朝の輪郭
朝。早めに目が覚めた燈夜は、暇を潰す当てもなく、そのまま孤児院への道を一人歩いていた。
今日は約束がある。孤児院のみんなで出掛けるのだ。子供を見守る目は多い方が良いからと、前にミロクの様子を見に行った時に約束させられた。
外に行くといっても、街に出るわけではなく“自然”にふれあいにいく…いわばピクニックだ。ミロクが見つかる可能性も低いだろうし、止めはしなかった。
(ここ、結構上から煙たがられてるしな。)
本来、もっとあるべき支援が無いと楼蘭はいつでも役所に噛み付いている。それが厄介な大人を寄せ付けず、ミロクを匿うのに一役買っているのは間違いない。ミロクも随分孤児院の生活に溶け込んできている。
子供達に囲まれて一緒に遊んだり、読み書きを習ったりしている。本当に知らないのか、知らないフリをして子供達に合わせているのかはよくわからない。
そして何よりの変化は、言葉でやりとりをするようになったことだ。
話せなかったわけじゃない。元々知っていたけど使わなかった。そんな感じだ、と楼蘭はミロクをそう分析した。
こうして外の空気に触れ、決して口数が多いわけではないが会話に応じるミロクは、あの部屋に居た頃よりずっと人間味を増してきていた。
朝が早いだけあって施設の廊下はまだ静かで、遠くから食堂で準備をする音だけが微かに聞こえていた。
「あれ?早いね。燈夜。」
玄関先で呼び止められて振り返ると、楼蘭がエプロンを結びながら立っている。
「おはよ。随分早くないか?珍しい。」
「何か、目覚めちゃって。」
「そうかい。休みなのに早起きってのも良いもんだろ?」
目的があって早起きをしたわけではないが早く起きたことに変わりはない。食堂の手伝いをしながら他愛無い会話を交わす。
「あの子も大分ここに慣れてきたね。可哀想に子供たちに毎日引っ張り回されてるよ。」
可哀想に、と言いながら楼蘭は満面の笑みだ。子供達同様、新たに“家族”が加わって嬉しいのだろう。
「素直過ぎちゃってびっくりだよ。今までどう育てられてきたんだろうねぇ?」
「どう、なんですかね。」
ほんの断片でしかないが、あの部屋でのミロクを見ている燈夜は複雑な心地だ。
「あ、そうだ。たまに気になる咳してるんだけど、あんた何か知らないかい?…まぁ本人に聞いてもわかんないなら知らないか。」
燈夜が動力庁舎から連れ出したその夜も酷い咳をしていた。症状こそ軽くなりはしたものの、それはまだ続いている。どこか気管が弱いのかもしれない、と楼蘭は心配している。
「あ、もうこんな時間だ。悪いけどミロク、起こしてきてくれないかい?あの子なかなか起きないんだよ。」
何故かすみません、と詫びてしまう燈夜に毎日子供の相手で疲れだと楼蘭は笑った。
「寝れる体力があるってのも大事なことさ。そう急がなくて良いけど、手強いよ?」
ニヤリと笑う楼蘭に覚悟をしてミロクの部屋の前で立ち止まる。ノックをしても返事はない。
「開けるぞ。」
小さく声をかけて扉を開けると、部屋の中は薄暗かった。カーテン越しの朝の光が、床に淡く落ちている。
「ミロク。」
ベッドの中で、ミロクは丸くなって眠っていた。
以前見た、背筋を伸ばして仰向けに横たわる姿とは違う。膝を軽く抱え、布団を無意識に掴んでいる。
(……寝方、変わったな。)
そう思っただけで、深く考えはしなかった。カーテンを開いて燈夜はベッドの脇に戻る。
「ミロク、朝だ。起きろ。」
反応はない。少し間を置いて、もう一度。今度は身体も揺さぶる。
「ミロク。」
すると、わずかに肩が動き、そこから数拍遅れて瞼がゆっくりと開く。
「………。」
眩しそうに何度か瞬きを繰り返した眼が、再び閉じていく。
「おい…!」
「まだ、朝じゃない…」
寝ぼけた声が朝を否定する。半分夢の中みたいな声だ。
「この明るさでどこが朝じゃないんだよ。ほら、起きろって。」
「…燈夜も、寝たら良い…」
「バカ。それじゃ意味無いんだよ。俺は楼蘭さんみたいに優しくないからな…!」
勢いよく毛布を剥がして取り上げる。それでも縮こまって寝ようとしていたミロクだったが、諦めたらしくようやく起き上がった。
「……。」
「何だよ、その顔。ほら、顔洗ってこい。」
タオルを渡して送り出す。渋々歩き出したミロクに溜息を吐きながらふと思う。
“燈夜も、寝たら良い”
(あれ?名前、呼んだな。)
何かは確実に変わっているようだ。




