ケチで申し訳ありませんでした。全て貴方の為だったのですけれどね
婚約破棄もの連続投稿中。
変な箇所ありましたら指摘していただけると幸いです。
「アメリア・フォン・レインハルト。君との婚約を破棄する」
王立学院の卒業記念舞踏会。
大勢の貴族が見守る中央で、第二王子殿下はそう宣言した。
隣には、涙を浮かべた可憐な令嬢がいる。
最近、殿下が何かと連れ歩いている子爵令嬢、ミレーヌ嬢だ。
会場がざわめく。
私は黙って殿下を見上げた。
「理由をお聞きしても?」
「君が僕の婚約者として相応しくないからだ」
「具体的には?」
「君は――ケチすぎる」
……。
私は三秒ほど黙った。
「ケチ、ですか?」
「そうだ。僕が王都で評判の菓子店に行きたいと言えば、『一個三千リラは高すぎます』と言う。馬車を使おうとすれば、『歩いて五分なら歩きましょう』と言う。王宮の晩餐会でさえ、料理を残せば『作った方に失礼です』と注意する」
殿下は憤慨したように言った。
「僕は王子だし、君は公爵令嬢だぞ! もっと優雅に金を使うべきだ!」
会場から、小さな笑い声が漏れる。
私はため息をついた。
「殿下」
「なんだ」
「私、婚約者として何か間違ったことをしていましたか?」
「だから、今言っただろう!」
「最近王宮の予算も厳しいことになっているのはご存知では?」
「僕が使っている分は少量だろ!」
私は頭を押さえながら、言葉を続ける。
それに。
「浪費しないことが婚約破棄の理由になるのかと思いまして」
本当に必要な物や殿下が使っても問題ない分は管理していないのに。
そう考えていると、殿下が声をあげる。
「それだけではない!」
殿下は更に声を荒らげた。
「君は僕が欲しいものを、なんでも反対する! 新しい王都別邸も、外国から取り寄せる家具も、最新式の馬車も!」
「必要でしたか?」
「必要だから欲しいんだ!」
「それは必要ではなく、欲しいだけでは?」
「屁理屈だ!」
……なるほど。
私は小さく頷いた。
「分かりました」
「では、婚約破棄を受け入れるのだな?」
「はい」
私は頭を下げた。
「おめでとうございます、殿下」
「……え?」
「これで私が、殿下のお金の使い方に口を出す必要もなくなりました」
会場が静まり返った。
殿下の顔が少し緩む。
ただ、私の顔を見て、困惑の表情を浮かべる。
悲しそうな顔をしていないからかしら。
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味です」
私は微笑んだ。
「これからは、お好きなだけお使いくださいませ」
そして私は、その場を去った。
誰も知らなかった。
私が婚約期間の三年間、殿下のために何をしていたのかを。
◇
「お嬢様、本当によろしいのですか?」
屋敷へ戻る馬車の中。
侍女のエマが不安そうに尋ねた。
「ええ」
「ですが、第二王子殿下との婚約がなくなれば……」
「むしろ助かるわ」
「助かる?」
「ええ」
私は窓の外を眺めた。
「これで遠慮なく帳簿を整理できるもの」
エマが首を傾げる。
「帳簿、ですか?」
「三年間、殿下のために王家の支出を調べていたでしょう?」
「はい」
「婚約者だからという理由で見せてもらえた資料も、今日からは見られなくなるでしょうね」
「……それが何か?」
私は笑った。
「だから今日中に全部まとめておくの」
私は鞄から一冊の分厚い帳簿を取り出した。
表紙には、
『王家特別支出・三年分』
と書いてある。
「これ……」
「殿下が欲しがったものを、全部記録してあるわ」
新しい馬車。
外国製の家具。
王宮庭園の改修。
王都の離宮に設置する噴水。
狩猟用の猟犬。
宝石。
珍しい酒。
そして――。
「王家の予算で購入したのに、なぜか殿下個人の所有物になっているもの」
エマが目を丸くした。
