勇者だと?よし、いますぐ降参しよう。
RPGやら小説やら俗に言う異世界トリップでは、異世界トリップという喜劇を体験した者の視点で話が進み、いわゆるそれが主人公に据えられる。
この概念から考えれば異世界トリップを果たした私は主人公ということである。まじ死ね。あいつら消えろ。
そして、概して主人公というのは平凡から非凡な力を手にいれ美形な従者といちゃこらし、逆ハーやらハーレムを形成しつつ世界の平和を救うとかなんとかの使命を負っていたりする。
それで悪の大魔王を「なんちゃらソード!これで終わりだ!!」などと叫びながら最後の一撃を喰らわせ、従者または国のお姫さまと結婚してハッピーエンドを迎えるのが一般的だ。
異世界トリップなら旅を終えろよ、つかあれか結婚が旅の終わりなのか。それなら異世界トリップじゃなくて異世界セトゥルメントにしろよ。旅じゃなくて定住だろこんチクショー。
とまあ、こうして取り敢えず長々と語ってみたが私が言いたいのはただひとつである。
「なんで勇者じゃなくて魔王なのォオオオ!!!!」
~それいけ魔王さま!~
「魔王さま、お静かに執務をこなしてください。」
現実と理想のギャップに向き合って絶望を感じた私―いわゆる魔王さまなのだが―に側近中の側近かつ政務官の銀が口調は穏やかにけれど魔物のキメラを気絶させそうなくらい鋭い視線をとばしてきた。
まじ、こわい。だけども、いい加減この理不尽な状況に鬱憤が溜まっているのだ。というか、元の世界で普通に生きていた女にこんなことをさせるのが可笑しいのである。銀死ね。
細かい所に至るまで紋様が施されている贅を尽くし切った職人GJと声高に叫びたくなる椅子の上に足をのせ、体を縮めて天井を仰いだ。
「ねー、いつも思ってんだけどさあ、 あのシャンデリア絶対危ないって。地震とかで落ちたらどーすんの」
「地震が起きる時は、魔神さまか天神の力が暴走したときだけです」
高い所に吊り下げられているシャンデリアからつまんない奴だなあーと胡散臭気に顔を歪ませ銀へと視線を滑らした。あいかわらず銀の手は黒い羽ペンを積み上げられた用紙の文をおって動き回っている。
「それって世界の終わりじゃん。」
「ええですからそんな非生産的なことに魔王さまの熱量を使わず早く手を動かしてください」
めげずに話を続け、仕事から逃れようとしたが失敗に終わり、私は肺の中の空気を思い切り吐き出した。
銀は私を一瞥することすらせずに用紙と向き合っている。かったるー。
背もたれに持たれながら改めて見なれている部屋を見渡した。
まず、この部屋は魔王としてやらなければならない書類の類いの仕事をする執務室である。
元の世界でいう教室二個分の広さがあり、足下は真っ赤なふわふわな絨毯で埋め尽くされている。扉の近くには皮張りの黒いソファーが二つ向き合うように設置されており、それらの間に重厚な四角い机が存在を主張していた。
これらを通り越して数メートルの所に私の執務机がある。
ちなみに銀は私の執務机を挟むように整列されている右手の机を陣取っている。左手にある机は今ひっそりとしているが、もちろん所有者はいる。
その机から視線をあげ、目の前に落とすと叩き売りにあったような山盛りの用紙用紙用紙と対面を果たす。思わず脳内で用紙が、
久しぶりだな、魔王さま!
早くしないとまた同胞が会いにきちゃうぜ!
とくっちゃべりだした。憎たらしい。激しく憎たらしい。というか仕事きっちりしちゃう魔物役人たちが妬ましい・・・!!親の仇とでもいうように恨みがましく用紙を睨めつけながらも、羽ペンを手にとりインクに先を浸した瞬間に、大きな音で扉が叩かれた。
ハッと顔をあげると、銀も扉の方を見ていたのが視線にチラついた。
「魔王さま、火急の知らせがございます」
扉越しにくぐもった声が聞こえ、椅子から足を下ろした。
銀と私の視線が交錯する。
ああ、はいはい分かってるっての。
そう呟いて私は横に置いておいたベールが付いているかぶり物を頭に深くかぶり顔全体が分からないようにした。
なぜなら私は『魔王』であるが、当然のことながら元の世界から今までも『人間』である。ただの『人間』が『魔王』をしているなんて知られたら即刻内界で反乱でも起きそうな気がしてならない。
(ああ、あと女ってのもばれたら終わりだわ。)
「・・・どうぞお入りください」
銀が扉に向かって是の意を表明すると、失礼しますという声と共に耳がとんがっている兵士が執務室に踏み込んできた。はてさて、一体どんな面倒ごとだろうか。
ちなみにこういうパターンで多いのは日頃噴出している問題の中でも上位にたつものである。
たとえば部下同士が決闘を始めて周りを巻き込んだとか、配下の竜が中界に行っちゃったとか、六大悪魔のどれかが頭がとち狂った、とか。ちなみに、六大悪魔は基本いつもとち狂ってるようにしか思えないのは私だけだろうか。
ちなみに私、魔王は不本意ながらも魔界を統べる絶対的な君臨者だが基本そういう問題には介入しない方針をとっており、代わりの者に処理させている。
机に行儀悪く肘を尽きながら半眼で兵士を見るが次の瞬間、眼にも付かない早さで椅子から飛び上がった。
「ご報告いたします。中界にて勇者を名乗る一団が不可思議な剣を用い六大悪魔のトレイターさまを手にかけました!」
「・・・銀、今からありったけの白い布をかきあつめてこい!さっさとでかい白旗つくるぞ!!!」
勇者だと?
よし、いますぐ降参しよう。