整備士の仮面
整備部に顔を出した直後、燈夜は主任の澪に呼び止められた。
「燈夜くん。統括部から指名で呼び出しよ。至急だって。昨日、忘れ物でもしちゃった?」
(……げ。)
「いや…何ですかね?」
何も知らない澪の呑気な声に曖昧に返す。
非番を過ごして少し軽くなっていた胸が、またずしりと重く落ちた。
何を聞かれるのか。
どこまで勘付かれているのか。
わからない。ただ一つ、確かなのは_
疑われる=約束の破綻=自分の存続に直結する。
(俺は整備士として行っただけだ。)
そう自分に言い聞かせ、工具袋を置いて統括部へ向かった。
ーーー
統括部で通されたのは、いつもの執務室ではなかった。
密閉された応接室。
(…うわ、嫌な並び。)
その中に楊震。横には落ち着かない高科。壁際には腕を組む嶺亜。
燈夜が知る統括部の人間が全員そろっている。
「失礼します。何か急な呼び出しとのことですが…一昨日の部品交換に不備でも…?」
整備士としての言葉。それを盾に心を落ち着かせる。
楊震が書類を閉じ、燈夜を見る。
「一昨日。部品交換後の整合確認を行ったな。」
「はい。」
「その際――“機械以外の音声”を聞いた覚えはあるか。」
(…来た。)
高科がびくりと肩を揺らし、視線を泳がせる。嶺亜は興味なさげに爪をいじっている。
「機械以外の音…ですか?」
「燈夜くん…ほら、あれですよ! わ、私が燈夜くんが喋ったんじゃないかと勘違いして、……で、きみが“俺じゃないです”って…」
焦り気味に説明する高科。その声音には怯えが薄く滲んでいるようにも思える。
「高科、お前の聞き間違いだ。あのお人形ちゃんが喋るわけねぇだろ。」
鼻で笑う嶺亜を横目に燈夜は整備士としての仮面を被る。
「もしかしたら、聞いた…のかもしれませんが。自分はあの時、排気口の奥の圧調整の音の方が気になってしまって…。」
「圧、調整?」
「はい。実際見ていないので型番はわかりませんが、恐らく最近の型の先に旧式が数ヶ所混ざっています。空気の漏れが多少ある程度で動作の問題はありませんが、揃えた方が機器としての――」
淡々と、嘘のない。しかし“最も触れられたくない核心”からは絶妙に外れた説明。
「ハハッ! 無理だわ。なんかあっても、この機械オタクくんから証言取れるわけねぇ。目の前の機械しか見てねぇ!」
嶺亜が楽しそうに笑う。高科もほっとしたように瞬きをした。
「あ、あの……燈夜くんは、その…彼の事…」
「高科。」
何か聞こうとした高科を、楊震がすっと止めた。
「? 誰かいるのは見えてますけど、俺には関係ないので。…挨拶くらいした方がよかったですか?」
その素っ気なさに、嶺亜は手を叩いて笑い、高科は口をパクパクさせている。
楊震は短く息を吐き、言った。
「…質問は以上だ。主任にもよろしく伝えてくれ。高科、彼を入口まで。」
「か、かしこまりました〜!」
「失礼します。」
重い空気が解け、退出を促される。
ーーー
応接室を出て廊下を歩くと、高科がおずおずと口を開いた。
「その…上に報告するような事態じゃぁなくて…よかった、です。またあの兆調になった日には〜…わ、私は……見ていられなくて……」
声が震えている。少し揺さぶればまだ情報は引き出せそうだが、興味の無い人間の仮面を被ってしまった今、それも出来ない。
「……。」
「燈夜くん、君みたいな方で助かりましたぁ…。オルクさんの時なんて…その…記録の後処理がもう、大変で…」
緊張が切れたのか、高科は少し口数が増えた。
弱い人間特有の、安堵の漏れ方。燈夜は曖昧に頷き、高科と別れた。
高科の足音が遠ざかると、胸の奥で押し殺していた息が漏れた。
(危なかった。本当に。)
“兆調”、“見ていられない”、“処置”、“オルク”、“後処理”
昨日知らなかった単語や含みが、少しずつ繋がり始めていた。
だが『約束』を叶えるには、まず知らなければならない。
道のりは、想像よりもずっと遠く感じられた。




