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答えはどちら


「ありえないありえないありえなぁああああい!!!」


「・・・・・・」


被っていた猫の皮を燃やし尽くすが如くに叫びだした私に、紅が少し瞳を見開いたがそんなことに構ってる暇はない。ありえない、人間が内界にいる?内界、中界、外界の三界協定の禁止原則はどうなったの。


互いの独立保全の為に、わざわざ渡航を禁じているんだよ?

(ま、まあ、魔物たちはちょくちょく中界行っちゃってるけどさ)

でもちょっとマジで、なんでそんなことになってんの?!



「馬鹿じゃないの。誰、人間を攫った野郎。そいつ連れてきて殴るの怖いから殴らないけど、ねちねち嫌味いうのは得意だから!」


「まあ落ち着け魔王さま、座ったらどうだ」



鼻息を荒くして地団駄を踏む私に紅は一瞬吹き出すとやれやれと肩を竦めさせた。その子どもを見るような目やめてくれるかな紅。

凄い居たたまれなくなるんですけど。つうかまじで魔物に人間が攫われちゃった?なんなのこれ、フラグ?ねえなにフラグなわけ?


急に渦巻いた倦怠感に「あーぁ・・・」と全身から力を抜いてぽすんと柔らかいソファーに埋まった。


内界の空気は瘴気を孕んでおり、普通の中界や天界の者が一歩でも進入しようとするのならば、瘴気は縄張りを侵された獣のように怒り狂い、その者の肺を灼熱を持ってして紙くずのように燃やし尽くすのだ。


人間が魔物に掻っ攫われたあげくに死んだと公になったら中界の王達になんて釈明すれば良いわけ?


彼もしくは彼女の親や兄弟、連なる人々は突如としてその命が奪われた事実すらきっと知らないのだろう。

もしかしたら今なお彼らは探し続けているのかもしれない。そして死ぬまで生死の分からぬ者を探し彷徨うかもしれない。きっと血眼になって探している彼らは、帰ってきてほしいと願い、内界で死んでしまった人間も故郷へと帰りたいと願っただろう。


・・・帰りたい。


身を裂くようなその気持ちは想像せずともよく分かる。私だってずっとずっと日本に、みんながいる家に帰りたくて。


降って沸いた感情に絡め取られるのから逃れるように右手で顔を覆った。



「人間の被害者の遺体を優先的に家族の所に帰してあげて。何にもないよりはまだマシだと思うから」


「・・・それなんだが、」



分かりましたとすんなり返事がくるかと思っていたのだが、珍しく歯切れの悪い紅を見上げるとその顔に戸惑いの色が浮かんでおり私は首を傾げた。まさかどっかの魔物に遺体を食べらたのかと嫌な予感がして米神を解し来るべき衝撃に備えていたが思わず面食らってしまった。



「その人間、珍しいことに生きているらしい」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・は?」


「生きている」



二度も言ってくれるな紅。そして落ち着け私の心臓。



「まだ(・・)生きてるだけじゃないの?」


「それが全くもって異変はないらしい。瘴気に中てられていないようだ」



瘴気に中てられないということがどれだけ凄く、珍しいことなのか紅は分かっているのだろうかそんな平然そうに言いやがって。この世界に召還されてから『魔王』をしているが瘴気に殺されない人間なんて紅や銀の地獄のスパルタの中でも聞いたことも見たこともない。・・・まあそうは言っても、



――ただ一人の例外わたしを除いて、だけれども



だけどそう考えると、とある可能性が浮かび上がってくる。ある意味それは私にとって希望でもあれば絶望でもある。


さてパンドラの箱の中に最後に残った希望は、果たして希望だけで留まったのか。それとも、絶望を産み落とした?まるで卵が先か、鶏が先かなんていう終わりの見えない水掛け論だ。馬鹿馬鹿しくて笑いさえ零れない。



「ねえ、瘴気で死ななかった人間を紅は知ってる?」


「伝説を除くのならば目の前にいる異世界人まおうさまだけだな」



冷静な紅色の瞳がベールで見えないはずの私の鴉色の瞳を貫く。


予想通りの返答にささくれだった感情が忙しく煮えたぎることはなかった。むしろ、この世界にある自分の異質さが浮き彫りになって。今度こそ小さな笑いが零れ落ちたが反比例するように酷い空虚感に心が襲われた。




―――ああそうだ・・・



この世界に、日本はないんだったっけ



――・・・どう足掻いたって此処には私が知る人は、




薄れゆく笑った声で、見慣れた筈の顔で、優しく私のを呼ぶそんな人たちは




――――― だ れ も い な い ――――





たとえいつも自分に言い聞かせていたとしても、それと他人に言われるのじゃまるで違う。瞬き一つで崩れ落ちた私の生きた場所、諦めなんかつく筈がない。


だから私は、『私』を貶しめ無い限り、どんなことをしても忘却の海に呑み込まれていく記憶を掬い上げながら。



生まれた世界で生きて死んでいくと、召還というエゴに満ちあふれた理不尽な世界に堕とされた時、この世界を心の底からなじり恨み、喉が張り裂けそうになるくらいに呪い、叫びをあげながら決めた。



