規格外
今日も何事もなかったかのようにミロクを家に残して仕事に出る。
変わらない、いつもの整備部の空気。
「燈夜ー、ちょっと知恵貸してくんない?」
朝の点検回りを終え、整備部に戻った燈夜に緯斗が声を掛けてきた。神妙な顔をする彼の目は整備台の上に置かれた輪状の機器に向いている。
(!)
外装が外され、内部基板がむき出しの小さな機器。見覚えがある。
(……これ。)
耳の奥で雨音が聞こえてくるような気がした。あの日、逃亡させたF‐369の手首から外し、水路に沈めた、あの輪だ。
顔には出さずに首を傾げる。
「何ですか?これ。」
「統括部経由の修理依頼。バイタル系かな。脈と脳波拾ってる。もうバキバキだったんだからここまで直した俺に拍手。」
緯斗が背もたれに背を預けて伸びをした。確かに、燈夜が踏み潰して破損させた部分は細部まで直されている。
「全部正解なはずなんだけどさ。目盛りがゼロにならないんだよね。」
一言断って同じ角度から眺める。
「アース、噛み甘いです。塗膜削らないと落ちませんよ。」
「あー、なるほど。」
燈夜の指摘を受けて緯斗が手を動かす。
程なくして、目盛りはゼロを示した。
「助かった〜、ホント煮詰まってたからさ。こんなちょっとの目盛りズレ気にしなくても良いかもだけど、これ目盛りの刻み数値小さいからさ。」
緯斗が書類を指差した。細かく数字が書いてある。
「何の数値ですか?」
「その数値幅からはみ出ると即フィードバック。」
「フィードバック?」
「ほら、ここ。発熱制御と刺激回路。閾値を超えたら警告代わりに出力上げてそれでも超えてたら強制で戻すみたい。動物用かな?」
軽い口調に燈夜の喉が、わずかに鳴る。
(熱……。)
過ぎったのは、雨を蒸発させる程の熱。雨濡れが駄目だったのではない。
燈夜は資料に目を落とす。
「この数値幅、低くないですが?」
基準心拍数。
基準脳波振幅。
目に入った数値に、思わず眉を寄せる。
医学知識はほぼ無い燈夜だが、定められた数値は明らかに低く思えた。
「だろ? 俺も思った。安定域がやたら狭い。だから人間用じゃないのかな?って。」
緯斗の指が数値をなぞる。蒸都の成人平均とは、明らかに合っていない。
「心拍が上がったら“異常”。脳波に揺れが出ただけで“補正”。」
緯斗は続ける。
「俺、ゲラだからこんなん嵌めたら一発アウトだよ。腕、火傷まみれ。」
笑う。
悪意はない。ただの機械談義だ。
燈夜は、分解された輪の内側を見る。
焦げた痕。
歪んだ接点。
(……ずっと、熱を出してたのか。)
「まぁ、都市のどっかの極秘案件だし。俺らが知ることじゃない。」
緯斗は工具を戻す。
「それに、俺達の平均値だと最初からこれの設定値超えてる。人間相手じゃないか、そもそも設定ミスだよ。」
(……あいつ。ずっと嵌めてた、よな。)
「燈夜?」
「あ、…すみません。」
「ごめん、疲れてるのに引き止めたよな。統括部が依頼してきたくせにあいつらずっと会議してるから受け取るまで時間喰ってさ。みんな午後の配置に出ちゃって。助かったよ、ありがとう。」
にこやかに感謝を口にする緯斗。頷き答えながら、燈夜の思考は別の所に飛んでいた。
(会議してるってことは、その内動き出す。早く安全な場所へ匿わないと…)




