白い廊下
⚙️Scene2‐14 白い廊下
「やっぱり一回、診てもらおう。」
朝の咳が少し長引いた日、楼蘭はそう言ってミロクの上着を手に取った。
大げさな調子ではない。本当に、念のためだ。
「大丈夫だとは思うけどね。念のため、念のため。」
そう言いながら、もう玄関に向かっている。大袈裟だ、心配性だ、と言われるのはいつものことだ。だが、その心配性に助けられた例もあったゆえに、楼蘭はやはり“念のため”で動いてしまう。
病院までは歩いて少し。蒸都の外れにある、小さな総合病院だった。
白い壁。消毒の匂い。静かに反響する足音。
「……。」
ミロクは、無意識に背筋を伸ばして歩いていた。
調整槽室の記憶が、じっとりと覆い被さってくるようで、胸の奥がざわつく。
「緊張してる?」
楼蘭が横を見る。
「…少し。」
正直に答えた。気持ちを隠す必要はないともう理解している。
「ふふ、そんな構える事はないよ。」
ミロクの緊張をよそに診察は、あっけなく終わった。
喉を見て、胸の音を聞いて、少し質問をされた。 医師はカルテに何かを書きながら言う。
「病気や感染症ではありませんね。」
その一言で、楼蘭の肩が目に見えて落ちた。
「ただ、気管支が荒れています。免疫が落ちているかもしれないですね。」
「じゃあ…?」
「概ね心配はありません。」
ミロクは、その言葉を静かに聞いていた。
「しばらくは加湿と、無理をしないこと。あと君、平均より大分基礎体温が低いようだから、夜は冷やさないように。」
簡単なアドバイスと、数日分の薬を出されて診察室をあとにする。
「大事じゃなくて良かったわ。」
楼蘭が、ほっとした声で言い、ミロクが、小さく頷いた。
「さ、あの子たちにお土産でも買って帰るとするかな。」
「はい。」
診察室を出て、楼蘭とミロクが廊下を歩く。
その時だった。
少し先の通路で、白衣の男性が立ち止まった。 医療機器の点検らしく、整備道具とチェックリストを携えている。
視線が、ミロクに惹きつけられていく。
一瞬。ほんの、一瞬だけミロクと目が合った。
「……!」
男の表情が、わずかに揺れた。
(あの子は…もしかして…)
言葉にはならなかった。 だがその視線は確かに、ミロクだけを追ってしまう。
「どうしました?」
近くの看護師が声をかける。
「…まさか、ね。」
男は首を振る。
「どうしちゃったんですか?オバケでも見たような顔をして…」
「いえ…何でも…」
そう呟いて、視線を外した。
「織玖さん、顔色良くないですよ?ちゃんと休めてます?」
「はい、それはもちろん。ありがとうございます。」
笑顔を見せると看護師も安心したようにその場を離れていった。
ミロク達は、そのやり取りに気付くことなく離れていく。
遠く、病院の窓越しに。 白衣の男――織玖は、もう一度だけ外を見た。
楼蘭の後ろを歩きながら、渡された紙袋を両手で持っている。
「…似ている。本人、か?いや、そんな筈が…ない。彼は…_」
それが誰に、なのか。 自分でもまだ整理できないまま。見送る背中は蒸都の街へと消えていった。




