「こっちは婚約破棄してやってもいいんだからな!」と事あるごとに言ってくるので、本当に婚約破棄を提案すると
「はぁ、授業めんどくさ。さぼろうかな」
「クルガン様、授業は出られませんと。教養が身につきませんよ?それにしっかり聞くと案外面白い物です」
「あのさぁ、俺そんなに意識高くないから。アリアっていちいち鬱陶しいよね。――あんまり面倒な事ばかり言うと婚約破棄するよ?」
中庭のベンチで横並びに座っている時、クルガンはそう言った。
彼のお決まりの台詞。私が何か意に添わない発言をするたび、婚約破棄をちらつかせてくる。わたしの家は男爵家、クルガンの家は伯爵家。嫁入りする形となるのだから、婚約破棄をされたらたまった物では無い。私は黙るしかなくなってしまうのだ。
「そんな事よりさぁ、クラスメイトのガリアーノ、何かムカつかね!?自分イケメンですよ、みたいなアピールがうざったいんだよなぁ!婚約者もいないくせに!お前もそう思うだろ!?」
「……いえ、誠実な方だと思いますけれど」
「ッチ。ノリ悪!そんなんだからお前はダメなんだよ。俺が婚約破棄したらその後貰い手なんて現れるわけないから。あー、婚約破棄してやろうかなー!」
全く楽しくない会話。私の仏頂面に対して、クルガンは楽しそうにケタケタと笑っている。何が面白いのか全く分からない。
友達の話とは大違いだ。メリッサなんて、いつも婚約者と楽しそうに手を繋いで歩いているし。クローディアなんて、婚約者と食事を食べさせあっていたし。なんだか他の人は楽しそうに婚約者と過ごしているのに、私は全然楽しくない。
「なー聞いてんの?」
「……」
「え?無視?やばくね?とうとう頭に加えて耳まで逝かれちゃった?」
「……」
「おーい。これ以上無視すると婚約破棄しちゃうよ?分かってんの?」
「――婚約破棄しましょう」
「……へ?な、何を言ってるんだ?あんまり面白く無い冗談は止めろよ!」
「冗談ではありません。婚約破棄をしましょう」
私の発言にクルガンは目を白黒させる。
「お、お前、何言ってるのか分かってんのか!婚約破棄は家同士の取り決めだぞ!」
「分かっております」
「お前の家は男爵家だぞ!伯爵家との関係を断ち切るなんて、家に帰ったら怒られるどころじゃないんだぞ!?」
「分かっております」
「――じゃあ、今撤回するなら許してやろう。もちろん罰は与えるが、その方がましだろう?」
「撤回いたしません。婚約破棄しましょう」
「許すって言ってるだろう!――分かった分かった、罰も与えないからさぁ」
「婚約破棄しましょう」
「お前、何がしたいんだよ!何なんだよ!?はぁ!?何その目つき!?俺が悪いって言うのか!?第一、婚約破棄したところでこれからどうするんだよ!お前みたいな心も顔も不細工な奴、誰も嫁にもらってくれねーからな!」
「婚約破棄しましょう」
「さっきから婚約破棄婚約破棄うぜーよ!お前にはそれを言うしか能がないのかよ!」
「……その言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ」
「はぁ?はぁぁ!?俺がいつそんなに婚約破棄って繰り返したんだよ!少しおふざけで言っただけじゃねーかよ!きも!あれを真に受けてたわけ!?ほんときしょいんだけど!?」
「きしょいのは君だよ。クルガン君」
別の男性の声。私とクルガンは声のした方にハッと顔を向ける。ベンチに座っていた私たちの正面に、クラスメイトのガリアーノがいた。
「はぁ?お前は関係ないだろ!人の話に聞き耳なんか立てんなよ!お前もきしょいんだよ!」
「君が僕の悪口を言っているのが聞こえたからさ。きしょいのはお互い様だろ?――いや、訂正しよう。さすがに気持ち悪さで君に勝てるとは思えない。君がナンバーワンだよ。おめでとう」
「はぁ!?黙れよお前!今、こいつと大事な話してんだからよ!」
「まず女性に対して『こいつ』だの『お前』だの言っている神経が分からないな。分かりたくもないが」
「黙れって言ってんだろ!俺の婚約者をなんて呼ぼうと俺の勝手だろ!」
「おかしいな。聞いていた所、婚約破棄する話だと思っていたのだが」
「まだ俺が認めてねーだろうが!」
「しかし、その前に君から何度も婚約破棄をちらつかせていたじゃないか。――もしかして婚約破棄されると思ってなかったのか?アリア嬢が自分の物だと、どんなに雑に扱っても問題ないと、そう思っていたのか?」
「ち、ちげーから!ただ心配してやってるだけ。このままじゃこいつが生涯独り身になるだろ!こんな奴、また婚約出来るわけないんだからさぁ!」
「――つまり、アリア嬢に婚約者ができる可能性があれば、君は婚約破棄をすると」
「そうだけど、そんなのあり得ないだろ!だから俺は婚約破棄してやらないんだよ!」
「そうかそうか」
ガリアーノはそう言って少し笑った後、私たちの前に、正確に言えば私の目の前にひざまずいた。そして私に右手を伸ばす。
「アリア嬢。君のまっすぐなその瞳が好きだ。さっき君に誠実な人だと言ってもらえて、とても嬉しかったよ。――横の男と婚約破棄した暁には、俺と婚約してくれないかい?」
「おい、お前何言って!?」
「――ぜひよろしくお願いいたしますわ」
私はガリアーノの右手を左手でつかむ。ガリアーノはゆっくりと立ち上がる。隣でわめくクルガン。
「おい、何をしているんだ!俺の婚約者に」
「黙れ!今は私の婚約者だ。部外者は口を出すな!」
普段大人しいガリアーノから発せられる、地面が震えるような大きな声。クルガンはへなへなとベンチに身を預ける。
「では行こうか」
「はい。これからよろしくお願いいたします。――クルガン様、今までお世話になりました。クルガン様こそ、いいお相手に巡り会えることを祈っておりますわ」
私はそう言ってガリアーノに向き直り、彼の手に導かれるように歩いて行った。心なしか足が軽くて、心が軽くて、私は笑みを浮かべた。
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