのになんなのこの仕打ち!!理不尽さに腹がたってじとりと見下ろしてくる銀色の瞳をキッと睨みつけた。


ささやかな反撃にビックリしたらしく微かに銀色の瞳が見開かれるが、んなことに突っ込む気力はない。


「痛いの。離して」


畳み掛けてそう言うと拘束されている力が弱まった。ほっと胸をなで下ろして両手をひいて解こうとすると怪我をした方の手をやんわりと捕まえられ顔に近づけられた。むろん私の顔ではなく、銀の、だ。


なななななに。身体を仰け反らせる。


「ちょっとなに?」


「すぐ終わりますから動かないで下さい」


ぴしゃりと一方的に言われ、反論しようと口を開く間もなく、


手の甲に柔らかい、口付けがおとされた。



――――マシュマロみたいな唇が傷口を労わるみたいかすめて



「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと!?」



私の慌て具合を歯牙にもかけず、軽やかなキスが何度も角度をかえてついばむように落とされ・・・って


手の甲にちゅうとか刺激強すぎなんですけどというか銀さま御乱心ー!!ものども出あえであええええ!!!ぎゃああああと脳内合戦を繰り広げ意識をとばしていると、唐突に、ぬるりとした感触に背筋が泡立った。



そう、まるで犬かなにかに舐められたまさしくそんな感じの。



はっとして銀を見上げようとするともう一度傷が舐められた。犬猫とは違う未経験なそれに、素直に背中を震わせようやく顔を見上げると銀色の瞳がすっと細められ、じくりと傷口が疼いた。



ふいに伸ばされた赤い舌が唇をぺろりと舐め、酷く官能的に傷口を蹂躙する。月光を反射したような銀色の髪が手の甲を擽り、蕩けるような熱い吐息が肌を粟立たせ、ぞっとするようなくらい艶やかな熱く潤む銀色の瞳と闇色の瞳が交錯した。


ここではっきり言っておこう。私は彼氏いない暦=年齢である。ちなみに年齢は聞かないで欲しい。女はいつまでたっても乙女なんだから。高校生?大学生?社会人?それとも熟女?ふん、どんなのもどんとこいだ。もうなんで私に彼氏できないんだろう。なにゆえですかお代官さま。じゃなくて、ええ、まあつまり、かあッと顔に血がのぼる。


自覚はないが涙でそう。突飛なことに神経が興奮しており、思考がぐちゃぐちゃだが、予想どおりにこういうのに免疫ないんだよ!!なんなの銀!いつもは澄ました顔してるくせに何でそんな色っぽい顔もでででできるの!?収容所の暗さを始めて頼もしく思いつつも、頬を染めてぷるぷる我慢していると手の甲が強く吸われ、ちゅ、という可愛らしい音をたてて顔が離れていった。



ばっと勢いよく手をひっこぬく。


「あ、ありえない。銀の変態。セクハラ、すけこまし!」


「はい?」


「肯定したー!もうやだ先導警士は薄紅が良いー!!」


女よりも女らしい銀の色気が恥ずかしいやら悔しいやらでぎゃんぎゃんと地団駄を踏みながら喚くと銀は理解に苦しむとでもいうように眉根に皺を寄せ考えた素振りを見せたが、ああと納得したように肩をすくめた。


「さっきのは魔王さまの匂いを消すためにしただけです。でなければ私があんなことするわけないじゃないですか」


「においってなに!乙女の純情踏みにじるなよ!」


「そーよぉ?そんなこと言っちゃだぁめ!」


「だよねー・・・・・・はい?」


誰だ今のおおお!?女子高生みたいなノリで思わず肯定しちゃったけど!銀を思わず凝視したが彼は「私じゃないですから」と非常に冷めた眼をして睨みつけてきたが、すぐに切り替え、突如割り入った間の伸びた甘ったるい声を持つ第三者を探そうと視線を滑らすと壊れた扉の向こう側から、にっこりと笑った女を見つけた。


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