コロナウイルスからの危機
台湾から帰国した2人がテレビを見ていると、中国で、大変な事が起きていると言うニュースが飛び込んできた。
何でも、中国で、新しいウイルスが発生して、台湾にも飛び火していると言う事で、いずれは、世界的な感染に広がるかもしれないとのニュースだった。
昭と華は、顔を見合わせて「やっぱりあの時のバスの掲示板で出とった字幕は、コロナウイルスへの警戒注意報だったんじゃ。テレビでは、日本ではまだ感染者がおらんらしいけど、我々は、大丈夫やろなぁ?」「台湾から帰ってもう、3ヶ月も経っとるけん、大丈夫よ。」
そうは言ったものの、2人の笑いは、ぎこちない笑いで、顔を見つめ合ったまま沈黙した。
その後直ぐに、日本でも感染者が出て、政府の対応では、2m以内に近づいて話をしない事。
人が触ったものは、消毒をしてから触る事。
などが報道されて、特に旅館業は、細心の注意を払う事とされた。
ゲストハウス星空では、チェックインには、今まで対面で、手続きをして、しかも、各部屋をシェアにしていたので、部屋に案内をして、チェックアウトの時も、最後の別れをする事になっていたのだが、それは、最も危険な行為になってしまった。
「これからどうする?」
「どうする?と言うても、もう、シェアは、出来んわ。しょうがないけん、これからは、1棟貸切にして、1組だけの予約にしよう。それからチェックインに会うことも辞めて、鍵は郵便受けに入れて、勝手に取ってもろうて、チェックアウトも勝手に出て行ってもろうて、一切会わんことにしよう。」
「そうじゃねえ、それから掃除の時は、全部アルコール消毒をして、綺麗に拭き取ろうよ。」
「よっしゃ、そうしよう。ほしたら、サイトの中身も変えて、鍵を入れる郵便受けにも、暗証番号付きの鍵を付けよう。」
「分かった、そしたら私は、薬局屋でアルコール消毒スプレーを買ってくるわ。」
そう言って2人は、早速、暗証番号付きの鍵と、アルコール消毒スプレーを買いに行ったが、ニュースが流れた途端に、薬局屋のアルコール消毒液は、1人1本限りになり、マスクも、今度はいつ買えるか分からなくなっていた。
当然、日本政府は、外国からの渡航も禁止して、ゲストハウスの客は、日本人だけのゲストさんに限られて来て、しかも、1棟貸しで、料金も高くなったので、グループでの利用だけになって来た。
予約サイトでは、名前と住所と電話番号と人数が分かるので、勝手に、郵便受けの暗証番号で鍵を開けて入って貰い、帰りには、玄関のドアの鍵を閉めて、その鍵を、郵便受けに入れて帰ってもらうようになった。
最初の4.5組は、何事も無く、チェックアウトが終わった頃を見計らって、先ずは、玄関ドアから消毒をして、洗濯物を洗濯機に入れて、掃除機を掛けて、それから2人で、柱から、テーブルから、床まで全てアルコール消毒を掛けて、拭き掃除をして終わるので、掃除に4時間も掛かった。
当然、客足は、ガタンと落ちて、月に4〜5組の予約になって、ゲストハウスも、風前の灯状態になっていた。
それでも、ここまで、お金を掛けてやって来たので、2人は何とか頑張って営業を続けていた。
その内、夏休みシーズンに入って、ゲストハウスにも、次第に予約が入るようになった。
それでも、週に2組くらいの割合で、仕事と言う程のものでは無く、黙々と清掃するだけの作業になった。
しかし、夏休みシーズンになると、ゲストハウスオーナーとも、一度も顔を合わせない事に甘えが出て来て、遂にある晩、夜中の12時に警察署から自宅に電話が入った。
「もしもし、夜分恐れ入りますが、こちらは、伯方警察署です。ゲストハウス星空のオーナーの峰岸さんの電話で間違い無いですか?」
そろそろ寝ようか?と思って、パジャマに着替えていた昭と華は、突然の警察署からの電話に驚いた。
「はい、そうですけど。」
「実は今、お宅のゲストハウスの近くの住人から、夜中に外で、音楽は鳴らすわ、騒ぐわで、うるさくて寝られん。と言う苦情が入ったので、お電話したのですが、お宅は、ゲストハウスには、いらっしゃらないのですか?こちらも今から現地に行こうと思っているのですが。」
