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要観察

何度も厳重な扉を通過して歩く。初めて通る道ではあるが、裏側からは知っている。

頭の中で、自分が過去に整備した通気孔や配管の地図と、今歩いている場所が合っているか、答え合わせしていた。

「入れ。」

言葉のまま格子の付いた小窓のある扉の中へと入る。

昨日感じたばかりのあの妙に研ぎ澄まされた空気。呼吸は出来るのに息苦しくなりそうだ。

「………。」

連れて行かれる先はもしかしたら別の場所なのではないか。そんな小さな期待を持っていなくもなかった。

そこに、『人形』は座っていた。まるで見えていないかのように燈夜が来た事に反応しない。

「どちらの整備を?」

燈夜自身も視界に入れないよう、淡々と楊震に問う。

「第三配管と通気孔の辺りだ。昨日歯車が転がるのを見た者がいる。」

「わかりました。」

淡々と工具を出し、配線を確認する。ただの点検。いつも通り。

カチ、カチ…

指先は正確なのに心だけが揺れている。

「昨晩_」

(!)

たった一つの単語でも簡単に心臓が跳ねる。

「数値の乱れがあったな。眠れてはいるのか?」

(あいつに聞いてるのか…)

自分の心の揺るぎは全く関係なく手だけは作業を確実に続けている。今まで自分が培った経験に感謝した。

「…はい」

(喋った…)

鏡のように物を映す配管。楊震は燈夜を監視し、『人形』を観察出来る位置に立って淡々と質問をする。

「体調に違和感は?」

「ありません。」

感情のない、静かな声。

二、三、質問をしただけで楊震も沈黙を守った。

時折視線を感じる。ビリビリとした、いつもと違う緊迫感の中。それでも恙無く整備は終えられた。


「点検した箇所に機能異常はありません。ただ…古いパーツがいくつか使われているので完璧なわけではありません。いずれ交換は必要になります。」

A/問題なし、と表記さえすればもう関わることはないとわかっている。

確かに突然機器に問題が起こる可能性は極めて低い。だが部品の古さや機構の造りは…見逃せなかった。


点検の結果はB/要観察、だ。


ーーー


F‐369を管理する部屋__調整槽室の区画を、楊震は後ろ手に扉を閉めた。金属の噛み合う音が、役割の切り替わりを告げる。

通路を進んだ先、統括部の執務室に戻ると空気が少し柔らいだ。ここが彼の“仕事場”だ。机上には、蒸気管の音と紙の匂い。余計な装飾のない、機能だけの空間。


楊震は淡々と燈夜が提出した整備記録書を読み始める。


判定:B(要観察)。

書かれた内容は簡潔で、余計な主観が一切ない。加えて交換の際に必要な部品の品番は記録して良いのかどうかの文言まで添えられていた。

「……余計な要素がない。」

誰に向けたでもない言葉が、静かに室内へ落ちる。

危険区画に入った整備士の多くは、周囲に気を取られて作業が遅れたり、良かれと思って余計な記録や主観を書き残したりする。

だが燈夜は違った。

必要な情報のみ。機器の状態のみ。己を消して“整備士としての作業だけ”を書いた記録。

(F‐369番に興味がない、というより……仕事に必要なもの以外を切り捨てられる性質、か?)

この区画で働くうえで、それは大きな利点だった。

楊震は記録書に判を捺し、真鍮の送達筒へ収める。


カシャン。

送達管に筒を差し込むと内部の圧力が変わり、一瞬で上層階へ吸い上げられた。

ほどなくして別の送達筒がコトン、と戻ってくる。上からの返答だ。

「…早いな。」

封を切る。

『第零通気部 部品交換は必要。

 担当は前回と同じ整備士で可。

 再度の立ち入りを許可。』

楊震はそれを淡々と受け取り、連絡札にサラサラと必要事項を記す。

《宛:整備部主任・澪

 件:参組整備士・燈夜

 第零通気区 部品交換作業の依頼

 統括部にて再度説明》

筆を置き、札に刻印を押す。乾いた金属音が響いた。

(……参組にしては、上出来だ。)

眉ひとつ動かさず、事務的にそう結論づけた。評価のための言葉ではない。ただ事実として、それだけ。札を伝達箱に投じると、楊震は椅子に深く座り直し、次の書類へ手を伸ばした。

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