二.大渇水の島
島の入り口は船着場にもなっていて、船が一艘停まっていた。
しかし、俺は目の前の島を見やる。岩壁が何十メートルも見上げるほど高くあり、まるで城の要塞のように立ち塞がっていた。
どこまで続いているのかは分からないが、見渡す限りではぐるりと裏まで囲まれているようだった。何だかどこかで見たオーストラリアにあるエアーズロックを彷彿とさせるが、少し表現が盛り過ぎていてオーバーか。だが、それに似たくらい幻想的なものを感じた。
「上に登ってくぞ」
見れば岩壁に斜面があった。緩やかな螺旋状の坂道になっていたが、ガードレール一つないので、ハンドルを少しでも誤れば岩壁から落下していくだろう。
「おぉー」
俺はそのスリルと外の眺めを楽しもうと窓から顔を突き出す。しかし、島と反対側の海側はぼやけてかすんでおり、期待外れの景色だった。
これは霧か?
歩いて辿り着けなかったのは、この妙な霧が関係していたりするのか?
まだお札云々などの話を理解したワケじゃない。大体、信用がならず納得のいかない出来事だらけだ。なので、刀を納めたならば、さっさとこの島から帰ってしまおう。そう思ったところで、軽トラは岩壁の頂上へと立った。
「な……んだ、これ?」
高い岩壁の内側はすり鉢状態になっていて、やはりぐるりと周囲を囲われていた。その中に、田園や民家などの建物が広がっていた。まるで世界にある古代遺跡の町が現実に生きているかのようだった。
しかし、一つ大きな違和感がある。田園は今の時期ならば苗が育っているはずだ。それが、土が乾いてひび割れを起こしている。よく見渡せば、他にも気づく。周りにほとんど木々がない。いや、正確には葉が枯れて枝だけの状態になってしまっている。初夏だというのに、異常だった。
「今、大渇水なんだよ」
車から降りていた俺の隣に、ちょびヒゲおじさんが立ち、そうつぶやいた。
「何? 水不足なワケ?」
「一見、そうだけどな。百年に一度の大渇水だって島の人は騒いでる。百年も前の事は知らんが、俺はこうして毎日島の人のために水や食料を運んでいるんだ」
軽トラの荷台には、やはりミネラルウオーターが入った段ボール箱や、大きなタンクに入った水が積まれていた。それと、水を使わずに食べられるパン類などだ。
「これ、災害規模じゃねぇの? 自衛隊は出動……しないか」
小さな島なら、避難した方が早い。道があるのだから自力でできる。こんな軽トラでちょびヒゲおじさんがせっせと水を運んでもキリがないだろう。
「それが、この島の存在自体があやふやなんだ。少しでも知っている者は関わりたくないと思うはずだ。俺は両親がこの島の出身で親戚もいるから、こうして援助してるけどな」
「そんなに〝普通じゃない〟島なのか? ……避難しないこと自体、すでに常識外れの人々か」
「さっき、御札の話をしただろう? 独自の信仰的なものがこの島にはあるみたいだ。それに島人特有の閉鎖的で古い習慣が根強く残っているって、俺の親によるとな。そんな理由で俺の両親は島を出たんだけどな。近年じゃ、島から出て行く若者が多いみたいだ。でも、物資を届ければ、いつも村長さんには感謝される。まぁ、災害時に避難せず自宅に残りたがるのは、どこの年寄りも同じだろう」
それは納得できるし、実際にテレビなんかで見かける。よく考えれば、島で生まれ島で生きているならば、島以外に行く当てはないのかもしれない。
しかし、この島については謎だらけだ。陸地からほんの数百メートル離れた所にあるというだけで、閉鎖的だの何だのが生まれるものなのか? ちょびヒゲおじさんのように毎日往来可能なのに。と、〝中〟へと入るまではそう思っていた。
「じゃあ、こっからは下るぞ」
俺たちは再び軽トラに乗り込むと、今度は下へ下へと下り坂を走行する。すると、砂利道の駐車場らしき広場に辿り着いた。そこに誰かが一人立っていた。白髪交じりの六十代くらいの男性だ。おそらく物資を受け取りに来た村長さんだろう。運転席を降りたちょびヒゲおじさんと頭を下げ合い挨拶を交わすと、二人で荷台の荷物を下ろし始める。すぐ横にテントが張られてあり、空のポリタンクが並べて置かれてあった。どうやらここが村の給水場のようだった。
辺りを一通り見渡した後、俺も荷下ろしを手伝おうとすると、
「神社へ行って、それ奉納して来い。俺はまだ足の不自由なお年寄りんちまで物資届けに行かなきゃいけないから。まだ帰りは一時間くらいかかる」
「じゃあ、そうさせてもらうよ。神社って、あの盛り上がった所?」
真っ直ぐな田んぼ道から数百メートル先、一際、地形が高くなった箇所があった。カスカスの木々の間から鳥居らしきものが見えている。
村長さんが、「この子は?」と、ちろっとこちらに視線を向けた様は、人見知りというか警戒心を抱いているようだった。
「あぁ、来る途中でたまたま出会いましてね。何でも、神社に用があるようで」
訝しんだ目が俺に向けられる。
「あ、この竹刀を亡くなった祖父の遺言で、ここの神社に納めに来たんです。別に怪しい者じゃあないです」
しばし間を置いてから、
「……外から持ち込まれた物を奉納して下さるかどうかは分かりませんよ」
村長さんは神妙な面持ちで、そう忠告してきた。
「それは、宮司さんとの話次第ですよね? とりあえず、持ってってみます」
ここでも〝刀〟だという事は伏せ、ひょいと軽々しく肩に背負ってみせる。本当の事を話すのは宮司さんだけでいい。しかし、竹刀のふりをしてみせるには、やはり肩に重くのしかかって食い込むのだった。
神社へと向かい歩き出した俺の元に、ちょびヒゲおじさんが駆け寄って来て、何かを胸元に押し付けると、声をひそめて言った。
「これ、御札だ。持ってろ。もし何かあって落ち合えなかった場合、これ持って島を出て戻って来るんだ」
「でも、おじさんのは?」
「俺は車に吊ってるのがあるから、大丈夫だ」
「わかった、サンキュ」
ズボンのポケットへと隠すようにしてしまったのは、村長さんを気にしたからだ。ちょびヒゲおじさんもこそっと喋っていたし、島の人たちはこのお札についてどう受け止めているのか知ったことではないが、おそらくあまり良い気はしないのではないか。
ちろりと自治会長さんがこちらの様子を窺う視線を目の端で捉えてから、何食わぬ顔で俺は神社の方へと前に歩を進めた。