それを聞いて慌てた昭は、「えーっ、そうなんですか、すみません。いきなりパトカーが来ると、帰って大騒動になりかねませんので、私達が今から直ぐにゲストハウスに行って注意します。申し訳ありません。」
「そうですか。それでは、取り敢えず、そちらから現地に行っていただいて、その後ご連絡頂けますか?それによって、こちらも出動するかどうか判断いたしますので、宜しくお願いします。」
「分かりました。申し訳ありません。」
昭と華は、慌ててパジャマを脱ぎ捨て、洋服に着替えて、ゲストハウスに向かった。
ゲストハウスの、周りは静かで、リビングには、灯りが点っていた。
リビングの引き戸を開けると、5人の若者たちが、神妙な顔をして座っていた。
「どうしたんですか?今、警察から連絡が有って、若者が騒いどる、と言うて、近所から苦情が入ったんで、今からパトカーが行く、言うけん、俺が、チョット待って、先ずは俺が行って状態を見てくるけん。言うて来たんやけど。」
突然、坊主頭で、口髭を生やした60代後半の厳ついオッサンが入って来て、言うので、若者たちは、神妙な顔で、
「すみません。あまりにも楽しくて、勢いで、音楽を掛けて、外で踊っていたら、裏のおばちゃんが、何時やと思てるんや。今、警察呼んだけん。と、怒られた所だったんです。」
「当たり前でしょう。ここは、裏にも住宅が有って、近所にも家があるのは分かるでしょう。山の中の一軒家とは違うやから、常識で考えても分かるでしょう。」
「すみません。もう今から大人しく寝ますので、警察へは。」
「分かった。私の方から警察へは、何とか誤魔化しとくけん、もう、静かにして下さいよ。」そう言って、玄関を出ると、若者たち全員が、玄関まで見送って、頭を下げた。
家に帰って、早速、伯方警察署に連絡をして、「先程ご迷惑をお掛けしましたゲストハウス星空の峰岸です。申し訳ございませんでした。
大学生の同級生の集まりで、チョットハメを外し過ぎて、外で騒いだらしいので、私からも、キツく叱っておきました。もう、今から寝るようにと言いましたので、大丈夫です。申し訳ございませんでした。」
「そうですか。まぁ若い人だから、騒ぎたいのは分かりますが、ほどほどにお願いしますよ。島は、お年寄りが多いから、早くから寝るので、気になるんでしょう。事件じゃ無かって良かったです。これからは、気をつけて下さいね。」そう言って、何とか一件落着して、ホッとした。
しかし、それから2日後、再び、警察署から連絡が有った。
「峰岸さん、近所の人から、女の悲鳴が聞こえたんで、何か、変な事になってるんじゃ無いかと通報が入ったんですが。」
「えっ、悲鳴?」
「そうなんです。チョット見て来てもらえますか?我々も待機していますので、事件性が有れば、直ぐに出動しますので、宜しくお願いします。」
「分かりました。今から直ぐに行ってみます。」
又々、昭と華が車を飛ばして行って、玄関を開けて、直ぐに「ここのオーナーですけどチョットお邪魔しますよ。」そう言って、ズカズカとリビングに入ると、若者2人が、神妙な顔をして座っていた。
「今警察から女の悲鳴が聞こえたけん、何か変な事をしとるんじゃ無いか?と言うて来たけど、女の子は何処ですか?あと、責任者は何処ですか?」そう言うと、いかにも気の弱そうな20才そこそこの男性が
「あぁ、女の子は今、風呂に入っています。」その声を聞くと直ぐに華が、風呂場に飛んでいった。
「お宅ら女の子を連れ込んで、変な事せんかったんやろなぁ。どうや?責任者は何処?」
「あぁ、先輩は、もう酔って寝てます。」「何処じゃ。」
「奥の部屋です。」
昭は、直ぐに奥の部屋で寝ている男に声を掛けた。「もしもし、起きて下さい。」
しかし、寝たふりをして、一向に起きない。
仕方がないので、もう一度リビングに帰ると、華もリビングに来ていた。
