表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/46

未知の単語

統括部に呼び出され、いくつか質問を受けてから数日が経った。

音沙汰はない。疑われている様子もない。

整備士の仮面は、うまく機能したようだ。

嶺亜は面倒そうに笑い飛ばし、高科は勝手に安心し、楊震も――少なくとも露骨な疑いは見せなかった。

(……まあ。油断は禁物だけどな。)

胸の奥に残るのは、あの一言だけだ。

――たすけて。

約束を口にしたのは自分だ。守れる保証なんてどこにもないのに。

(“兆調”。“見ていられない”。“オルク”……。)

頭の中で、聞き慣れない単語が浮遊し続ける。

何か手掛かりはないかと、資料室で旧区画の図面や整備記録を漁った日もあったが、

当然そこに“核心”など載っているはずもない。

(まあ、そりゃそうだよな。……となると、旧区画の『ゴミ箱』か。)

あの、捨てきれない書類が押し込まれた半分倉庫のような書庫。

入ること自体は問題ない。ただ、理由なく足繁く通えば統括部に目をつけられる。

(理由が…欲しい。)

そこで燈夜が“利用”したのは澪だった。

「燈夜くん、助かるけど…本当に任せきりで良いの?」

整頓が苦手な澪の机周りには旧い書類が山のように積まれている。

それを“保管しに行きます。”と引き受けることで旧区画への出入りが自然になった。

「今日、もう一段落ついたんで。でも新しい箇所行く時間もないですし、大丈夫です。」

何度も礼を言われ、胸がちくりと痛む。それでも“不要”と書かれた箱にいっぱいの書類を抱え、旧区画へ向かった。

「お、機械少年じゃん。…あ?その箱…使いっ走りかよ。せいぜい頑張りな。」

廊下で嶺亜に遭遇した。悪い笑み。からかうような、挑発にも似た声色。

「あ、はい。」

嶺亜の思う自分像を体現したような、淡白な返事を返す。

(態度はクソだけど…意外と普通なんだよな、この人。)

去っていく嶺亜は、廊下で同僚と肩をぶつけ合って笑っていた。ギャップに、ほんの少しだけ視線が追ってしまう。

倉庫を開けると、古い紙と油の匂いがむわりと漂った。

(悪さしてるわけじゃない。主任の手伝いをしてるだけだ。)

自分に言い訳しながら、箱の中の書類を仕分けしながら棚を一つずつ見ていく。

“第零通気区 整備記録”

“旧区画廃棄配管リスト”

“適合評価関連書類/閲覧制限あり”

(……今、あったな。)

一度通り過ぎ、戻る。

ラベルの端に走り書き。

【F系列 適合評価会記録(抜粋)】

「“適合評価会”……。監査会の正式名称か。」

だが分厚い鉄製の杭で封じられ、

“統括部許可者のみ閲覧可”のタグが鈍く光る。

「……だろうな。」

隣の棚に目を移す。

“第零通気部 整備記録”

こちらには封も杭もない。引き抜き、床に座り込み頁を捲る。

配管の更新記録。

交換部品。

古い点検時の走り書き。

その中に、一枚だけ雰囲気の違う報告書が混じっていた。


【臨時整備報告(第零通気部)】

日付:ーー

事由:適合評価会実施中、数値乱れにより緊急点検

状態:F‐369 兆調反応あり

備考:高度な自発反応が確認されたため、

   静調へ戻すべく評価手順を再検討中……

(……“高度な自発反応”。)

その先は黒く塗りつぶされていたが、署名欄だけ、かろうじて読める。

《調整環担当:整備士 ……玖》

「…“玖”。きゅう?く?…_オルク…」

前任者かすら分からない。だが高科の言った“オルク”が、脳裏に重なる。

(兆調、自発反応…。自分から喋ったり、動いたり――そういう事か。)

指先がページの端を無意識に強く掴んでいた。紙が、かすかにしわをつく。

(じゃあ…今は戻された後?“静調”ってやつは……全部、消された後――ってことか?)

胸の奥がざらりと波立つ。熱なのか寒さなのか分からないものが背中を撫でた。


知らないままでいれば、約束などしなければ、諦めるのは簡単だ。


でも。

(もう、『約束』したんだ。)

それだけは何を読もうが消えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