「そんなものが……?」
「たくさんあるわ」
私は指を一本ずつ折った。
「だから私は三年間、ひたすら止めていたの」
「お嬢様は、殿下が嫌いだったのですか?」
「いいえ」
私は少し考えた。
「むしろ、婚約したばかりの頃は好きだったわ」
王子だからではない。
幼い頃から知っている、少しわがままで、寂しがり屋の少年。
だからこそ、王になった後に困らないようにと思った。
でも。
「私が何を言っても、聞いてくれなかった」
「……」
「なら、もう私には関係ないでしょう?」
私は帳簿を閉じた。
「好きなだけ使えばいいのよ」
◇
それから三か月。
王都では、第二王子殿下の評判が急速に悪化していた。
「王家の予算が足りない?」
「今年の税収は例年並みだぞ」
「なのに、なぜ?」
理由は簡単だった。
今まで王子が欲しがるものを止めていた人間が、いなくなったからだ。
殿下は新しい馬車を買った。
別邸を改装した。
外国から職人を呼んだ。
庭園に巨大な噴水を造った。
婚約破棄のあとに正式な婚約者となったミレーヌ嬢にも、高価な宝石を贈った。
当然、金は減っていく。
そして、めざとい者は使い込んでいる者に気づく。
殿下は決して頭が悪いわけではない。
だからこそ。
悪知恵が働くのだ。
だが。
それでも気づく者は気づく。
そしてその者が『噂』としてそれを流すのだ。
そんな事が続いたある日。
国王陛下から、王子に命令が下った。
「王家の財政状況を立て直せ」
殿下は青ざめた。
「僕にそんなことを言われても……」
「ならば誰がやるのですか?」
宰相が冷たく答えた。
「貴方の婚約者だったアメリア嬢は、三年間、王家の支出を管理していました」
「彼女が?」
「そうです」
殿下は絶句した。
「彼女は毎月の予算を確認し、無駄な支出を止め、余った金を王都の水路整備と孤児院に回していた」
「……」
「だから、王家の財政は安定していた」
殿下の顔から血の気が引いた。
「では……」
王子は小さく呟いた。
「僕が使いすぎた分を、彼女がずっと埋めていたのか?」
「正確には、お前が使おうとした金を、彼女が使わせなかったのだ」
まあ、既に使っていた分はどうしようもないがな。
王の呟きは静かなこの場に響き渡る。
彼はたまらず黙り込んだ。
その日の夕方。
私は公爵家の庭で、弟と妹とお茶を飲んでいた。
「お姉様!」
「お姉ちゃん!」
「はいはい。クッキーは一人二枚までよ」
「えー!」
「三枚!」
「駄目です」
そこへ、使用人が慌てて走ってきた。
「お嬢様! 王宮から使者が!」
「何の用?」
「第二王子殿下からの親書です」
「……」
私は封筒を受け取った。
中には、短い文章が書かれていた。
『一度、話がしたい』
私は少し考えた。
「返事を書いて」
「はい」
「こうね」
私は紙に一文だけ書いた。
『婚約者ではありませんので、私には関係ありません』
「……これでよろしいのですか?」
「ええ」
◇
それから一週間後。
王都で大きな騒ぎが起きた。
第二王子殿下が、王家の財政改革案を提出したのだ。
内容は驚くべきものだった。
不要な離宮を売却。
王族専用馬車を削減。
王宮の食材費を見直し。
さらに、王族への装飾品購入費を大幅に削減。
その代わり、浮いた予算を水路、道路、孤児院へ回す。
まるで――。
私が三年前に作った案そのものだった。
当然、私は関与していない。
殿下が、私の残した帳簿を読み込んで作ったのだ。
そして数日後。
王宮から、もう一度手紙が届いた。
『君の言っていたことが、ようやく分かった』
私は読み終えると、紙を折った。
少しだけ胸が痛んだ。
でも、もう戻るつもりはなかった。
「お姉様?」
「何でもないわ」
私は弟の頭を撫でる。
「クッキー、もう一枚食べる?」
「いいの!?」
「今日だけね」
「やったー!」
笑い声が庭に響く。
