代替の投入
統括部・上層会議室。
円卓に投影されるのは、蒸都全域の供給グラフだ。数値はまだ安定域を維持している。
「現在の蓄積供給量は?」
「適合者不在から三週間経過。貯留率は想定内。減衰は緩やかです。」
「蒸都自体の動きは?」
「平均値は安定。外縁水域と郊外第三基幹装置で周期的なエラーが起きています。」
一瞬だけ沈黙が漂う。
「供給不足ではありますが、まだ予備供給分に頼るほどでは…」
「時間の問題だ。」
補足を遮るように楊震が言う。
部屋の空気が一段階冷える。
「F‐369の所在は?」
「未確認。水路、下層区画、郊外、いずれも成果ありません。」
「死亡の可能性は?」
「排除できませんが、断定もできません。」
再び、沈黙を経て、やがて一人が口を開いた。
「供給は、まだ持つ。だが長期化すれば均衡は揺らぐ。対策として考えられるのは_」
投影が切り替わる。
「まず早急に行える手段として、不要消費要因の削減を提案します。」
「具体的には。」
「外縁水域、通常“海”の制御を段階的に縮小。娯楽区域の出力制限。夜間照明の制御強化。」
誰も反対しない。
「生活基盤に影響は?」
「ありません。」
「ならば実行。」
即断。
“海”は、削減対象になった。
続けて、別の提案が浮上する。
「……代替適合者の選定は。」
その言葉で空気が変わる。
「…“現界”に人員を派遣する、という事でしょうか。」
「それ以外に何がある?」
淡々としたやり取り。
「F‐369の確保以来、年数が経過しています。まず環境調査から着手するとなると…」
「蒸都の人間を適正値に合わせて得られる供給、耐性期間を知らないわけではないだろう。代替は現界から確保すべきだ。」
表情は様々だが、納得したようにそれぞれが無言で頷いた。
「現界回収は最終手段とする。万が一を想定して関連機器の再点検を。」
楊震が言う。
「F‐369が生存している可能性がある以上、優先は捜索だ。」
「では、回収期限は。」
「一か月。」
「それまでに発見できなければ…代替を確保する。」
その一言で会議は終了した。
ーーー
孤児院の談話室。机いっぱいに部品を広げ、燈夜が何かを直している。
傍らには苦笑いを浮かべる楼蘭と、燈夜の手元を見つめるミロクの姿がある。
「ごめんねぇ、自分で直せるかと思ったらちっとも出来なくて。壊れちまってるなら良いんだ。そいつも大分旧いから。」
そう言って楼蘭は燈夜にこの場を任せて仕事へと戻っていった。
年季の入った掃除器具。分解して埃や汚れを取り払ってようやく原因の特定と修理に進む段階に漕ぎ着けた。
「ったく…楼蘭さん、何したらこんなになるんだよ…。」
険しい顔で燈夜が愚痴る。もちろん楼蘭が去った後だ。
蓋を開ける為に奮闘したであろう新しい傷に無理やり部品を外そうとしたのか少し歪んでいる箇所もある。
「…何だよ、興味あるのか?機械。」
先程からずっと無言で自分の手元を眺めるミロクに視線を移さず尋ねる。
「面白いだろ。こんな小さい歯車が噛み合って機械を動かしてんだ。」
一つ一つは小さく、働きも少ない。それぞれが噛み合う事によって大きな動きを生む。目の前にあるこの古びた機械は燈夜にとって、小さな蒸都だ。
自分一人は大した事無くとも、それが集い、他と噛み合う事でこの蒸都を動かしている。だから誰一人欠けてはいけない。手を抜かない。誠意を持って働く。
師匠と慕う鋼土に耳にタコが出来るくらい聞かされた。
「コウド?」
「そ。俺の師匠。厳しいし拘り強いけど、マジで腕が良くてさ。酔うと面倒くさいの以外尊敬してる。いつか会わせてやるよ。工房のオッサン達もみんな良い人だよ。」
鋼土という、自分が見も知りもしない人物の話にもしっかり耳を傾け、そっと割れ物を触るように歯車に触れるミロク。
「その歯車だって本当はそのもので充分動くけど、整合性高める為にちょっと工夫したりするんだ。」
ミロクの触れた歯車を手に取り、慣れた手付きでほんの少し手を加える。
順調に組み上げ、戻していく燈夜の手が止まった。
「どうしたの?」
手元を覗き込む。燈夜の手の上に一つの歯車があった。少し歪んでしまっている。
「楼蘭さんの怪力で一個ダメになってるな…無理に整えても…長持ちしないし…いや_ん〜…」
ここに来て急に頼まれた為、この場に燈夜の工具箱は無い。今日中にこれを直すためにはこの歪んだ歯車をどうにか成形して戻す手しかないが、それにより他に影響が出てしまうかもしれない。
「これは使える?」
ポケットを探ったミロクの手からコロッと歯車が一つ出てきた。
「ん?あー。いけそう。」
大きさを確認し、頷いて手に取る。
「……ミロク。お前、これ何で持ってる?」
歯車を手に取った燈夜が眉を顰めた。歯車自体は普遍的などこにでもあるものだ。しかし、その細部には鋼土から教わった“工夫”が施されている。
「いつだったか覚えてないけど、あの部屋で拾ってそのまま…」
「……!」
“あ、まじか……”
いつかの通気口で吸い込まれるように転がり落ちていった歯車。
通気口の先に続いていたのは、F‐369の部屋だった。
落とした歯車。そして、感じた何かを追って向かった先で、燈夜はミロクを見付けたのだった。
(これ、か…?)
ザワッと、悪寒ではない鳥肌が立つ心地がした。
思わぬ再会を果たした歯車は、無事に古びた機械の中へと収まり、再び働き出した。
「燈夜。」
「?」
「こっちの歯車、もらっても良い?」
ミロクの指差す先には交換して余った、少し歪んだ歯車がある。
「え?良いけど…」
「ありがとう。」
少し嬉しそうに、ミロクはその歯車を手に取り、握り締めた。