―・・・私は異世界人にほんじん。そんなこと私が一番良く知っている。




分かりきったことに対して乾ききった砂漠のような私の心には一陣の風さえ吹き抜けない。


この世界に対抗するために砂漠の中に振り落とした槌で建てた一つの望みはそれがまるで揺るぎない真理であるかの如く。



唇をきゅ、と噛みしめて、今はそんなことを思ってる時じゃないとすぐさま頭を振ってその思惟を振り払った。


瘴気に身を焼かれない人間なんて、この世界にはいないだろう。




・・・もしまた誰かこの世界に引き摺りこまれてしまったのならば――




くらりと視界が揺れて黒色に塗りつぶされた気がした。




―――ここはなんていう、理不尽な世界なんだろう。



「その人間に今すぐ会わせて」


「・・・承諾致しかねるが、魔王さまの御意に従うとしようか。私が指示をだした方が確実だ、席を外す」



若干の呆れ、微かな焦燥の色を紅瞳から感じ取ったけれども、それがどんな思惑を孕んでいようが言及する暇すら今は惜しい。


同郷までとはいかずとも、私と一緒いせかいじんだとしたら、異形の魔物やこの世界に対して如何様なる恐怖に襲われるか身を以て知っている。精神一到何事か成らざらんとは言うけれども恐怖に打ち勝つことは難しい。


扉から出てきた紅に薄紅も先導警士の役目を果たすためについて行っているのだろう。取りあえず気を抜くな、私。


無機質に冷え切った紅茶をゆっくりと飲み下し、長い息を吐いた。



「もしも、同郷だったどうしよう・・・?」



もしも。もしもが本当になったら。


きっとそのとき私はどこの出身か聞いて今の日本の状況を聞くだろう。それで元の世界に帰れる切欠を手に入れられるかもしれない。だけれども、もしも同郷ではなく万が一の確率で瘴気の効かない中界の人間だったら?


そう考えると希望が絶望に、絶望が希望になんてことになるかもしれない。そんな手酷い弄ばれ方があるだろうか。



希望ほど実らなかったとき惨いダメージを受ける



ぼんやりとソファーに腰掛けながらメビウスの環のように終わりの見えない論題を一人で黙々と議論していたとき、虚ろな瞳が銀色を見つけた。


見慣れてしまった銀色を纏う彼は、政務官でありながら私の先導警士でもある銀だ。魔王城で最後に見たときと同じような格好をしている。長い足下までの黒色の外套はまるで魔術師のようだ。いや、実際彼は優秀な魔術師であるが。


そう考えるとあまりにもイメージにぴったりすぎて思わず小さく笑ったら銀の眉に皺が刻まれた。あー、なんかお怒り?



「執務から逃げだした挙げ句、そのように呆けておられるとは余裕ですね魔王さま」


「わーお、何時間かぶりの再会なのに相変わらず辛辣だね」



重苦しい扉にもたれ掛かり、腕を組んで冷ややかにこちらを見据える銀に私はそろりと視線を外した。機嫌の悪い銀を逆撫でするべからず。一を言ったら百で斬り返される。というか木っ端みじんに斬り捨てられる。


分かっているけど、まだどこからどこまでの範囲が銀の怒りの琴線に触れないのか謎である。縮こまった私の耳が銀の溜息を拾い上げさらに縮こまった。・・・誰かに怒られるのは、嫌いだ。



「紅尚書からコウモリが執務室に届けられたので大体の話は把握しています。死なない人間がいると」


「うん。で、私も紅にその人間との面会を申し出たとこ」


「本当に魔王さまは厄介事を持ち込んでくれますね。私を過労死でもさせるつもりですか?」


「そんなつもりはないけど・・・」



尻込みすると銀は紅が座っていた所と同じ向かい側のソファーに腰を落ち着けた。



「口調」


「あ、ごめん」



常々言われている口調がいつも通りになってしまっていて目敏い銀にぴしりと言及された。紅とずっと普段の口調で喋っていたのが原因なのかもしれない。


とはいえ『魔王』としてのあの口調も如何なものかと思う――と、批判したら銀に嘲笑われながら「魔王さまは隙が多いようですから。それを考慮すると会話なんて必要事項のみでも事足りるでしょう」と言われた。


つまりはあれか、お前は気が抜けてるぽやぽやだから黙ってろってことか。と後になって気がつき、ひくつく口角を抑えた記憶が懐かしい。



「それと次から城下を視察するのなら、置き手紙ではなく私に直接仰ってください」


「・・・・・・はあい」


「幼子のように間を伸ばさない」



ああもう本当に手厳しいな。まあ慣れたけどな!吹っ切れるように顔をあげると銀がふと扉の方へ視線を向けた。せっかく人が顔あげたのにどういうタイミングだよ、と内心思ったが銀が立ち上がって扉を開けると薄紅色の髪の毛が銀を通して見えた。


薄紅だけ?と首を傾げたら勿論、紅もその後ろにいた。紅と薄紅がここに来たということは、つまり・・・。



「おや銀殿、早いお着きだな?ああ、魔王さま。面会の準備ができましたのでどうぞこちらへ」


「人払いは済んでおりまするが、どうぞお気を付けくださいませ」



扉を支えながらも胸に手を当てがい、ゆるりとと下げられた薄紅色の頭を眺め私は一度ゆっくりと瞳を閉じて開いた。進む先には紅がゆったりと鷹揚に私を待っている。この部屋から出たら私は魔王にならねばならない。


一体どこに行けば私は私を偽る必要がなくなるんだろう?そんな想いが駆け巡ったけれど一笑に付した。


右後ろに佇む銀の存在を一度確かめて私は踏み出す。




――・・・この小さな一歩が元の世界に通じる大きな一歩だと信じて――












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