そのとき。
「失礼します」
門の方から、男の声がした。
振り返ると、見知らぬ青年が立っていた。
騎士服を着ている。
けれど、王宮の騎士ではない。
「どちら様でしょう?」
「初めまして。北部領の領主代理をしております、ルーカス・ベルンと申します」
私は首を傾げた。
「北部領?」
「はい」
彼は一礼した。
「先日、王都の財政改革案を拝見しました」
「……それが何か?」
「あなたが作った案だと聞きました」
「違います」
「そうですか」
彼は笑った。
「では、あなたの考え方を学んだ第二王子殿下が作った案なのですね」
「……まあ」
「それなら話が早い」
彼は一枚の紙を差し出した。
「我が領地では現在、水路の改修を予定しております」
「水路?」
「はい。ですが予算が足りない」
私は紙を見る。
そこには簡単な地図が描かれていた。
私は数秒眺めた。
「この水路、こちらに繋げればいいのでは?」
「え?」
「山側の古い用水路が残っているでしょう。ここを修復すれば、新しく掘る距離が半分になります」
「……」
「ただし、工事費が問題です」
「はい」
「でしたら、石材を王都から運ぶのをやめて、北の廃鉱から出る石を使えばいいわ。輸送費が安くなるもの」
青年が黙り込んだ。
「……あなた」
「何でしょう?」
「本当に、ただのケチなんですか?」
「失礼ですね」
私は頬を膨らませた。
「私は必要のないところにお金を使わないだけです」
「なるほど」
彼は笑った。
「では、ぜひ私の領地に来ていただきたい」
「仕事の依頼ですか?」
「半分は」
「残り半分は?」
青年は少しだけ照れた。
「あなたと、もっと話してみたいと思いまして」
「……」
私は目を瞬いた。
「私、貧乏くさい女らしいですよ?」
「知っています」
「細かいですよ?」
「それも知っています」
「ケチですよ?」
「それが良いのです」
彼は真っ直ぐ私を見た。
「私は、無駄遣いをしない人を尊敬します」
胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなる。
「それに」
彼は弟と妹を見る。
「子供たちへのクッキーを一枚増やすくらいの余裕はあるのでしょう?」
「……それは」
私は少し考えた。
「特別な日だけです」
「では、今日は特別な日にしましょう」
「なぜです?」
「私がここへ来た日ですから」
私は思わず笑った。
「変な人」
「よく言われます」
弟が私の袖を引っ張る。
「お姉ちゃん、この人いい人?」
「そうね……」
私は青年を見た。
高価な宝石もない。
豪華な馬車もない。
王子様でもない。
けれど。
「たぶん、かなりいい人よ」
私はそう答えた。
青年が嬉しそうに笑う。
「では、クッキーを一枚いただいても?」
「駄目です」
「なぜ!?」
「あなたは大人でしょう?」
庭に笑い声が響いた。
私は空を見上げる。
三か月前、婚約を破棄された。
あの日、私は人生を失ったと思った。
けれど違った。
私はただ――。
誰かの人生を支えるために使っていた時間を、自分の人生に返してもらっただけだったのだ。
だから今度は。
私自身が、使い道を決めよう。
お金も。
時間も。
そして――。
この先、誰と笑うのかも。
「ルーカス様」
「はい」
「北部領の水路について、もう少し詳しく見せてください」
「もちろんです」
「それと」
「はい?」
「帰りに市場へ寄りましょう」
「市場?」
「クッキーを買うのです」
「……弟君たちに?」
「ええ」
私は少しだけ笑った。
「今日は、特別な日ですから」
婚約破棄された翌日から。
私は、王都に響き渡るケチになった。
そしてどうやら――。
そのおかげで、王都一幸せな人生を始められそうだった。
他にも沢山の短編書いてありますので、ぜひご一読ください。




