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「大丈夫」

夕方にもなると、孤児院の談話室は子どもたちの声が少しずつ引いて、落ち着いた空気に変わっていく。

(昨日はこの時間から賑やかだったのにな。)

関わる相手が大人か子供かで起こる変化が少し面白い。

海陸は椅子に腰掛け、一段階暗くなった窓の外を眺めている。

「…っ、……。」

胸の奥が、時折ひっかかるように重い。連続して咳が出てくるほどではない。ただ、深く息を吸うと、少しだけ引っかかる。

「やっぱり、まだ咳が出るねぇ?」

隣で洗濯物を畳んでいた楼蘭が、その様子に気付く。

「うん、でも大丈夫です。」

海陸は即答した。考える前に出た言葉。

「前よりは楽だから。」

また楼蘭の時間を割いてまで病院に行くほどではない。本当にそう思って頷いた。 

楼蘭は手を止め、少しだけ海陸を見る。

「“大丈夫”、ねぇ…。」

楼蘭は小さく息を吐く。

「何か…“あの子”を思い出すようで胸が苦しくなるよ。」

“あの子”が誰を指すのかわからず、海陸が首を傾げる。

「…“大丈夫”っていうのは難しい言葉だよ。」

楼蘭はそれ以上言わずに洗濯物を畳む手を再開した。

沈黙の中で、燈夜が口を開いた。

「海陸。」

低い声だった。

「無理してない、って言い切れるか?」

海陸は少し考えてから答えた。

「無理はしてないよ。」

「咳は出てる。」

「本当に大したことなくて…_」

「念の為…!もう一回診てもらわないか?心配なんだ。俺も楼蘭さんも。あの時颯も_」

その名前が出た瞬間、空気が変わった。

「大丈夫だって言った。大丈夫じゃなかったくせに。」

燈夜の視線は、どこか遠い。


__うそ、だろ…

整備部の採用試験を控え、必死に準備をしていた燈夜に届いた突然の知らせ。

駆け付けた病室のベッド。久し振りに見た颯は、息も絶え絶えに横たわっていた。

__おい!颯!!お前、何嘘吐いてんだよ!どこも“大丈夫”じゃないじゃねぇか!

何でも話し、気持ちをぶつけ合えると信じて疑わなかった親友。

自分は大丈夫だから整備部の採用試験に向き合えと向けられた笑顔。

“オレも、来年は試験受けるから。待っててよ。”言われた言葉。

全部、嘘だった。裏切られた心地がした。

__何で…何で黙ってた?!

八つ当たりだとはわかっていた。だが止まらなかった。

__燈夜ぁ…!ダメだよっ…颯、困っちゃうからぁ…!!!

泣き叫びながら流輝が荒ぶる燈夜にしがみついて止める。

颯は、一言も返すことなく燈夜達の元を旅立った。


「………。」

楼蘭や燈夜達がたまに使う“念の為”。何か理由があるのだろうとはわかりつつも海陸は素直に頷けなかった。楼蘭も燈夜も流輝も。それぞれ忙しく毎日を過ごしている。余計に忙しくさせてはいけない。休息の時間を奪ってはならない。その気持ちが、海陸を黙らせた。

「気を遣ってるなら遣わなくて良い。俺達は安心したいんだ。繰り返したくないんだ。あいつに、無理やり“大丈夫”って言わせてたあの時を。」

燈夜の言っている言葉は理解出来た。

ただ、果たして颯は無理に“大丈夫”と言っていたのだろうか?その疑問が、海陸を掠める。

「颯は、大丈夫って言わされてなかった…と思う。僕だって…_」

“余計な心配を掛けたくないだけ”。そう最後まで聞いていたのは楼蘭だけだった。

音を立てて扉が閉まる。

「頭、冷やさせてあげな。」

追いかけようと立ち上がった海陸を、楼蘭が言葉で制止する。

「すれ違った時は、無理に距離を詰めても無駄さ。」

「…はい。」

閉じた扉を見つめたまま、海陸は静かに腰を下ろした。

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