「風呂場に行ったら、女の子が風呂から出て着替えていたので、色々聞いたけど、皆んな友達同士で、部屋の中で騒いでいたら、何処かのオバチャンが来て、「何してるの?今警察呼んだから。」と言って帰って行ったらしいわ。」
「そうなんですよ、僕らは何もしていませんよ。ただ、この部屋で、騒いでいただけですよ。部屋で騒いだらいけないんですか?」
当たり前のように反撃してきたので、
「誰も部屋で騒いだらいかんと言うて無いけど、時間を考えて下さい。もう夜中の12時でしょ。この真夏の暑い時に、全部の窓を開け放って、大声で喋って、オマケに女の子の甲高い叫び声が聞こえたら、近所の人は誰だって、何か有ったんか?と思うでしょ。ここは、山の中の一軒家と違うんやから、エアコン付けて窓を閉めて話したらええでしょ。」
「分かりました。すみません。」
2人は、家に帰って、警察署に電話をして、断りを入れた。
2度あることは3度あると言うけれど、それから1週間が経ったある日、7人の20代の社会人のグループが帰ったあと、そのうちの1人から電話が入った。
「お世話になりました。今チェックアウトをして、帰っています。1つお断りがあるのですが、ゲストハウスの柵を、車で、少しだけ当てて、壊してしまったので、どうすれば良いのか?と思い、電話したのですが。」
「壊したって、どれくらいですか?」
「いえ、ほんのチョットだけなんです。擦った程度なんで。」
「それくらいなら、大丈夫だと思いますけど、まっ、今から掃除に行くので、見てみますけど、状況によっては電話させていただきます。ありがとうございました。」
そう言って、ゲストハウスに、掃除に向かった。
近づくにつれて、ゲストハウスの周囲の柵がなぎ倒されている。
「えーっ、擦った程度じゃ無いやん。メチャクチャ壊れてるやん。」
「ホンマよ、これは酷いねー。」
華も、柵がなぎ倒されているのを見て、驚き、慌てて室内に入って行った。
すると、各部屋のエアコンは、17℃で、付けっぱなしで、その上、わざわざ奥の押し入れに隠してあった冬用の毛布を全部出して、それを、布団の上に掛けて、冷房を最高に下げて、寝ていたようである。
それを見た昭は、頭に来て、直ぐに先程の電話番号に連絡をした。
「あんた、柵を擦った程度言うたけど、擦った程度じゃないじゃない。完全に薙ぎ倒して壊してるやん。今、酔うて運転してるんと違う?正常じゃ無いやん。」
「すみません。確かに昨日はだいぶ酒は飲んだけど、今は酔うていません。そんなに酷かったですか?」
「酷い言うもんじゃ無いやん。レンタカーやろ?ほしたら、保険にも入っているやろ?弁償して貰いますから。それともう一つ、この真夏の暑い時に、冷房を最低に下げて、その上、毛布を出して掛けて寝てるやん。今はコロナで感染したらいかんけん、会わんように対応して、何もかも洗濯、消毒しているのに、押し入れに隠しとった毛布まで出して被ったら、その毛布も全部洗濯せんといかんやろ。
毛布の洗濯代も、全部請求させて貰いますから。
予約してきたサイトに請求すれば、お宅の口座から引き落とされますので宜しくお願いします。皆んなコロナで大変なんだから、他所に行っても迷惑かけないように、チョット考えて下さい。」
「分かりました。会社の先輩にも、言っておきます。申し訳ありませんでした。」そう言って、電話は切れた。
それから、掃除をしていると、アルコールスプレーも、2本置いてあったのに、1本は、いくら探しても見つからなかった。
昭は、日本人のマナーの悪さに辟易としていた。
丁度その頃、テレビでは、中華料理店の冷凍庫に入って寝転がって遊ぶ姿をYouTubeに挙げたり、社会問題になっていた時期でもあった。
昭と華は、こんな事が度々起こると、ゲストハウスの営業も難しくなってくるので、何とか考えないといけないと思っていた矢先に、大物芸能人が、相次いでコロナで亡くなったと言う報道が流れて、日本中大変な騒ぎになってきたので、半年間、ゲストハウス星空を閉めることに決定した。




