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機械扱いの現場

暗い天井を見上げながら

燈夜は、今日のことをゆっくり反芻していた。

(…変な一日だったな)

変に過敏になっていたらしい。統括部で触れた誓約書の紙の質感まで思い出せる。

“見たことは明日には忘れていろ”というニュアンスの太い文言。なのに忘れさせる気があるとは思えないほど記憶は鮮明だった。


階層を降りていくたびに濃くなった鉄の匂い。開かれるはずのない奥の区画。

“369”

扉に小さく付けられたナンバープレート。点検の最中も配管の裏や配気盤の傍らに取付時の覚書だろうか。“369へ”、“369関係機関へ”と書かれていたのを見かけた。

(さん、ろく、きゅう…部屋番号?)

その数字の意味を考えるがいまいちピンと来ない。

「…サンビャクロクジュウ、キュウ」

___

口に出す事で、何かが繋がった。


“F‐369。もう良い。腕を下ろせ。”

楊震が口にした言葉。あいつが、その通りに腕を下ろした。

(名前?人間を番号で管理?でも……何のために?)

誰しも必ず持っているもの…名前。それをあいつは持っていない。 

そしてあの扱い。わざわざ秘密みたいに閉じ込めて、監視して──。

(…結局、何者なんだよ。あいつ…)

答えは、出ない。答えが必要だとも思っていない。少なくとも今は。

だけど眠る直前、まぶたの裏にあの瞳がちらついた。

(……なんで、思い出してるんだ。)


ーーー


目が冴えてしまい寝不足で迎えた朝。いつも通り整備部に顔を出した燈夜に待っていたのは__

「…再整備依頼、部品交換…」

あの、異様な部屋への招待だった。



「あ?…10分前じゃねぇか。時間まで待ってろ。」

統括部で燈夜を迎えたのは楊震とは別の人間だった。面倒臭そうに目を細め、見下した視線で燈夜へ言い捨てた。統括部にも様々な人間が居るようだ。


「行くぞ。」

定められた時間になると共に嶺亜は歩き始めた。複雑な道のりを迷わず進んでいく辺り、楊震と同じように慣れているのだろう。

「待って下さい嶺亜(れいあ)さ〜ん。」

乱暴にガチャガチャと鍵を開け放ってはもう一人の男が従者のように扉を閉め鍵をかけて追っている。


「何分掛かる?」

部屋に着いた途端に嶺亜が尋ねてきた。苛立っているのか元々こういう性質なのか、楊震とは違う圧がある。

「交換が表層だけであれば30分以内に終わります。」

「ふぅん、じゃあ余裕だな。」

何に対しての『余裕』なのかはわからなかったがこの手の人間は苛つかせると面倒だ。すぐ背を向けて作業に入った。


そんなやり取りをしている間も『人形』は静かに椅子に腰掛けたままだ。

高科(たかしな)、やるぞ。」

嶺亜の気怠げな声が聞こえる。配管の鏡面越しに少し見えた。いつか見た楊震と同じように何かを測定するようだ。

無言のまま、工具を広げて用意した部品を交換していく。

傍らでは遠慮なく数値を読み上げる嶺亜に高科と呼ばれた男がいそいそと復唱しながら記録しようとしている。

「いちいちうるせぇな、お前。」

「嶺亜さんが待ってくれないからですよぉ。大体、良いんですか?この時間に…しかも人が居る中で測定なんて。」

声を潜めた高科が指すのはおそらく燈夜の事だ。あの夜、燈夜が排気口から見た光景はやはり見られてはならない光景だったようだ。

二人の会話も薄っすらと気にしつつ部品を替えていく。交換し、回収した古い部品はなかなかの年季が入っていた。

(他にもガタがくるところ、ありそうだな。)

後ろでされるやり取りに少し集中を途切れさせられつつも目の前の機器に向き合う。

目で見、異音を聞き分け、調整をする。 そう時間は掛からなさそうだ。


ガンッ__

集中していた耳を、大きな音が邪魔してきた。

不用意に振り返っても不興を買う。配管の鏡面を見て何が起こったのかを探る。

「嶺亜さぁん…こういう検査方法は良くないですよぉ…」

『人形』の座っている椅子がズレている。

「んな事言っても、こう驚かしでもしなきゃ“感情の振れ幅”なんて出ねぇだろ。」

手首を握り、数値の変化を見ながら嶺亜が椅子の足をがんがんと蹴っている。高科もやれやれと呆れた声色だ。

「おら、正常値だ。殆ど振れ幅もなし。」

捨てるように『人形』の手を離す。腕の機器が手摺にぶつかりカタンと音を立てた。

「お上にバレたら始末書じゃ済みませんよぅ…」

「お前がバラさなきゃバレるかよ。このお人形ちゃんが話すわけねぇんだから。」

おずおずと忠告する高科の言葉を鼻で笑いながら嶺亜が『人形』の頭を強めに小突いた。『人形』は特に反応はなく、乱れて顔に掛かった髪も直したりはしない。

「顔色一つ変えねぇ。気持ち悪いヤ_」

「交換、完了しました。」

少し大きめの声で燈夜が報せる。

「フン。早いな。」

時間が巻くのは構わないらしい。嶺亜がニッと笑った。

「新しく変わった部品が完全に整合した際にアラームが鳴ると思います。おそらく夜となりますがこの制御釦を…」

「説明いらねぇよ。お前がやりに来い。」

「嶺亜さぁん…それは…」

「夜だろ?俺は業務時間外だ。どうせ明日になったら扉の解錠番号もリセットされるんだ。問題ないだろ。」

どうやら燈夜にやらせようとしているらしい。困った様子の高科に嶺亜は折れる様子はない。

「高科、投薬量増やしとけ。」

「ですが〜…」

「俺は忙しいんだよ。」

無言で二人のやり取りを眺めながら、胸の奥で何かがざわめくのを抑える為にそっと深呼吸をする燈夜。

「………」

淡い、空色の瞳がそんな燈夜をじっと見ていた。

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